髭男爵"芸人として負けを認めた今はラク"
プレジデントオンライン / 2018年12月27日 9時15分
※本稿は、田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)の第4章「僕らどうやって生きていこう? 仕事と生き方論」を再編集したものです。
■「飯を食えている」=プロ
【田中】「40歳を過ぎたおじさんが、これからどうやって生きていくのか?」という話に入っていきたいと思います。“儲かる/儲からない”とか“飯が食える/食えない”という基準だけで行動を選択していくと、利己的な年寄りになっていくしかない気がしていて。他人のこと、あるいは社会全体のことを考えられるようになれれば、年を重ねる意義もあると思うんです。
【山田】でも、先生がおっしゃっているのは理想論じゃないですか? もちろん大事だと思うんですが、芸人の世界では、飯が食えるかどうかが、プロかどうかの分かれ目という考え方をしてる人が多いです。
たとえば、ハローケイスケさんっていう先輩芸人がいて、正直「一発屋」でもない、「0.5発屋」ぐらいの人なんです(笑)。その方に、『一発屋芸人列伝』(新潮社)の取材をお願いしたとき、わざわざ衣装を着込んで新潮社に来てくれたんです。それを見た担当編集が、「いやあ、さすがプロですよね!」みたいなことを言ったら、すごく食い気味に「いや、飯食えてないんで、プロじゃないですから!」みたいに返されたんですよ。
ハローさん的には、「食えるか食えないか」が、プロかどうかの一線なんだと思います。僕も、今はなんとか飯が食えてるから「プロ」って言えますけど、食えてないときは言えませんでした。バイト先の面接で「普段は何やってるの?」って聞かれても、「芸人です」って言えなかったですもん。
■給料のために仕事をしていても「プロ」
【田中】お笑い芸人さんは、食えなくても腕が証明してくれるというか、それこそ「プロには評価されている」みたいな部分もあるんじゃないでしょうか。
【山田】でも、売れてないとそもそも仕事をする場がないですし。そうすると、腕を証明しようがない。先生がおっしゃるようなことになればいいなとは思いますけど、結局、お客さんから認められることでしか成り立たないんですよね。
芸でお金をもらって「飯を食えている」という状況だけが、自分がプロであることを証明してくれる。ほかに証明してくれるものがないんです。もちろん、そういうのがなくても、自分の中でちゃんと踏ん張れる気持ちがあると心強いんですけども。
【田中】なるほど。僕も、大学教員の仕事で食べられるようになったから、そういう理想を言えるのかもしれないということは自覚する必要がありますね。一方で、40歳ぐらいで、給料のためだけに仕事をしていて大丈夫なのかと自問自答するのは悪くないのではないでしょうか。
【山田】そういう人も、それで飯が食えている限り、プロですよ。堂々とプロと名乗っていいと思います。
■40歳を超えてからのモチベーション問題
【田中】お笑い芸人さんって、普通のサラリーマンよりも不安定な部分があるわけじゃないですか。
【山田】めちゃくちゃ不安定ですよ。
【田中】そういう中で、今後も続けたいと思えるのはどうしてでしょうか。というのも、40代に入ればもう20年ぐらい働いているので、当然、若かった頃の新鮮な気分はもうないはずです。そうした中で残りの20年をどういったモチベーションで働くのかは大きな問題になります。
【山田】これを言うとカッコよくなってしまうので非常に嫌なんですが……僕がお笑い芸人を続けたい理由、それは、これしかできないからです。
【田中】カッコいいです(笑)。
■「これをやりたい」と「これしかできない」
【山田】これで、めっちゃ売れてたら本当にカッコいいんですけども(笑)。僕の場合、引きこもって完全に社会からドロップアウトしたという過去があって、職種とか条件とかを選ばなければ就職できたかもしれませんが、結局それもできなくて。養成所に入るために東京へ出てきて、売れるまでの間はもう本当にひどい生活でした。
![](https://president.jp/mwimgs/7/2/-/img_722412ac9675792ca456925821f646ca142821.jpg)
相方とコンビを組んでからも、トントン拍子で売れたわけではない。本当にすごく苦しかったんですよ。でも、「これやめたら、もうホンマにやることないやん、俺」ってずっと思ってたんですよね。今だって同じですよ。何かこれがやりたい! っていうほかのものがない。やっぱりこれしかできないんですよね。
【田中】それはどの職業の人にも言えますよ。「もう自分はこれしかできない」って、特に40歳ぐらいでみんな痛感することじゃないでしょうか。
【山田】そうでしょ? 他にやりたいことなんてないでしょ? みんなそれをもっと大きな声で言っていいと思うんです。「これしかできない」っていう消去法的な部分と、同時に「これがやりたい」っていう部分、両方ありますよね。僕もやっぱりお笑いやって人を笑わせたいというポジティブな気持ちだってありますから。
■結婚すると「やりがい」よりも「収入」
【田中】仕事において、やりがいと収入ってなかなか両立しませんよね。やりがいはあるけど、収入は低い。あるいは逆に、収入はいいけど、やりがいがない。
以前、行った調査で、「できれば働きたくない」という質問項目を設けたところ、そう思っている人が半分、そう思っていない人が半分という結果になりました。男女で差は出なかったのですが、既婚/未婚で比較すると、未婚者のほうが「できれば働きたくない」と回答する人が多かったんです。
これは怠け者だから独身だという話ではなくて、結婚して、さらに子どもがいると、「働きたくない」とは言えなくなるからでしょう。他の研究でも、結婚すると、とりわけ男性の場合は“やりがいや専門性”よりも、“収入や安定性”を仕事に求めるようになることが指摘されています。
【山田】へーえ。
■負けたり諦めたりするのも悪い選択じゃない
【田中】一番いいのは「やりがいもあって収入もある」仕事ですが、それは難しい。だから、「安定性はないけどやりがいはある」、あるいは「安定性はあるけどやりがいはない」、どちらかに比重を置かざるをえない。ただ、今は時代が厳しいし、世代的にも両方ない場合が少なくありません。
【山田】ハハハ……って、笑い事じゃないですね。就職氷河期世代というやつ、まさに我々のことですよね。
【田中】ええ。当時は見込みが甘くて、「景気はすぐに回復するから、それから正社員になればいいや」みたいな感じだったわけです。でも、男爵の言葉を借りれば「負け残り」ということになるわけですが、既存のレールから外れたからこそ見える風景もあるはずです。
僕自身、大学院生だった20年前に誰も見向きもしない男性学を専門としたことで、研究者間の競争にさらされることなく、なんとなく生き残りましたし、自分なりの視点を獲得できました。厳しい状況に置かれている世代だからこそ、ここから新しい価値観を作り出していきたいという思いもあります。
【山田】まさに、僕なんて正統派の芸で負けた結果、「貴族」を選べたわけですから、負けたり諦めたりするのも悪い選択ではないかと。
■「そんなにイキイキしないとダメですか?」
【山田】そもそも、「そんなに好きなことをやらなきゃダメなの?」という気持ちが僕にはあります。よく言うお決まりの話で、僕の中ではもはや漫談化してるんですが、「そんなにイキイキしとかなあかんかね?」っていう。
【田中】「好きなことを仕事にする」というのは最近の流行りでもありますね。
【山田】もちろん理想としてはいいと思いますが、かといって、自分のやりたいこと、好きなことが仕事になっている状態じゃなかったら、もう意味がないとか、憐れでかわいそうな人だと思われる風潮が気持ち悪いんです。そんなわけないじゃないですか。
【田中】仕事に期待しすぎなんじゃないかと思いますね。仕事は仕事で割り切って、それ以外の時間で好きなことする、みたいな感じで全然いいと思います。
【山田】ええ。「なに主人公ぶってるんだ?」というかね。「もっとエキストラ感出していけよ」っていう思いはあります。
■いつまでも「ヒーロー」ではいられない
【田中】もう少し地に足をつけて生きていこうよ、という意味合いでしょうか。
【山田】自分で自分を諦めてあげる、ということが、おじさんが生きていく上では大事かもしれませんね。ここまで生きてきたら、できることとできないことって、割とはっきりしているでしょう。いつまでも『少年ジャンプ』のヒーローみたいな発想でやっていると、結局、自分がしんどいだけだと思うんです。朝起きたら、ベッドから飛び出して、カーテンをシャーッて開けて、「今日もふつふつと湧き上がる衝動に命じられるままに僕は外に飛び出していくんだ!」って、そんなん無理ですよ(笑)。
【田中】ええ(笑)。正直、気持ち悪いと思います。でも、これこそが新しい生き方だって勧めるインフルエンサーがいるんですよ。
【山田】「好きなことを仕事にする」みたいなフレーズは、今でも肯定的に受け入れられてるんですか?
【田中】そうやって煽って、小銭を稼いでいる人がいるって感じですよね。
【山田】誰が言い出したんですか、それ。いるんでしょ? 悪い奴が(笑)。
■仕事の幅が広いのは「芸人で負けた」から
【田中】男爵は、40歳を過ぎてからコメンテーターや物書きなどに仕事の幅が広がって、新しい展開を見せていますよね。
【山田】芸人で負けましたからね(笑)。
【田中】そんなことはないですよ。
【山田】いやいや、ほんとに。これははっきりとそうです(笑)。僕だって、できることならバラエティの一線でテレビにずっと出ていたいですよ。それができていないということは、負けたということです。又吉直樹さんが芥川賞を獲られたときに、確か明石家さんまさんが「そんなに頑張って書いて、それぐらいの印税やったら、俺は毎日テレビでしゃべっといたほうがええわ」みたいなことを、もちろんギャグですがおっしゃってて、めちゃくちゃカッコいいなと思って。
【田中】言ってみたいですね(笑)。
■「まずは食えるかどうかが僕は一番」
【山田】本業を極めた人の言葉ですよね。能力があれば、僕もそうありたいものですが、ただ負けてる。だから“一発”。いや、勝ってたら、ずっとテレビに出てるんですから。それは明確にわかりますからね。
まだ全然スケジュールが埋まっているような時期でも、「なんか最近、“お笑いの戦場”みたいな番組に呼んでいただけないなー」とか思ってて。悔しいし、情けないですし、「あのときもっとこうやっといたら」みたいな後悔は山ほどありますが、後の祭りです(笑)。ただ、まずは食えるかどうかが僕は一番ですから。別のところで評価していただいて、そっちが仕事になるのであれば、全然それは拒むものではないですけど。
【田中】ただ、別のところで評価されれば、それまでやってきたことも生きますよね。男爵が書く文章の構成がしっかりされているのは、やっぱり漫才の台本をずっと書いてきた経験があるからだと思いますし。
【山田】そう言ってもらえるとありがたいです。ただ、やってきたことが「貴族のお漫才」ですからね。あんまり台本に対して一目置かれる感じが業界にないのが、悲しいところですが(笑)。
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社会学者
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。大正大学心理社会学部人間科学科准教授。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。
山田ルイ53世
お笑い芸人
本名・山田順三。1975年生まれ。お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。地元名門中学に進学するも、引きこもりになる。大検合格を経て愛媛大学入学、その後中退し上京、芸人の道へ。雑誌連載「一発屋芸人列伝」で第24回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞「作品賞」を受賞。同連載をまとめた単行本『一発屋芸人列伝』(新潮社)がベストセラーに。
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(社会学者 田中 俊之、お笑い芸人 山田ルイ53世 写真=iStock.com)
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