東大生が"やがて君になる"を愛読するワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月11日 9時15分
※本稿は、西岡壱誠『東大生の本棚』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
■「視点」を大事にすると見えてくること
「東大に入る人って、マンガを読んだり、ゲームをしたりしないんだろうな」。東大に入るまで、僕はそう思っていたのですが、東大に入ってからそれが間違いであると知りました。
「今週の『ONE PIECE』おもしろかったよね」
「『進撃の巨人』の最新刊って最高だよね」
こんな会話が学食で聞こえてくる程度にマンガ好きな学生が多いですし、その割合も、ほかの大学とそう変わりません。
しかし、その読み方は、少しだけ違うところがあります。東大生は、マンガを読む時も小説を読む時も、「あること」に気をつけて読むんです。それは、「視点」です。
「主人公の視点から見たらこう考えるけど、悪役の立場から見たらこう考えるよな」
「男性にとっては当たり前だけど、女性の視点になって考えると、これって結構ひどいよな」
このように、さまざまな人間の立場・物の見方を考えて物語を読むのが好きな東大生が多いのです。「複数の視点から物語を読み、さまざまな立場に立って物語を紐解く」。実はこの読み方は、大きな効果がある理想的な文章の読み方なんです。
人の気持ちになって考える、というのは容易にできることではありません。ビジネスパーソンなら経験があるでしょうが、ビジネスパートナーや顧客・消費者など、仕事は「相手の立場に立って考える」ことの連続です。僕も先日、インターン先で「もっと相手の立場に立って考えなさい」と怒られました。「人の気持ちを考える」というのは、基本的なことですがとても難しく、大切なんですよね。
そして、日本のマンガや小説は、「複数の立場で考える」ことを訓練するのにとてもいい教材なのです。アメリカのアニメや映画は「正義は勝つ!」という勧善懲悪モノの作品が多いですが、日本のマンガや小説はそればかりではありません。「敵役にも感情移入できる」作品が多いのです。『ONE PIECE』でも敵のスモーカー大佐はすごくいい人だし、『進撃の巨人』でも敵の巨人を駆逐すればそれで終わりというシンプルなストーリーではない。
色んな人がいて、それぞれの正義を信じて戦っていて、その結果として勝ったり負けたりする。何が正解というわけでもなく、誰が正しいというわけでもない。そんなストーリーを最大限楽しむのが、「複数の視点から読む」という読み方なのです。
■「視点を変えて読む」ことは東大入試にも役立つ
東大生は、こうした「複数の視点からの読解」が好きです。
たとえば、とある東大女子は、「架空のキャラ」をつくり上げてその立場から本を読むことをしていました。たとえば、次のようなイメージです。
「このキャラに娘がいたら、この主人公の行動をどう思うんだろう?」
「この悪役の親友になったつもりで読んでみよう」
ほかにも、悪役側、脇役側、架空のキャラ、反対側の意見を持つキャラ、一般人などなど。このように、ひとつの読み方に固執せず、主人公以外のキャラ、ヒロインや悪役、果てはいないキャラや脇役などの視点から物語を読んで考えてみる、というのはその後の学習、その後の人生にとても役に立つのです。
実は東大の入試問題でも、「市町村合併に賛成の立場と反対の立場、両方の立場に立って答えなさい」「賛成の意見が主流であるが、あえて反対の立場で答えなさい」などと「どちらの立場にもなって問題を解く」という技術が求められることが多いです。
読む本は同じでも、視点を複数用意することは、工夫次第でいくらでもできることです。
■新刊が出るたび東大生協で売り切れるマンガとは
「東大生に人気のマンガ」と言えば、『やがて君になる』。新刊が出る度に東大生協で売り切れになることもあるほど、東大生がこぞって読む作品です。ガールズラブを描き、「好き」という感情に徹底的に向き合った本作は、「心理描写」が非常に巧みです。登場人物一人ひとりの考え方・心情の掘り下げが丁寧になされており、そこで描かれる感情の動きや内面の描写が美しく、文学的。表現も小説的で、「文学より文学らしいマンガだ」と述べる東大生もいました。
通常は文章でしか描けない世界観を、「絵」を使いながら豊かに表現していく。登場人物の内面や心理を、「マンガ」という形態を用いて叙述的に描写していく。マンガでしか表現できない文学が、この作品の中にはあります。ほかの「東大に入ってから読んでおもしろかったマンガ」を調べてみても、同じ傾向がありました。
羽海野チカの『3月のライオン』は僕の友人が絶賛していたマンガなのですが、心象描写があまりにも美しく心に染み渡る文学的な作品です。また、東大1~2年生からの人気が高かったのが小西明日翔の『春の呪い』。この作品は、文学的な叙述もさることながら、それとマッチした絶妙な人間の表情が読者の心にさまざまな想いをわき起こさせる。文学の魅力を少しでも知ったうえで読むと楽しめるマンガというのが人気の理由のようです。
だからこそ、この本のオススメの読み方は、「文学として読んでみる」ということです。簡単に言うと、これまでのマンガよりも、もう一歩深く読み込んでみるということです。
「ここで主人公の気持ちはどのように変化したのだろうか?」
「この表現は登場人物の心情にマッチしているんじゃないか」
このように、文学を1行1行丁寧に読むのと同じように、1ページ1ページをじっくり読んでみるのです。細部までこだわってつくられている本作は、深読みすれば深読みするほど見えてくるものがあります。登場人物の視点や天気・状況、人物の心情など、読み返すたびに「これってもしかして……」と思うポイントがあります。
■世界観の細部にまで目を向ける
または、あえてボカして描かれていて解釈が読者側に任されているところもあります。気がつけるかどうか、正しく読めているかどうか、すべて読む側に依存しているのです。
『やがて君になる』の新刊が発売されるたびに、「ここって、主人公のこの心理が表されているよね」「ここでの○○は、二人の関係性の暗喩だよね」などと、僕がわからなかったポイントを教えてくれる友人がいます。「そんなところまでこだわっていたのか……!」と感動することばかりです。
ただのマンガだったらそこまでの感動はありませんが、『やがて君になる』のような、「文学的なマンガ」は読めば読むほど、物語が心の奥深いところに届く。そんな魅力があるのです。
「どうせマンガでしょ」と、軽く目を通して読み終えてしまうのはもったいない! たまにはこうした「文学的なマンガ」を丁寧に読んで、その世界観の細部まで感じてみてはいかがでしょうか。これまでとは違ったマンガの楽しみ方に出合えるかもしれません。
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現役東大生ライター
1996年生まれ。歴代東大合格者ゼロの無名校から東大受験を決意。2浪が決まった崖っぷちの状況で「『読む力』と『地頭力』を身につける読み方」を実践。東大模試全国第4位を獲得し、東大にも無事に合格した。現在は家庭教師として教え子に読み方をレクチャーする傍ら、学内書評誌「ひろば」の編集長を務める。著書に『現役東大生が教える「ゲーム式」暗記術』『読むだけで点数が上がる!東大生が教えるずるいテスト術』など。
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(東京大学4年生 西岡 壱誠 写真=iStock.com)
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