"素人若者"が売上5倍52億にできたワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月10日 9時15分
女性に大人気の雑貨店「中川政七商店」。東京・丸の内KITTE、六本木の東京ミッドタウン、表参道、いま話題のGINZA SIXなど、全国に約50の直営店を展開している。商品はロングセラーの「花ふきん」をはじめ、食器、包丁、鞄、靴下、衣類など昔ながらの暮らしの道具が中心。自社ブランド以外の多くは、中川政七商店がコンサルティングを行っているメーカーとの共同開発商品である。
1716年に奈良晒(ならざらし)の卸問屋として奈良で創業した会社がどのように業態転換し、人気ブランドを生む企業に生まれ変わったのか。
早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授が解説する。
▼KEYWORD 第二創業
これまで本連載で私が紹介してきた企業同様に「中川政七商店」も若手経営者の代替わりによって革新が起こり、飛躍した「第二創業」企業と言えます。
現代表は13代目中川政七こと中川淳氏。京都大学法学部を卒業し、富士通にSE職として入社。しかし、2年弱で退職し、2002年に中川政七商店に入社します。それから15年で、売上高約5倍の52億円にまで同社を成長させました。まさに第二創業です。
■小さい挑戦を、早く始めてみる
経営学者の私から見ると、中川氏の第二創業は大きく3つのステップを踏んでいます。
1つ目のステップが、「リアル・オプション的な業務改善」です。中川氏が中川政七商店に入社した当時、メーン事業は茶道具卸で、業績は順調でした。しかし、お母さんが始めた雑貨部門は、赤字続き。そこで、社長である父に直談判して雑貨部門を担当するようになります。
「ありとあらゆることがグチャグチャでした。まず、生産管理という概念がなかった。人気のある商品は常に欠品状態で、いつ、何個入荷があるのかを聞いても誰も答えられない。その異常さに誰も疑問を持っていない。ただ、『ちゃんとした会社にしなければ』と思った」と中川氏は言います。
ところが、業務の改善が必要だと直感しても、富士通に2年しか働いていなかった中川氏には、経営の知識がありませんでした。
「経営の知識はすべて本から学びました。生産管理がわからないから、『ザ・ゴール』や『シックスシグマ』など生産管理の本はひと通り読みました。人事制度については松井証券の松井道夫社長の『好き嫌いで人事』、ブランドに関しては、坂井直樹さんの『エモーショナル・プログラムバイブル』を読みました。『これだ』と思ったら、すぐに実践してみる。失敗したら、どう適用するのかをひたすら考えて、じゃあ、こうなのか?とやり方を変えて、また失敗して、という繰り返しです。いい本に当たるとひたすらやることになるので、なかなか読み進まないんですよ」(中川氏)
経営学にはリアル・オプションという考え方があります。「不確実性が高く新しいことを行うときには、まずは小規模でいいからどんどん早く始めてみる。失敗したらそこから学び、また別のものを繰り返す。それが結局は一番価値を増大させる」という考え方です。中川氏が行ったことは、リアル・オプション施策そのものです。
当時経営の素人だった中川氏にとっては、どのような行動も不確実性が高くなります。そうであれば、手をこまねいているよりも、まずは本の知識でいいから小規模で試み、失敗したら別の手を考えてまた素早く試みたのです。結果、雑貨部門の業績は改善していきます。
■商品価値を、正しく伝える方法
第2のステップは「垂直統合」。すなわち製造卸からSPA(製造小売り)への業態転換です。中川氏は、ブランディングこそ日本の伝統工芸が生き残る道だと考えました。そこで重要なのは小売りでした。作り手の思いや、歴史、長く使ってこそわかるモノの良さは、さまざまなメーカーの商品を委託されたショップの店員さんでは伝えられない。モノが溢れている今の時代に、決して安くはない商品を買ってもらうためには、ブランドの価値観や世界観に共感してもらうことが何より大切だと考えたのです。
中川氏は02年には伊勢丹新宿店に、03年には東京・二子玉川にある玉川高島屋S・Cに直営店を立ち上げ、その後も年に数件のペースで出店攻勢をかけていきます。05年には新ブランド「粋更kisara」を立ち上げ、06年に1号店を表参道ヒルズに出店。効果は絶大で、雑誌などのメディアに頻繁に取り上げられるようになり、ブランド価値と認知度を一気に高め、顧客層を拡大しました。
■業界の枠を超えて、伝統工芸を元気にする
中川氏の第二創業の3つ目のステップが、「企業ビジョンの明確化」です。
同社の改革は成功して業績は上向きになり、黒字化。雑貨部門の売り上げは茶道具部門を超え、06年ごろから絶好調だったといいます。それにつれ、中川氏は次第に、物足りなさを感じるようになったそうです。
「目標の予算を達成しだして、次が見えなくなってきたんです。自分が何のために経営をしているのか、中川政七商店は何のために存在しているのかと考えて2、3年悶々としていました。そこに下りてきたのが、『日本の工芸を元気にする!』というビジョンでした」と中川氏は言います。自社の未来だけを求めるビジョンではなく、企業の枠を飛び出し、社会の未来・世の中を変えていく、というビジョンです。
「ビジョンは、Will(したいこと)、Can(できること)、Must(しなければならないこと)の重なり合ったものであるべきだ」と中川氏は言います。
そこで、「日本の工芸を元気にする!」という壮大なビジョンを掲げ、中川氏は、コンサルティング事業を行うことを決めます。マネジメント、デザイン、ブランディングなど、自ら達成した成功プロセスを、日本各地の伝統工芸企業に導入することで、廃業の危機にある企業を立ち直らせ、地域ブランドを再生させようと考えたのです。
中川政七商店がコンサルティングをして再生した企業の商品は、新しいブランドロゴをつけて中川政七商店のショップに並びます。結果、同社の商品ラインアップが増え、売り上げが上がります。社会的意義と実利がリンクしているビジネスモデルと言えるでしょう。現在までに12社が、同社のコンサルティングを受けています。
中川氏は今後、産地の観光事業にも進出するそうです。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンは、周囲を巻き込んで拡大していくでしょう。
●本社所在地:奈良県奈良市東九条町
●従業員数:388人(2017年2月)
●社長:13代中川政七(02年入社。製造卸から製造小売に業態転換を先導。08年社長に就任。16年に中川政七を襲名)
●沿革:1716年創業。1912年に製造も開始。83年株式会社化。06年販売店舗をオープン。09年コンサルティング事業を開始。
●業績:52億4000万円(17年2月期)、前年比111%
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早稲田大学ビジネススクール 准教授
三菱総研を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
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(早稲田大学ビジネススクール准教授 入山 章栄 構成=嶺 竜一 撮影=市来朋久)
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