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ゴーン氏の拘留延長を続ける特捜部の意地

プレジデントオンライン / 2018年12月25日 15時15分

2018年12月20日、報道陣に囲まれて東京拘置所を出る日産自動車前会長カルロス・ゴーン容疑者の弁護人の大鶴基成弁護士(中央)(写真=時事通信フォト)

■日産にスワップ取引の損失をかぶせた疑い

特捜が期待に応えてくれた。日本一の捜査機関として讃えられてきたその実力は、まだ廃れてはいない。事件は単純な虚偽記載事件から本筋の私的流用事件に大きく発展した。

今回の「ゴーン逮捕」を知った瞬間に感じたことである。

12月21日、東京地検特捜部が日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の3回目の逮捕に踏み切った。容疑は会社法違反の特別背任(特背)。日産に損害を与えた疑いがあるという実質犯である。

ここで今回の逮捕容疑の中身を説明しておこう。

特捜部の発表などによると、ゴーン氏は自身の資産管理会社と銀行との間でスワップ取引を契約して資産を運用していた。ちなみに外国為替取引で直物為替による売買と同時に反対の先物為替を同じ価格で売買するのがこのスワップ取引だ。デリバティブ(金融派生商品)取引のひとつである。

スワップ取引でゴーン氏に18億5000万円の評価損が発生した。2008年のリーマン・ショックの影響だった。この損失を穴埋めしようと、契約の権利そのものを資産管理会社から日産に移して損失を付け替え、日産に評価損を負担する義務を押させた疑いがある。まずこれが特捜部の指摘する特背容疑のひとつだ。

■「日産に損害は生じていない」と逮捕容疑を否認

この損失の付け替えを巡り、証券取引等監視委員会に違法性を指摘され、ゴーン氏は問題の契約権利を資産管理会社に戻した。この際、尽力してくれたサウジアラビアの知人の口座に、日産の連結子会社から計16億3000万円を入金させた。これが日産に損害を与えた特別背任容疑のもうひとつだと特捜部はみている。

泥棒が盗んだものを返したからといって窃盗の罪は消えない。これと同じように契約権利をもとに戻したからといって特背容疑はなくならない。

一連の報道によると、拘留が続くゴーン氏は損失の付け替え行為は認めながらも、「日産に損害は生じていない」と逮捕容疑を否認している。

知人への16億円についても「彼とは業務委託費契約を結んでいる。16億円はその業務委託費で、日産のために支払った」と供述している。

■特別背任は「形式犯」ではなく「実質犯」そのものだ

沙鴎一歩はこの連載でこれまで計3本、ゴーン氏に関する記事を書いた。そこで繰り返し主張したのは、「特捜なら実質犯での立件を目指せ」だった。

有価証券報告書に自らの役員報酬(8年で計90億円)を記載していなかったという金融商品取引法違反(虚偽記載)容疑は、日産に実質的な損害を直接与えるものではない。記載したか否かのいわゆる形式犯にすぎない。

その点、今回の特別背任容疑は日産に多額の損害を与えた可能性の高い実質犯である。

3本のうち、最新の12月17日付の記事では、同じ虚偽記載容疑での2回目の逮捕(12月10日)を受けて次のように書いた。

「もはや特捜部は衰退してしまったのか――。これが『ゴーン再逮捕』後の率直な感想である」
「再逮捕の容疑は最初の逮捕と同じ。しかも容疑事実の期間を単に延ばしただけだ。これでは国内外のメディアから批判を受けるのも当然だろう」
「『カルロス・ゴーン』という世界的なカリスマ経営者を刑事立件しようとする意気込みは認める。だが、いくら刑罰が倍に引き上げられたからと言って、再逮捕でまたもや報酬が記載されていないというだけの『形式犯』では実に情けない。追起訴で済むはずだ」

このときの記事のタイトルは「安倍首相のように批判を無視する特捜検察」だった。

■「海外メディアの批判にひるむな」と産経

ここでいつものように新聞各紙の社説を覗いてみると、逮捕翌日の産経新聞の社説(主張)=12月22日付=が気になった。

「東京地検特捜部が勝負に打って出たということだろう。法律違反の疑いがあれば、捜査に全力を尽くすのは当然である。海外メディアの批判などにひるむ必要はない」と書き出す。

まるで検察の応援団長のような書きぶりである。見出しも「ゴーン被告再逮捕」「批判恐れず全容の解明を」と特捜部を励ます。「偏った海外の声などには耳を貸す必要などない」と露骨に訴えているようにも受け取れる。

沙鴎一歩の目から見ると、その訴えに余裕や幅、寛容さというものが感じられない。そこが産経社説の大きな落とし穴なのだ。愛読者として実に悲しい。

■木で鼻をくくる記者会見はやめるべきだ

産経社説はその後半で「特捜部には今後も、法と証拠に基づく適正な捜査で全容の解明に努めてほしい。それは、海外メディアの批判にも耐えうるものである必要がある」と主張する。

これは正論である。

検察の記者会見にしても欧米の海外メディアの記者たちに対し、木で鼻をくくるように「適正な司法審査を経ている」(久木元伸・東京地検次席検事)と繰り返すのではなく、捜査や今後の公判に支障が生じない範囲できちんと説明すべきである。記者の背後には多くの読者や視聴者、私たち国民がいることを忘れないでほしい。

■当初の予定では「12月30日に特背容疑で逮捕」のはず

「金融商品取引法違反の疑いで2度逮捕され、勾留されていたゴーン容疑者については東京地裁が勾留延長を認めず、特捜部の準抗告も棄却し、近く保釈される見通しだった」
「捜査には当初から、特別背任での立件を最終目的とする見立てがあった。裁判所が勾留延長を認めず、保釈の可能性が生じ、これを阻止するために同容疑での再逮捕を前倒ししたように映る」

産経社説のこの見方には沙鴎一歩も同感だ。捜査の内偵段階ですでに特捜部の頭の中には特別背任での立件があったはず。本来なら延長しようとした拘留(東京地裁が却下)が切れる12月30日辺りに特背容疑でゴーン氏を逮捕し、年明けに同容疑での本格捜査に入るスケジュールだったと思う。年が明ければ、関係者の休みも終わり、任意での事情聴取もやりやすくなる。しかし、そのスケジュールを10日ほど前倒しせざるを得なくなったわけだ。

■検察の頭には「虚偽記載」しかなかったのか

スケジュール通りに進められなかったのは、特捜部の求めた勾留延長が認められなかったからだ。これは前代未聞である。異例中の異例だ。

これを受けて、メディアでは主に次のような見解が報じられている。

「あと10日拘留期間を延ばしながら有価証券報告書の虚偽記載容疑をさらに固めようとしていたが、その目論見が外された」
「有価証券報告書の虚偽記載は投資家や株主を欺くものだ。それを重い犯罪と捉えるのは、ガバナンス(企業統治)が重視されるいまの時代の流れに沿っている」
「それゆえ検察は当初から虚偽記載しか考えていなかった」
「特捜部は地裁の拘留延長の却下という判断にかなり焦ってあわてた」
「特背は苦肉の策だ」
「東京地裁の判断に腹を立て、立件が難しい特背を選択してしまった」

なるほどこうした見方に理解はできる。

■検察の捜査はだれのために存在するのか

ここで検察に言いたい。

検察の捜査はだれのために存在するのか。検察のためにあるのではない。私たち国民のためにあるはずだ。

虚偽記載事件は、世論の賛同を得られただろうか。かつてのリクルート事件のときのように世論が「濡れ手に粟は許せない」と盛り上がっただろうか。

海外メディアは拘留の長さを「人質司法」と批判したが、彼らにしても同じ容疑で再逮捕して拘留を長引かせ、容疑者に自白を強要する特捜の捜査にあきれたのだろう。

裁判所が勾留延長を認めなかったのも世論や海外からの声を意識したからではないか。

本丸といわれる特別背任容疑での立件。日産という会社を自らの財布代わりに使ってきたゴーン氏の私的流用の実態にメスが入る。その捜査に世論が賛同するかどうかは、検察の捜査にかかっている。特捜部が謙虚な姿勢で捜査を行わなければ、世論は付いてこないだろう。

■2度目の再逮捕では特捜部の捜査にがっかりさせられた

12月22日付の東京新聞の見出しは「『私物化』の事実解明を」と単純だが、本文の書き出しはおもしろい。

「空港にジェット機で降りたところを電撃逮捕された。今度は拘置所から保釈される直前に、電撃的に再逮捕された」

11月19日夕方のあの逮捕劇には沙鴎一歩も驚いた。ニュースを日本だけでなく、欧米のマスコミも次々と大きく報じた。2度目に驚かされたのが、12月10日の同じ容疑(有価証券報告書の虚偽記載)での再逮捕だった。5年という容疑期間を単に3年増やしただけの内容だった。驚いたというよりも特捜部の捜査にがっかりさせられたと言ったほうが正確だ。

さらに12月20日の東京地裁の拘留延長の却下。そして今回のどんでん返しの特別背任容疑での逮捕。事態の急変に驚かされるばかりだった。

■故郷ブラジルでのクリスマス休暇は水泡に帰した

ゴーン氏も特別背任容疑での逮捕は想定していなかったのではないか。東京社説は「ゴーン容疑者には21日は保釈どころか、特別背任という新容疑で勾留が続く日になった」と書いている。

事実、ゴーン氏の弁護を引き受けた弁護士のひとりは、逮捕日の21日午前中にゴーン氏に面会して引き返した後、すぐに(午前10時半過ぎ)東京・小菅の東京拘置所にタクシーで引き返してきた。拘置所を出た後に逮捕の知らせを聞いてあわてて戻ってきたのだろう。弁護士にとっても寝耳に水の逮捕だった。

逮捕前にゴーン氏は弁護士から保釈の手続きについて説明を受けていたに違いない。クリスマスには故郷のブラジル・リオデジャネイロの高級住宅で家族や親戚とともに過ごせると期待していたはずだ。この住宅も日産の子会社に6億円で購入させ、私的に使っていたという。

■なぜ「10年前」に捜査しなかったのか

東京社説はこんな重要な指摘もしている。

「疑問に思う点もある。被疑事実となったリーマン・ショックが原因の損失約18億5000万円の負担義務を日産に負わせたのは2008年だ。翌09年から約16億3500万円の損害を日産に与えたとされる。ほぼ10年も昔の事案なのだ」
「当時、証券取引等監視委員会がその事実を把握し、関わった銀行に会社法違反(特別背任)にあたる可能性を指摘していたという」
「日産側はこの事実をどう把握し、どう処理していたのか。見逃していたのか。監査は適切に行われたのか。日産側がこの点をきちんと説明できない限り、国内外の人は納得しないだろう。検察の詳しい説明も求めたい」

東京社説の主張はもっともである。日産が見過ごしたのか、それともゴーン氏がうまく隠したのか。

検察も当時、証券取引等監視委員会から話を聞いていたはずだ。同委員会とは、刑事告発を行う側とその告発を受ける側という密接な関係にある。検察はなぜ、同委員会に告発させて特別背任の容疑で捜査に乗り出さなかったのだろうか。

最初に「特捜が期待に応えてくれた。日本一の捜査機関として讃えられてきたその実力は、まだ廃れてはいない」とは書いたが、どうしてもこの疑問が脳裏に引っかかる。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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