箱根駅伝をみて突然走りだすと命が危ない

プレジデントオンライン / 2019年1月2日 11時15分

2018年1月2日、第94回箱根駅伝で一斉にスタートする選手たち(写真=時事通信フォト)

年末年始は駅伝のハイシーズンだ。だが、運動習慣のない人が選手の走りに刺激を受けて、いきなり走りだすのは危険だ。早稲田大学の鳥居俊准教授は「普段走らない人が急に走りだすと、足のケガを起こしやすい。さらに恐ろしいのは「心臓突然死」だ。ランニングはスポーツのなかでも突然死が多い」と警鐘を鳴らす――。

■「その気になって」リスクを忘れる

出雲、全日本、箱根と10月から正月にかけて学生の3大駅伝が行われます。毎年クリスマス前後には京都で全国高校駅伝、元旦には実業団男子のニューイヤー駅伝、成人の日の頃には都道府県対抗駅伝(男・女)が行われており、年末年始は駅伝の放映が多数あります。

多くの市民ランナーはこれらの放送を毎年楽しみに視聴しているのか、放送時間帯の前後に走っているランナーが多くみられます。高校生、大学生など若い選手たちの頑張りを目にすると、「自分も頑張ろう!」という気持ちになって走りたくなるのでしょうか。

ランニングは手軽に行える有酸素運動としてお勧めの運動ではありますが、急に、しかも網膜に焼きついた若い選手の勢いで走りだせば当然ながらアクシデントが発生します。理詰めで考えれば当然予想されることですが、「その気になって」しまうとリスクは頭から消えてしまうようです。

■ランニングは小さなジャンプの繰り返し

有酸素運動とはいえ、長距離走でも筋損傷、いわゆる肉離れは発生します。ランニングは一歩一歩の着地、衝撃吸収、推進の繰り返しですが、着地の瞬間や推進の際には筋肉に強い力が発生します。そのため、競技選手でも大腿部、ふくらはぎに肉離れが発生することがあります。

ランニングとウォーキングの違いを考えてみてください。「レースウォーキング」と英語で表される競歩では、両側の足が同時に地面から離れてしまうとロス・オブ・コンタクトと言って反則になってしまいます。つまり、ウォーキングでは必ずどちらかの足が地面に着いていて、逆にランニングでは両足とも地面に着いていない、宙に浮いた時間があるわけです。従って、ランニングは小さなジャンプの繰り返しである、という表現すらあるわけです。

■けが防止にはストレッチと筋力強化

普段、ほとんど走ることがなかった人が一念発起して急に、しかも速いペースで走りだせば、ジャンプと着地の繰り返しで大腿部やふくらはぎの筋損傷を引き起こしてしまうわけです。

その他、地面に着いている脚に対して上半身をまっすぐに支える力が不足していると重心が揺れ動き、膝の内側や外側への負担になり、腸脛靭帯炎、鵞足炎という膝の周囲の腱のけがにつながったり、足首の周囲への負担になり、アキレス腱障害、腓骨筋腱炎、後脛骨筋腱炎などの足首周囲の腱のけががおこったりします。

このようなけがを防止するには、走り出す前に準備体操として膝や足首、股関節、腰などの関節を動かし、ふくらはぎや大腿部、臀部の筋肉のストレッチングをするのがよいでしょう。また、ランニングだけでなく、スクワット運動のような手軽にできる筋力強化で安全に走るための筋力を養ってください。

■命の危険につながるアクシデント

それでも、これらのけがでは痛みや腫れなどで通勤時に早く歩けない、階段の昇り降りがつらい、という程度の支障が生じる程度です。もっと恐ろしいのは命の危険につながるアクシデントです。

スポーツ中の突然死のなかで、ランニングは非常に多い原因スポーツとなっています。若い世代においても突然死は発生しますが、中高年では高血圧や動脈硬化などが加わってなおさら危険度が高まっています。

実際、国内で開催される市民マラソン大会でも毎年何件かの死亡例が報告されていますから、注意が必要です。黒木識敬らの研究(※1)では2006年から2015年までの間に東京都立墨東病院に救急搬送されたマラソン中の心肺停止例8例が報告されています。このうち4例は30歳までの若年者で長距離走の習慣がない人たちで、残りの4例は50歳以上で月間100kmから200kmを走っている市民ランナーでした。

後者の市民ランナーはいずれも高血圧や脂質異常症、狭心症を経験しており、4例ともゴール直前に倒れていました。おそらくラストスパートで頑張っていたところだと思われます。普段、習慣的にランニングをしている人たちでも、高血圧や脂質異常症など動脈硬化をもたらす基礎疾患があると、レース中にこのようなアクシデントに見舞われることは重大です。

運動中は筋肉への血液供給が増え心臓の仕事量が増えますが、動脈硬化によって狭くなった冠動脈によって心筋への血液供給が増やせず、虚血性の不整脈から心停止に到ると考えられています。

(※1)黒木識敬、安倍大輔、鈴木紅、岩間徹、濱邉祐一:マラソン大会中に発生した心原性院外心停止の検討.心臓48:617-624,2016.

■ヒートショックの怖さ

箱根駅伝は正月の2日3日に行われ、非常に寒い季節です。スタートは8時ですが、ゴールは午後になり少し気温も上がります。そうは言っても、室内でテレビ観戦している環境は暖かですが、ゴールを見届けてその気になって屋外に出ると急激に寒気にさらされます。こうした温度差はヒートショックと呼ばれる血圧の急な変化から脳卒中や心筋梗塞を引き起こすことが知られています。

実際、甲府盆地にある6病院での急性心筋梗塞症の発生時期を検討した沢登と小森の研究(※2)では、急性心筋梗塞症は気温の低い冬の時期に多く、夏でも最低気温の低い日に多かったことが報告されています。従って、急な温度変化に身をさらすこと自体が大いに危険であることがわかります。

(※2)沢登貴雄、小森貞嘉:季節の心疾患、特に急性心筋梗塞症への影響.地球環境8(2):193-200,2003.

前述のように、ランニング習慣のある人たちでもラストスパートで頑張った時に倒れているわけですが、ランニング習慣がなく、箱根駅伝を見て急に走りだした人ではもっと高い負荷が身体、特に心臓に加わっていることは明らかです。

特に、鍛えているランナーになった気分で最初からスピードを上げて走れば、心筋への血液供給は間に合わなくなってしまいます。中高年で、高血圧や脂質異常症などが指摘されている人では、ある意味自殺行為にもなってしまいます。

■まずはウォーキングから始めよう

このようなリスクを避けるためにできることはいくつかあります。まず、きちんと健康診断を受けて、心電図や血液検査から動脈硬化を引き起こす基礎疾患がないことを確認することです。もし、こうした基礎疾患があったとしても、低強度の有酸素運動をすることで治療効果もあります(当然ながら、どの程度の運動から開始するかは主治医と相談して決めてください)。

次に、しっかりと保温のできる服装(ウインドブレーカーなど)で低温に身体をさらさずに走るようにすることです。また、ウォーキングでウォーミングアップをして、ある程度身体が温まってからジョギング、ランニングへと進めることです。

せっかくですから、箱根駅伝ランナーの頑張りを応援したら、ウインドブレーカーを着こんで、準備体操、ストレッチングを行い、まずはウォーキングから始めましょう。そして、少し身体が温まりほんのり汗をかくぐらいになったら、ジョギングにしましょう。じゅうぶん余裕のあるペースで走ることが健康的です。

(参考文献)ジョー・プレオ、パトリック・ミルロイ著、鳥居俊監訳『ランニング解剖学』(ベースボールマガジン社)

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鳥居俊(とりい・すぐる)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
1958年生まれ、愛知県出身。1983年東京大学医学部卒、同大学整形外科学教室入局。静岡厚生病院、都立豊島病院、虎の門病院、東大病院助手を経て、1993年東芝林間病院整形外科医長。1998年早稲田大学人間科学部スポーツ学科助教授を経て、2003年より現職。専門分野は、スポーツ整形外科、発育発達(成長)学。著書に『基礎から学ぶ!スポーツ障害』、監訳書に『ランニング解剖学』など多数。

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(早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授 鳥居 俊 写真=時事通信フォト)

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