NHKは誰のために「忖度」を繰り返すのか
プレジデントオンライン / 2018年12月27日 9時15分
■「森友スクープ記者はなぜNHKを辞めたのか」
『安倍官邸vs.NHK』(相澤冬樹著・文藝春秋)が書店から消えた。
私は、この原稿を書くため12月18日に、この本をAmazonで注文しようとした。だが、在庫切れで、届くのが28日だというのだ。
それでは間に合わないので、楽天ブックスで探してみたが、やはり22日、土曜日でないと届かない。夕方、高田馬場駅前の芳林堂書店を覗いたがなかった。
次の日、日本橋・丸善へ行ってみた。だが、一冊も見つからなかった。仕方なく、ダメ元でオフィス近くの文禄堂早稲田店(元あゆみBOOKS)へ行ってみると3冊置いてあった。
これは何を意味するのか。たしかに「週刊文春」は12月20日号で、相澤氏の手記「森友スクープ記者はなぜNHKを辞めたのか」を掲載したから、それなりの反響はあったのだろう。
本はAmazonを見ると12月13日発売となっている。初版は2万部ぐらいではないか。その記事の反響が大きかったため5万部程度を増刷したようだ(その後さらに3万部増刷したという)。
この本を文藝春秋で出そうと決めたのは新谷学・前週刊文春編集長だそうだから、何か仕掛けた匂いはしないでもないが、さすがである。
■大書店から一斉に消えるほど売れている背景
初版がなくなり、重版が出るまでにタイムラグがあるから、書店からその本が消えるということはある。だが、この手の本は、じわじわ口コミで売れていくので、Amazonや丸善などの大書店から一斉に消えるというのは、私の経験から見ても、あまりない。
それに、早稲田の小さな書店には3冊も残っていたのだ。安倍官邸が買い占めたというのは考えにくい。もしそんなことがバレたら大事になる。
昔は、本を売るために、出版社が大手書店を回って買い占め、ベストセラーを“作り出す”ということをやっていた時代はあったが、現在は、一人で何十冊も買えばチェックされるから、この手は使えない。
NHKは、19日、「元記者が森友学園問題の報道における同局の内部事情を描いた本を出版した。上層部の意向で原稿が『書き直された』『おかしな介入』があった――などとする内容」(朝日新聞12月20付)に、「虚偽の記述がある」と反論している。
NHKが買い占めた? 可能性はゼロではないとは思うが、不可思議である。
■「名誉会長に安倍昭恵夫人が就任」をデスクに削られる
前口上が長くなった。相澤氏は8月までNHK大阪放送局で司法キャップなどを務めていた敏腕記者である。
とりわけ、森友学園問題を最初から追いかけ、数々のスクープを放ってきた。
森友学園に国有地が不当に安く売却されたという情報を掴み、名誉会長に安倍昭恵夫人が就任していたという原稿を書くが、デスクの判断でこの部分を削られてしまう。
8億円もの大幅な値引きがされていたというスクープも、放送は関西だけだったという。相澤氏は、「NHKの森友報道は忖度で始まった」と書いている。
安倍首相はこの問題を追及されて、「森友学園問題に、もし私や妻が関係していたら、総理も議員も辞める」と発言したのは去年の2月17日だった。
この言葉が独り歩きしていくのだ。
■「局長を説得するために、今少し待ってほしい」
2017年6月には、売却金額の上限を森友学園側に伝えていたというスクープを掴む。
「森友学園に国有地を大幅に値下げして売却した問題で、近畿財務局が売却価格を決める前に、学園側に対して具体的な金額を示したり、学園の財務状況を聞き出していたことが、関係者の取材でわかりました。
財務局の担当者は、学園側が支払うことのできる金額の上限を確認したということで、学園側は当時の財務状況からおよそ1億6000万円と答えたということです」
結果的には、学園側が示した上限と財務局が示した下限の範囲内に収まった。
さあ、これで出せると思った相澤氏だが、Lデスクは上司である社会部長に報告した。すると、
「相澤さん。すみません。部長に相談したんですが、今はまずいと。これだけの大ネタですから報道局長に報告しないといけませんが、まだ国会会期中なので、報道局長がうんと言うはずがないと。局長を説得するために、今少し待ってほしいということでした」
■小池局長の意向を忖度して、下の者が右往左往していた
報道局長が6月の定期人事異動で交代していた。小池英夫氏が昇格したのである。
「小池報道局長は安倍官邸に近く、今の政権にとって不都合なネタを歓迎するはずはないというのだ」
しかし、検察当局も国会の会期が終わるのを待っていて、森友学園のガサ入れをかけようとしていた。原稿は一向に出る気配がない。Lデスクが、「報道局長を説得するのが難しいので、追加取材をお願いできないか」と電話してきた。
追加取材を終えた相澤氏は、社会部からの要請もあり、原稿の中にこういう文言を盛り込むのだ。
「大阪地検特捜部もこの情報を把握して捜査している」
こうしてようやくこのスクープが陽の目を見るのである。何のことはない、小池局長があれこれ指図するというより、彼の意向を忖度して、下の者が右往左往しているのだ。
この構図は、安倍首相のご意向を忖度して、文書の改ざんを主導し、停職3カ月の処分を受けた佐川宣寿・財務省理財局長(当時)たちと同じである。
これが、みなさまのNHKだというのだから、呆れ果てるではないか。
■「将来はないと思え」と部長を通じて相澤氏に通告
しかし、この報道に小池報道局長は激怒し、大阪放送局の相澤氏の上司、A報道部長に電話をかけてきて、「私は聞いていない。なぜ出したんだ」と電話口で吠えたそうだ。
そして、「将来はないと思え」と、A部長を通じて相澤氏に通告したのである。
その後の人事で、相澤氏は司法担当キャップをはずされてしまう。だが、後任に来たキャップは、森友学園問題を取材しない、検察取材はしないと相澤氏に宣言し、「彼は本当に回らなかった。呆れるほど回らなかった」そうだ。
今年の3月2日朝刊で、朝日新聞が「財務省が森友の国有地関連の公文書を改ざんしていた疑いがある」という大スクープを放つ。
財務局は国会で、改ざんの事実を認めた。その記事が出た5日後、近畿財務局管財部上席国有財産管理官のA氏が自殺してしまうのである。A氏の遺書には「佐川」「麻生」という名前があったという。
■「これが偶然か、政治的配慮かはわからない」
新しいネタを追っていた相澤氏は、昨年2月に、近畿財務局側が森友学園に、「トラック何千台もゴミを搬出したことにして欲しい」と電話をかけていたという超ド級の情報を掴む。
これを夜の『クローズアップ現代+』でやろうとするが紆余曲折があり、『クロ現』ではやれず、『ニュース7』では最後に短く報じられただけだった(『ウオッチ9』では時間を取って報じられたようだが)。
安倍官邸への忖度はNHKだけではなかったようだ。大阪地検の森友学園へのガサ入れは、国会の閉会を受けた安倍首相の記者会見が終わるのとほぼ同じタイミング行われたそうだ。
相澤氏は「これが偶然か、政治的配慮かはわからない」としているが、検察の目も官邸に向いていたことは間違いないだろうと思う。
そして急転直下、国有地を森友学園に安く売った近畿財務局の担当者らの背任容疑を捜査していた大阪地検特捜部が全員不起訴と発表し、山本真千子部長は、その功績(?)で、函館の検事正へと栄転するのである。
相澤氏は記者を外される。
相澤氏のNHKでの最後の特ダネは「森友事件で財務省関係者全員を不起訴 大阪地検特捜部」だった。
■記者を志す者には必読の書になる
5月14日、A部長から「次の異動で考査部へ異動」と告げられる。一記者になってもいいから、森友学園問題を取材し続けたい。相澤氏の切なる願いは捻り潰され、NHKを辞める決心を固めるのである。
この本には、「森友事件は森友学園の問題ではない。国と大阪府の事件だ」と思い定めた相澤氏が、執念を燃やし、あらゆる記者としてのテクニックを駆使して、口の堅い検察幹部や財務局幹部たちの口を割らせ、その裏取りに走り回る様子が克明に描かれている。
随所に、「考えて考えて、頭が禿げるほど考え抜いてから取材に行け!」「自宅での取材は朝に」などのノウハウ。
籠池氏の自宅は閑静な住宅街にあり、そこに各社の記者たちが押しかけ、近所に迷惑をかけてしまうと思い、「私はたくさんの菓子折りを用意し、ご近所の方々にあいさつ回りをした。記者歴30余年の経験で学んだ礼儀だ」という気遣いの仕方。
籠池理事長の信頼を得るための質問のやり方から、その後の付き合い方、距離の取り方まで披露してくれている。記者を志す者には必読の書になるだろう。
■NHKを辞めた最大の目的は、残された謎を解明すること
NHKを離れた相澤氏に、大手の新聞からも声がかかるが、森友学園を追い続けるために、大阪に記者として配属してくれという彼の願いは聞き届けられない。
その条件を呑んでくれ、存分にやってくれといってくれたのが大坂日日新聞だった。
相澤氏は、文書改ざんに関わり、自ら命を絶った近畿財務局の上席国有財産管理官・A氏のことがずっと頭に残っているという。
「国の最高責任者は安倍首相、大阪府の最高責任者は松井一郎府知事。二人は説明責任を果たしたと言えるだろうか。(中略)私がNHKを辞めた最大の目的は、この残された謎を全て解明することだ」
まだ、森友学園問題も加計学園問題も未解決のままだ。彼の取材力に期待するところ大である。
この本の中に、小池局長が直接相澤氏に「この原稿は載せない」「森友学園問題は書くな」といっているところはない。
小池局長の周りの人間が、局長のご意向を忖度して、彼の原稿を書き直し、ニュースで放送するのを遅らせているのだ。これが日本で一番力を持っているメディアの実態である。
だが、NHKの歴史を振り返れば、権力とのなれ合い、癒着は一本の棒のように貫いているといってもいい。
■「政権の意向を忖度」極めつけは籾井勝人前会長
私が思い出すのは、“シマゲジ”といわれた政治部出身の島桂次元会長である。彼は朝日新聞の三浦甲子二(きねじ)元テレビ朝日専務、読売新聞のナベツネこと渡邉恒雄主筆などとともに、池田勇人元首相や田中角栄元首相らと親しく、「自民党の代理店」と呼ばれたこともあった。
私も2回、一緒に酒を呑んだことがあったが、オレが永田町を牛耳っているかのような言動には辟易したことを覚えている。
だが、島のように政治家と対等に渡り合える会長がいたことで、今のような官邸に蹂躙されるような体制へ堕すのをかろうじて避けられていたのかもしれない。
島がスキャンダルで引責辞任した後、一人置いて会長になった島の側近で同じ政治部出身の海老沢勝二会長の頃から、「政高N低」の傾向が強くなってきたのではないかと、私は考えている。その後は、一部の人間を除いては、時の政権の意向を忖度する人間が会長に就任してきた。
そして極めつけは籾井勝人前会長である。
■「政府が『右』なら、『左』と言うわけにはいかない」
2014年の会長就任会見では、特定秘密保護法に関する質問に、「まあ一応通っちゃったんで、言ってもしょうがないんじゃないかと思うんですけども」。
竹島問題・尖閣諸島問題の質問には、「日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのにわれわれが『左』と言うわけにはいかない」。
放送内容の質問についても「日本政府と懸け離れたものであってはならない」。慰安婦問題の質問には、「戦争をしているどこの国にもあった」。こうした発言は、会長としての品位のカケラもなく、自らが安倍政権の傀儡であることを告白したようなものであった。
上村達男前NHK経営委員会委員長代行は『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』(東洋経済新報社)の中で、籾井発言をこう批判している。
「NHKは放送法第一条によって、『放送の不偏不党、真実及び自立を保証することによって、放送による表現の自由を確保すること』と、その活動目的が定められています。
籾井会長が就任会見で行った『政府の方針に反する報道はできない』という趣旨の発言は明らかに放送法違反に相当します。NHK会長がNHKの業務の執行権を委託されている以上、放送法に違反する個人的見解を表明した会長が、その見解を自ら訂正しようとしないことは、会長としての資格に関わる問題です」
さらに「現在、NHKにおいては、強権を振るう籾井会長のもとで不当なポジションに追いやられ、非生産的な業務に従事せざるをえない理事、職員が数多くいます。私の耳にも、現場からの悲痛な声が届いています。彼らは立場上、主張したいことがあっても声を上げられないのです」
■公共放送の何たるかを考えないNHKに未来はない
籾井氏は去ったが、彼が残していった残滓はヘドロのように広がり、NHKというメディアを蝕んでいるようだ。
![](https://president.jp/mwimgs/0/b/-/img_0b39f44d6593c86bb95210bf22f207a7237022.jpg)
安倍首相に取り入り、広報担当のように、有りもしない安倍首相の手柄話を作り広める記者、小池局長のようにジャーナリズムの役割を理解していないかのような上司、視聴者のほうを見ないで、上の意向ばかりを気にするヒラメ社員たち。
12月9日にNHKの30年度予算案が閣議決定された。30年度末の利益剰余金(内部留保)は767億円となる見込みだそうだ。
肥大化するだけで、公共放送の何たるかを考えないNHKに未来はない。最後に上村氏のこの言葉を記しておきたい。
「日本に健全な民主主義を根づかせる上で、NHKぐらい大事な存在はないと固く信じています。NHKがどのような事実を伝えるか、どのような姿勢で放送を提供するか、このことが日本の市民社会のあり方をかなりの程度既定していくと思っています。その意味においてこそ、NHKの公共性は最大の意義を有していると考えております」
(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト/朝日航洋)
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