ドトールが"コーヒーの味"にこだわる意味
プレジデントオンライン / 2019年1月9日 9時15分
■220円と1000円超の“原価”はどれだけ違うのか
喫茶店にとって「コーヒーの味」はどれだけ重要なのか。「座って休めればいい。味なんて二の次」。中にはそういう客もいる。そうした客は頼んだドリンクに口も付けず、スマホなど、目の前の関心ごとに熱中する。たしかにニーズは多様化した。喫茶業界でも、広い座席やテーブル、Wi‐Fi、電源コンセントといった設備に力を入れる店が増えてきた。
だが喫茶大手のドトールコーヒーは、設備を充実させながらも、あくまでもコーヒーの味にこだわる。その象徴が、グループ企業が手がける「神乃珈琲」(かんのコーヒー)という店だ。
運営会社の社長は菅野眞博氏。ドトールコーヒー常務取締役も兼任し、店名は同氏の名前から取った。現在は、東京・銀座(東京都中央区)、同・学芸大学(目黒区)、そして京都・四条烏丸(京都市中京区)の3カ所。店によって価格は異なるが「神乃珈琲 銀座店」では、こだわりのブレンドコーヒー(2種類)を各1026円(税込)で提供する。
国内に1115店(2018年10月現在)を展開する「ドトールコーヒーショップ」(以下「ドトール」)は、ブレンドコーヒー(S)を1杯220円(税込)で提供している。なぜここまで価格が違うのか。そして、なぜドトールは、価格帯がまったく異なる店を同時展開するのか。菅野社長に聞いた。
■3回飲み比べれば、味の違いがわかるようになる
「ドトールコーヒーには、毎年60~70人の新入社員が入社しますが、入社直後にブラジルとコロンビアのコーヒーを飲ませ、味の判定をさせてもわかりません。でもフルーティーさ、雑味などの判断基準を教えると、3度目には8割程度の人が学習効果でわかるようになる。現代の消費者も繰り返し体験することで、コーヒーに対する『舌』は肥えました。スペシャルティコーヒーのような高品質のコーヒーを好む人もいれば、コンビニの100円コーヒーの味が好きな人もいる。そうした多様化する消費者ニーズに応えるのが使命です」
店内で自らコーヒーを淹れながら、菅野氏はこう説明して続ける。
「一方で、業界にいる私たち専門家は、本当に特別なコーヒーを徹底訴求してきたか。神乃珈琲は、それを体験していただく店なのです」
特にその世界観を示すのは銀座店と京都店だ。ブレンドコーヒーは2種類。グアテマラ産ゲイシャ種を使用した「陽煎(HI‐IRI)」と、エルサルバドル産ティピカ種を用いた「月煎(TSUKI‐IRI)」がある。この2店に比べて、焙煎工場にカフェスペースを設けた学芸大学店はカジュアルな雰囲気で、コーヒーも500円(税込)からだ。
■ドトールは「毎日飲んでも負担にならない金額」
ドトールコーヒーの主力業態「ドトール」には、1日に全店合わせて約51万人が来店する。1980年の開業時は、当時コーヒー1杯が平均300円の時代に、半額の150円で提供。代わりに自分で飲食物を運ぶ「セルフサービス」の業態(開業時は立ち飲み)とした。
ところで、喫茶業界には「低価格帯」「中価格帯」「高価格帯」という区分がある。コーヒー1杯の価格を示したもので、明確な基準はない。筆者の肌感覚では、現在なら低価格=200円台まで、中価格=300~500円台、高価格=600円以上だろうか。
つまり「ドトール」が、この区分でいう「低価格帯」。同グループの「星乃珈琲」が「中価格帯」。そして「神乃珈琲」が「高価格帯」というフルラインナップ戦略なのだ。
価格が違えば、利用のされ方も違う。もともと「ドトール」は創業者の鳥羽博道氏(現名誉会長)が「毎日飲んでも負担にならない金額」として当時150円を設定。今でもその路線を踏襲しており、看板フードの「ジャーマンドック」を一緒に頼んでも440円(税込み)と、ワンコインでお釣りがくる。そのため毎日のように利用する客も多い。
■神乃珈琲は「こだわりの集大成の業態」
![](https://president.jp/mwimgs/f/0/-/img_f05e8ddd98f1b6cf66c4d7623373322b150943.jpg)
一方、「神乃珈琲」について菅野氏は「ドトール・日レスが手がけたカフェの歴史において、こだわりの集大成の業態」と話す。
「店のコンセプトとして、(1)直接仕入、(2)直火焙煎、(3)抽出へのこだわり、(4)品格ある味わい、(5)上質な空間、の5つを掲げました。特に銀座と京都の店は、『せっかく銀座(京都)に来たから寄ろう』と思われる店をめざしています」(菅野氏)
こう説明するように、希少価値の豆の仕入れから抽出までを重視する。なお菅野氏は大手カフェの社員では珍しく、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)理事でトレイニング委員会委員長も務める。その人物の名をとった最高級店には別の意味もありそうだ。
■ドトールの根底に残る「適正価格」の自負
1980年にスタートした「ドトール」を低価格帯と紹介したが、実は、創業者の鳥羽氏が嫌ったのが「安売り」や「ディスカウント」という言葉だった。
筆者はかつて、鳥羽氏の著書『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス人文庫/原題は『想うことが思うようになる努力』、プレジデント社)の編集にも関わり、何度か取材した。本人は150円コーヒー(当時)を「お客様が毎日飲める適正価格」の思いで作り上げた自負心があった。利益込みの「適正価格」はドトールの根底に残る。
若手社員時代に、コーヒーへの意識の高さを鳥羽氏に評価された菅野氏は、コーヒー工場にも勤務し、2008年からは商品生産統括本部統括本部長を務めた。現在も、ドトールコーヒーの味の最終決定者は菅野氏が務める。「神乃珈琲」のコンセプトや中身は、現在のドトール・日レスHDの最高責任者である大林豁史会長と菅野氏で詰めたという。
前述したように「神乃珈琲」のコーヒーは、「ドトール」よりも高く、銀座店ではブレンドが4倍以上もする。それでも驚くような金額で提供することはしない。
ちなみに鳥羽氏は、別会社の鳥羽珈琲で「ロイヤルクリスタルカフェ」という店を銀座5丁目で運営する。豪華な内装の同店の「ロイヤルクリスタルブレンド」は1500円もするが、おかわりができる。高額でも「コーヒー屋の店主」の姿勢を保ち続けるように思える。
■「おいしさ」の上から目線は嫌がられる
ドトールが「神乃珈琲」に注いだエネルギーは大きいが、数多く展開できる業態ではない。高価格帯のコーヒーを納得して飲む顧客が訪れる場所でないと出店できないだろう。
さらに、現代の消費生活の中心は「カジュアル化」だ。たとえば外食のレストラン選びでは、フルコースのフランス料理店を選ぶ消費者は多くない。もちろん人によるが、総じてフレンチよりもイタリアンを好み、イタリアンでもメインディッシュを魚料理や肉料理ではなく、パスタやピザで締めるような時代だ。
そうした時代、店主がうんちくを語り過ぎる「コーヒー道場」は消費者に支持されにくい。コーヒー通のマニアは集まるかもしれないが、顧客層の広がりが期待できないのだ。神乃珈琲はそこに気づいており、菅野氏は「おいしさの上から目線は嫌がられる」と話す。
■コーヒーを極めたい社員の「居場所」にもなる
一方で、最高級への追究は「コーヒー屋のロマン」でもあり、大手カフェがフルライン価格帯でチェーン展開する場合の必然かもしれない。「必然」には別の意味もあり、人材活用の視点では、コーヒーを極めたい社員の「居場所」にもなるのだ。
コーヒー生産量全体の5%程度といわれる「スペシャルティコーヒー」に造詣が深い菅野氏も、もしかすると「ドトール」や「エクセルシオールカフェ」だけでは、承認欲求が満たされなかったかもしれない。社内には菅野氏と二人三脚で動く若手社員がいる。グループ内には「カフェ レクセル」という店も展開し、同店はスペシャルティコーヒーと日本のカフェ文化の融合を掲げる。
■高級コーヒーはコーヒー屋のロマン
競合で国内店舗数3位の「コメダ珈琲店」創業者の加藤太郎氏(現在は退任)は、かつて「吉茶」という高級業態を手がけた。ドトールの鳥羽氏は、「ロイヤルクリスタルカフェ」とは別の高級業態店を描いている。いつの時代でも、高級コーヒーへ想いは、コーヒー屋のロマンなのだ。
総合型として、多くの価格帯の店を持つドトールコーヒーにとって、高級店はロマンとソロバンの両立が求められる。親会社は一部上場企業のドトール・日レスホールディングスなので、採算性は無視できない。
今後、「神乃珈琲」をどう「身近さ」と「高級」のバランスで展開するか。
「カフェのお客は、来店動機によって求めるものが変わります。『休む』や『話す』を目的にしたお客さんには、高級なコーヒーを訴求しても伝わりません。味の好き嫌いはありますが、厳選された豆を使った本当においしいコーヒーを飲んだ人は、味の違いに驚き、価格の高さにも驚きます。欧州のように高い=おいしいのヒエラルキーができるまで、もう少し時間がかかるでしょう」(フードビジネスコンサルタント)
日々の接客をしながら、「話のネタに一度行けば十分」とならないための創意工夫を続けるのだろう。
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経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト 高井 尚之)
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