"離婚家庭の子はダメ"パワハラ発言の顛末
プレジデントオンライン / 2018年12月28日 9時15分
■世田谷学園は「事実関係は存在しない」
教員からのパワハラが原因で、中学2年の終わりから高校卒業まで不登校で過ごし、2度も転校勧奨をされたAさん。父親や代理人弁護士と連名で、世田谷学園に関係者の処分と原因究明などを求める通知書を送付し、10月29日までの回答を求めていた。
それに対し世田谷学園は、教諭らに対して弁護士による事情聴取を行った上で対応を協議する、と回答を先送りした。筆者の質問に対しては「事実認識に相違がある」と答えていた。ここまでが前回お伝えした内容(10月31日「名門私立"世田谷学園"の教員パワハラ疑惑」)だ。
その後11月9日付けで、世田谷学園の代理人弁護士からAさん親子に対し、回答書が送られてきた。その内容は、パワハラを全面否定するものだった。
この回答を受けて、Aさん親子と世田谷学園双方の代理人弁護士が、11月19日に面談した。これまで世田谷学園はパワハラについて謝罪はしていたのだが、面談の場ではAさんがパワハラと主張した事実をことごとく否定。話し合いに応じる姿勢を見せながら、実際には強硬な態度を示した。
■「担任に会うことが怖かった」
世田谷学園側からの回答を受けて、Aさんが改めて取材に応じた。Aさんは今年3月、4年間不登校のまま卒業し、早稲田大学に進学。しかし、パワハラの影響による睡眠障害にいまも悩まされ、治療を続けている。取材を受けること自体、本来はつらいと言うが、世田谷学園の対応に怒りを隠せなかった。
「担任に暴力的なことを言われたのも、転校を迫られたことも事実です。全て否定するのであれば、これまで学園側が謝罪していたのは何だったのでしょうか」
Aさんは、パワハラを受けた当時の思いをまとめたメモを持ってきてくれた。
![](https://president.jp/mwimgs/6/a/-/img_6ac2694bcc93e2dc1fb231efc9df0563544187.jpg)
前回伝えた通り、Aさんがパワハラを受けたのは中学2年生の冬。風邪をひいて学校を休んでいたところ、不登校になったのかと誤解した担任から突然、携帯電話に着信があった。電話口で説明しても風邪だと信じてもらえず、「学校に来い」と執拗に言われた。そして学校に出向くと、強く叱責され、「お前は離婚家庭だから心が弱い」とののしられた。
このことをきっかけに担任のことが怖くなり、原因不明の腹痛に悩まされるようになった。「担任に会いたくない」と、不登校になったのだ。
■「離婚家庭」とののしられて、ショックと恐怖に襲われる
メモには、次のように書かれている。
![](https://president.jp/mwimgs/0/c/-/img_0cec4571ad09db102e2241836874c3db650923.jpg)
Aさんが幼稚園に通う頃から両親は別居し、小学校低学年の時に離婚した。Aさんは母親に育てられていた。両親の離婚は、Aさんにとって幼い頃からのコンプレックスだったという。
「それだけつらいコンプレックスであったのに、担任に突然そのことをののしられて、ショックで混乱したと同時に、恐怖に襲われて、体が動かなくなりました。それから担任と話すことも、会うことも、怖くてできなくなったのです」
Aさんが担任にののしられて不登校になると、中3の5月に担任が謝罪する場が設けられた。しかし、担任が謝罪しようとした時、同席していた学年主任が謝罪を制するかのように「Aくん、大人がこうやって謝ることの大きさをわかっているよね?」と言ったことで、Aさんはさらに傷ついた。
「言われている意味がわかりませんでした。謝罪をすると言っているのに、この学年主任は何を言っているのだろうと。何も考えられないほど、具合が悪くなりました」
Aさんの症状はこのやりとりで悪化。心因性の腹痛に加え、深刻な睡眠障害にも悩まされるようになった。不登校の原因は学園側にあるのに、中3と高1の時には出席日数が足りないことを理由に転校勧奨を受けた。
自分は教員によるパワハラで登校できなくなり、転校勧奨まで受けているのに、なぜ教員たちは処分もされないのか――それはAさんの素朴な疑問であり、怒りが収まらない理由でもあった。
■「このままでは終わりたくない」
Aさんは学校には行かず、高2から予備校に通って、早稲田大学教育学部に現役合格した。それだけ聞けば、Aさんは元々優秀だったのではないかと思う人が多いだろう。しかし、Aさんは高2までは勉強できる状態ではなく、入試直前の模試でも、早稲田大学の合格判定はすべてE判定だったという。
「不登校になって自信を全く失い、自分で自分のことを社会のゴミだと思うようになっていました。それは不登校のまま高校を卒業しても、社会に何も寄与できないと思ったからです。退学させられれば中卒になる可能性もありました。しかし、何もスキルがない僕は、中卒や高卒では生きてはいけないだろうと危機感を持ったのです。それで高2の後半から睡眠障害の治療を本格的に受け始めて、高3から必死で勉強を始めました」
■いまも睡眠障害と貧血で、週1回は全く動けない
高3になった頃、英語の偏差値は50に遠く及ばなかったという。そこから週5日間予備校に通った。朝10時には自習室にいて、90分の講義とあわせて1日10時間は勉強した。具合が悪くて寝込んでいる日もあったが、体調と相談しながら勉強を続けた。
入試直前になると、英語の偏差値は58まで上がった。国語の現代文の偏差値は65。それでも合格の安全圏内には入っていなかったが「このままでは終わりたくない」と諦めなかった。その結果、早稲田、明治、法政の3大学の合格をつかみ取ることができたのだ。
「高3の時も、体調はボロボロでした。睡眠障害の治療も、予備校に通うことも、父親が援助してくれたことで可能になりました。学校に対する意地もありましたし、結果を出せたことはよかったと思います」
しかし大学合格によって体調がよくなったわけではない。Aさんはいまも睡眠障害と貧血で、週1回は全く動けない日がある。病気との闘いは続いているのだ。
■学年主任は「大人が謝る教育的意味」を教えたかった
Aさん親子と世田谷学園の代理人弁護士が11月19日に面会した際、学園側の弁護士は、Aさんが精神的苦痛を受けた根幹の部分について、真っ向から否定している。
「離婚家庭の子どもだからダメなんだ」と担任が言ったことについて、学園側の言い分は次のようなものだった。
「少なくとも、家庭のプライバシーに踏み込んでの発言はしていない。一般論としては述べたかもしれないが」
これに対してAさん親子の弁護士は「両親が離婚しているAさんに離婚の話をすれば、それがAさんのことを言っているのは当然です。それを一般論などと言って逃れようとすることは非常識」と反論している。
また、学年主任が担任の謝罪を制したことについて、学園側は「学年主任は大人が謝る教育的意味を教えたかったし、Aさんがその後どうしたいのかを聞きたかった。担任の謝罪を制止することが目的ではなかった」と主張。
この発言についてAさん親子の弁護士は「悪かったと謝罪をする前に、お前は意味がわかっているのかとか、謝罪した後どうするのと聞くのは、謝罪ではありません。そんな教育はないでしょう」と辛辣に批判している。
2度にわたる転校勧奨も、学園側は「転校を勧めたことはない。過去のケースを説明し、親御さんにどうしますかと話しただけ」と否定するが、転校以外の選択肢を示していないのだから、結局は転校勧奨と言えるのではないだろうか。
■学園側は「証拠を出していただきたい」
世田谷学園側は、事実関係を否定した根拠を、弁護士による教員への聞き取りの結果だと説明している。Aさん本人や、教員とAさんのやりとりを聞いていた他の教員への聞き取りはしていない。
両者の食い違いが明確になった形だが、学園側は「客観的資料があれば出していただきたい。それによって、学園側が再考することはあり得る」と、逆にAさんに「証拠を出せ」と言ってきている。
しかし、Aさんへのパワハラを巡って、これまで元担任が謝罪し、校長が謝罪の手紙を送ってきたことは事実だ。Aさんを傷つけたことも一定の範囲で認めてきており、そのこと自体は学園側の弁護士は否定しなかった。
にもかかわらず、なぜ関係者の処分をしないのかとAさん親子の弁護士が問うと、学園側の回答は、懲戒処分をするには「学園としての労使紛争に耐えられる調査結果ではない」というものだった。
■4年以上の話し合いを、全て覆そうとしている
「労使紛争に耐えられない」ことを理由に関係者の処分を拒否し、その結論を導くための調査では事実関係を全て否定する。世田谷学園は、4年以上かけてAさん親子と話し合ってきたことを、ここにきて全て覆そうとしている。
Aさんは「いまさら隠蔽する意味がわからない」とあきれて、こう続けた。
「不誠実な対応をしたことをごまかすために、さらに不誠実な対応をしているのが、いまの世田谷学園の態度です。教育に携わる者としてどうなのでしょうか。僕には学園の言っていることが理解できません」
Aさんに対する世田谷学園の対応は、どこを向いて教育をしているのかと言われても仕方がないのではないだろうか。Aさんは今後、証拠を元に、関係者の処分と原因究明を引き続き世田谷学園に求めていくことにしている。
(ジャーナリスト 田中 圭太郎 撮影=プレジデントオンライン編集部)
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