イオンを日本最大にした"合併人事"の鉄則
プレジデントオンライン / 2018年12月31日 11時15分
■合併で“新たな人材”が集まる
イオンの歴史は合併の歴史そのもの、といっても過言ではない。
1967年に岡田屋社長の岡田卓也(現イオン名誉会長)が、フタギの二木一一社長に「合併」と書いたメモを渡したところから始まった。そこに大阪のシロが加わり、日本ユナイテッド・ストアーズ株式会社(ジャパン・ユナイテッド・ストアーズ・カンパニー:通称ジャスコ)が誕生した。その後も、合併自体を根幹の戦略とし、今日の日本一の流通業となった。
岡田卓也が「合併」を成長の基本戦略としたのは、四日市という土地の影響が小さくない。四日市では1914年(大正3年)に三重紡績と大阪紡績が合併し、東洋紡績(現東洋紡)が誕生。事業を拡大していったという歴史がある。それに影響を受けたのだろう。
小嶋は「規模の拡大こそが企業の存続を可能にし、かつ小売業の近代化に結びつく。それがひいては多くの社員の生活をも保証することになる」といった信念に基づいて、合併会社を形成していった。
岡田屋では、早くから合併を意識しており、社内に「組織制度委員会」を発足し、ノウハウを蓄積していた。3社による合併以前に、静岡のマルサ、伊勢のカワムラ、豊橋の浦柴屋などとの提携も行っていた。
「企業の合併にはさまざまなメリットがあげられるが、特に大きなメリットは多くの有為な人材が得られるということである。つまり、組織の基盤が安泰になることにより、そこに新たな人材が集まるのである」
小嶋千鶴子は、門外不出の著書『あしあと』の中でこのように言っている。
■人心の一体化には“機会均等”と“公正”
合併をすればそれで大きくなれるかというと、そんなことはない。
企業合併には3つの形がある。1つは「法的合併」。2つめは組織やシステムの統一をおこなう「組織の合併」。3つ目は人間同士の心が一体となる「心の合併」だ。前の2つは時間をかければ成し遂げることができるが、3つめの「心の合併」は容易ではない。トップ同士の合意はもちろんのこと、従業員同士の協力があって初めて成し遂げられる。
「いうまでもなく、企業を動かすのは人、である。企業組織は、心をもった人間集団によって形成されている。人々の高いモラールに支えられた企業は強い。逆に、やる気をなくした人間集団から大きなエネルギーを引き出すことはできない。買収など強権をもってしても、人心をつかみ得ない限り、合併作業はうまくいかないものである」
つづいて、「人心の一体化に当たって最も大切なことは、社員のポストや給与待遇綿において徹底した機会均等と公正の原則を貫くことである」と小嶋は言っている。人心をつかむためには、「組織制度・正しい運営」「機会均等」「公正な評価や基準」「教育制度」「人事制度」を地道に作り上げていくしかない。
「合併後いつまでも企業として一体化せず、人的なトラブルが続き、効果を得ない企業の実例を、われわれは数多くみることができる」
つまり、小嶋は「人的融合」をもって合併の完成とした。
■「用語の統一」が合併成功の秘訣
むかし、第一勧業銀行が合併した際、小嶋に合併の秘訣を聞きに来た。
それに対して小嶋が「秘訣のひとつは、統一用語をつくることだ」と話したら、彼らは大きくうなずいたという。
岡田屋、フタギ、シロの3社が合併を果たした当初の1963年(昭和43年)、小嶋が最初に手をつけたのが言葉の統一だ。「ジャスコ統一用語」を作成し、全社員に配布した。
統一用語とは、単なる意味の羅列ではない。目的、効果、考え方にまで及ぶ組織管理用語であり、経営用語である。その統一があって初めて、意思の疎通ができるようになる。人心の一致を図ることができるようになる。
■やる気を創出する「連邦制経営」
合併の旗を掲げるのは岡田卓也だ。一方、小嶋千鶴子は、合併に関する諸問題については、トップである岡田卓也にさせてはならぬといわんばかりに、自分で毅然として事にあたった。
ジャスコは連邦制経営を標榜し、合併後各地域に「地域法人」を設立し、従来のトップをそのまま置いて、運営を任せた。任せることのメリットは数えきれないほどあるが、反面デメリットもある。長年、地域や会社のトップとして君臨していると陥る「ワンマン経営」である。そこからの脱皮はなかなかむずかしい。
あるとき、電話口で小嶋が諭すように話していた。
「あんたなあ、もう会社も変わったんやから、あんたも変わらなあかん。いつまでも、ひとつの尺度で部下を見ているのではなく、本人の意思を尊重してジャスコでの活躍の場を広げてやるのが、あんたの役目やろ」
地域法人からジャスコ本体へ出向者を出すよう、社長を説得する言葉だったと思う。小嶋は、関連子会社から本社へ、そして本社から関連子会社へといった人事交流を積極的に行った。それは出身による区別なく実施された。
■年間850人が学ぶ「ジャスコ大学」
さらに、合併を効果的に推進させたのが「ジャスコ大学」の存在だ。合併を成功させた要因の一つといってもいい。これは前身の岡田屋時代にあったOMC(オカダヤ・マネジメント・カレッジ:昭和39年に開校)を充実発展させたものだが、企業内専門職育成の機関としては小売業界初である。
![](https://president.jp/mwimgs/4/a/-/img_4af5a52b68e6d8bc5be055ec91a84c5d157286.jpg)
専門職には各コースがあり、自己の選択によってコースを選択、受験し、合格者が一定の期間勉強するものである。例えば、店長育成コース・商品部員育成コースなどで、のちにコースは追加・分化して27コースに及んだ。ジャスコグループで年間850人が勉学にいそしんだ。
ジャスコ大学では出身会社・学歴・年齢・性別の区別なく、個人の自己申告によって一定の試験を合格したものが一同に会して勉強する。そのことに意義がある。
「集合教育に参加するということは、全国各地からお互いに顔も名前も知らない者が一堂に集まり、共通の情報を得ることになる。共通のコミュニケーションがはかれる」
そして、それにより「何かあったとき力となる情報や知識をもつ仲間の輪が広がる」と小嶋はいう。勉強を通じて視野が広がり、交友が広がり、若人が将来を語り合うなど、人心の「一致」からさらに人心の「融合」へと高めたのが、このジャスコ大学なのだ。
■「同じ人間同士、胸襟を開けば通じる」
人心一致、人心融合した合併によって規模を拡大するため、小嶋は「社員のポストや給与待遇面において徹底した機会均等と公正の原則を貫くこと」、そのための仕組み・制度づくりに、人生の正念場ともいえるほどの心血を注いだ。その公正さは経営の側からだけの公正さではなく、社員の側から見ても公正であると納得され、すべての社員が納得する制度でなければならない。
さらには、「社員の給与、福利厚生などの待遇面の水準は、合併する会社の中で一番高いレベルの会社に合わせることが大原則である。平均的ということはあり得ない」と、すべて上位水準へと合わせていった。それによりジャスコの待遇面での水準は飛躍的に高められていった。
合併人事のプロセスは簡単ではなかった。一部社員の不平不満が起こった。それに対しても小嶋は「同じ人間同士、胸襟を開けば通じるものである」、「正しいものは正しい」というような石のような信念をもって、一切妥協することなく、話し合い・説得に当たった。
良識は常に勝つ。程なくして、一部社員の不平不満は解消し、また方向性を失っていた職人たちをジャスコにはなくてはならない専門職へと生まれ変わる道筋を示した。
そうして、今日の流通業界最大のイオングループへの礎を築いていったのである。
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東和コンサルティング 代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。
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(東和コンサルティング会長 東海 友和)
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