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"茨城の底辺校"が文武両道で大躍進のワケ

プレジデントオンライン / 2018年12月29日 11時15分

明秀学園日立高校の外観(筆者撮影)

人口減が続き、活気を失いつつある茨城県日立市で、明るいニュースをもたらしている高校がある。明秀学園日立高校だ。野球部は甲子園、サッカー部は全国大会に出場するほか、学業面でも国公立大学に40~70人が合格するなど実績を出している。生徒数はこの10年で1.5倍に増えた。それまで“底辺校”だった同校は、なぜ生まれ変わることができたのか――。(前編/全2回)

■活気がない、「日立製作所」のおひざもと

茨城県日立市は、日立製作所の発祥地であり、企業城下町としても知られる。「日製」(にっせい。地元では同社をこう呼ぶ)は現在の経団連会長・中西宏明氏(同社取締役会長)を輩出し、最近の業績は好調だが、おひざもとの同市は元気がない。

日立市の人口は1983年の20万6260人をピークに減少に転じ、最新調査では17万8375人(2018年12月1日現在の常住人口)と、四半世紀で14%も減った。日立グループ企業を中心とした雇用の縮小、商業の衰退、山沿いの住宅の居住減が原因と言われる。JR日立駅に降り立つと、洗練された駅舎・駅前ロータリーの充実ぶりと、駅前を歩く人の少なさのギャップを痛感する。

だが、そんな土地に気を吐く私立高校がある。明秀学園日立高校(以下、明秀日立)だ。サッカー部や硬式野球部は全国大会に出場し、国公立大学に41人(2017年度。16年度は72人)も合格する。前身は1925年に創設された助川裁縫女学校で、旧校名は日立女子高。1996年から共学の現校名となったが、「卒業生が誇りを持てない学校」だったという。なぜ、そんな高校が、教育関係者の注目する高校に生まれ変わったのか。現地を取材した。

■今年も高校サッカー選手権に出場

現在の明秀日立は「スポーツが強い」と「進学実績がめざましい」の二面性を持つ。本稿ではスポーツに焦点を当て、サッカー部、硬式野球部、ゴルフ部の代表に集まってもらった。

高嶋修也くんはサッカー部主将として、2018年12月30日から開催される「第97回全国高校サッカー選手権大会」(昨年同校はベスト8)に茨城県代表で出場予定だ。ポジションはDF。専門誌では「関東屈指のCB(センターバック)」と写真付きで紹介される。

サッカー部主将の高嶋くん(筆者撮影)

「この学校を選んだのは、Jリーグの鹿島アントラーズのユースに昇格できなかったからです。実技は合格したけどメディカルチェックで不合格でした。それならと、茨城でサッカーの強い明秀日立に進学しました。将来はアントラーズに戻り、トップチームに上がりたい」

卒業後は、法政大学に進学予定。実力を高めて鹿島に再入団、レギュラー定着という夢を描く。

増田陸くんは、今年のドラフト会議で巨人の2位指名を受けて入団が決定。背番号は「61」となった。高校通算34本塁打で、2018年の選抜高校野球に出場。ベスト16まで勝ち抜き、主将で1番ショートとして活躍した。巨人の現主将・坂本勇人選手に似たプレーぶりで「坂本二世」(坂本選手の入団時も背番号61)とも呼ばれるが、本人はこう語る。

野球部主将の増田陸くん(筆者撮影)

「坂本さんが高校時代に教えを受けた、金沢成奉監督(現明秀日立監督)の指導を受けました。坂本二世と呼ばれるのは光栄ですが、いつの日か『増田一世』になりたいです」

大阪市出身だが、茨城県に来たのは「金沢監督の元で」の思いからだったという。

 

■ゴルフ3姉妹で育った「ベストアマ」

髙久みなみさんは、今年の「樋口久子 三菱電機レディスゴルフトーナメント」で8位入賞、ベストアマに輝いた。長女・あずささん(学法石川高→東北福祉大卒)、次女・ゆうなさん(東北高→東北福祉大4年)の三人姉妹の三女だ。アマチュアゴルファーとして活躍し、ゴルフ場の支配人を務める父のもと、幼い頃からゴルフの練習を積んできた。

ゴルフプロテストを受ける髙久みなみさん(筆者撮影)

「姉たちとは違う環境でゴルフをしたくて、福島県の実家にも比較的近い、明秀日立を選びました」と明かす。卒業後は進学せず、大学を卒業する次女とともに、プロテストを受ける。少し前にスポーツ紙の取材で答えた「父に連れられて行く居酒屋での好物は『イカゲソ』」の発言が注目された。「とっさに答えたのですが、失敗でした」と明るく笑う。

3人とも「特進Aコース」3年生だ。一般学生も所属する同コースは「選抜クラスで超ハイレベルな文武両道を目指す」を掲げる。授業は45分×7時間制をとり、3人も「夜遅くまで部活動をする翌日の、7時間制は長い」と苦笑いしながら通学する。

■ユニフォームよりも「制服が似合う生徒」に

現在の同校には「全日制」と「通信制」があり、全日制で約1100人、通信制で約700人が在籍。全日制は「特進STコース」と「特進Sコース」(授業は45分×8時間制)、そして「特進Aコース」の3コース制を敷く。かつての体育コースは2007年に廃止した。「文武両道」を掲げる高校の中には、スポーツ系生徒と一般生徒が交わらない例も聞くが、それを変えた。

「スポーツ推薦でも一般入試でも、生徒が同じ環境で学べるのが本校の特徴です。座席が近いクラスメートが活躍すれば、応援にも力が入る。一方で、どんなに注目されても、ユニフォームよりも制服が似合う生徒でいてほしいのです」(矢野正彦校長)

今年(2018年)校長に就任した矢野氏は、同校生え抜き(1986年奉職)だ。就任前は、副校長を2年、その前は教頭を7年務めた。時に笑顔を見せながら語る矢野校長だが、12年前には、現在の同校の躍進ぶりは想像できなかった。

■「私、この学校の卒業生です」と言えない

歴史は長いが、人気が低迷していた2006年、明秀日立の理事長と校長に新しい人物が就いた。小野勝久理事長と中原昭・前校長(現在は同校の学事アドバイザー)だ。

小野氏は、元日立電鉄常務などを務めた後、日立市教育委員長に転じ、同学園理事長に就いた。当時、全日制の生徒総数は700人台で、累積赤字も膨らんでいた。地元では「教育委員長自ら、火中の栗を拾わされた」と言われた。就任直後、ある出来事に遭遇する。

「地元で活躍する女性経営者を講演会講師に招き、懇談時に、ふと『どちらの学校のご出身ですか?』と聞いても、答えを濁されました。それが、最後の見送りで一緒に廊下を歩いていた時、『理事長、実は私、ここの卒業生なのです』と明かされたのです」(小野氏)

社会で活躍する卒業生ですら、母校を名乗れないという現実。より危機感を高めると、同校の生え抜きである中原校長と二人三脚で改革を進めた。

「校長就任時、建学精神の『明るく 清く 凛々しく』を受け継ぎ、いかに社会貢献する人材を育成するかを腐心しました。最初に行ったのは教職員のベクトル合わせです」(中原氏)

「凡事徹底」を掲げつつ、具体的に実践したのは「校歌を大きな声で歌える」「校章をつける」「さわやかな挨拶ができる」「整理整頓ができる」「感謝の心を持つ」の5つだった。名門校なら自信を持ってつけられる校章も、母校や勤務校に誇りを持てないと躊躇する。

「凡事徹底がされない組織では、優れたビジョンを掲げても実現できません。逆にこれが徹底している学校は、教職員の当事者意識が高まり、学んだ『知識』が独自の『智慧』にも変わります。教員にも、それを踏まえた教育・指導をしてもらいました」(中原氏)

■甲子園準優勝の名将が描く「教育像」

硬式野球部が甲子園出場を果たしたのは、前述した金沢監督の力が大きい。大阪府出身の51歳。青森県の光星学院高(当時の校名)の監督時代、春の甲子園で準優勝を果たした。中学時代にヤンチャだった野球少年の教育指導に定評があり「更生学院」と異名をとった。

野球部の寮に貼られた、人格形成をうながす掲示物(筆者撮影)

「ヤンチャな子の多くは家庭環境に問題があります。でもエネルギーがあるので、授業や寮生活で、我慢や協調性を徹底して教えるとチームワークも学び、成長します」と語る。

野球部は全寮制、金沢氏も寮で生活する。生徒はバスで30分離れた高萩キャンパス(高萩市)の寮から日立市内の本校に通学。「監督は“熱男”ですが、みんなを奮い立たせてくれます。高校生活で、いろんな人に感謝する気持ちを持てました」と増田くんは振り返る。

■2年連続全国大会に導いた監督は「コース主任」

サッカー部の萬場努監督は34歳。東海大からJFLの佐川印刷に進んでサッカー選手としてプレーし、24歳で同高教員となった。現在は「特進Aコース」のコース主任も務める。

高萩キャンパスにあるサッカー部のグラウンド(筆者撮影)

「私はあくまでも学校の教員で、サッカーというツールを使って、生徒の教育や人格形成をしています」と語る萬場氏。たとえば高嶋くんには、「口数の少ない生徒だが、サッカーの技術はチーム一。コミュニケーション能力を高めさせるため、主将に任命した」と明かす。

現在のサッカー部員124人のうち、茨城県出身者は85人を数える。もともとフィジカルに定評のあるチームだったが、年々チームワークも上がり、水戸や古河、鹿島が強かった県内地図を塗り替えた。現在はコーチもOBが務めるようになった、という。

■「野球」と「サッカー」で活躍すると注目される

理事長の小野氏は穏やかな人柄だが、元企業人らしく「PDCA」サイクルを描いて改革を進める。

「スポーツでは、まず野球とサッカーを強化して知名度を高めようと思いました。この2つはメディア露出がケタ違いで、中学生を持つ保護者や地域が注目してくれる、と考えたのです」(同)

スポーツが強い学校は、在校生も卒業生も自信を持つ。「後輩が活躍する甲子園大会(や高校サッカー)で元気をもらった」という話は、いたるところで耳にする。筆者が最初に同校を訪れたのは、サッカー県大会決勝の前々日。試合予想の水を向けると、小野氏はキッパリと答えた。

「勝つと思いますよ」

総務省が委嘱する、全国約5000人の行政相談委員の長「全国行政相談委員連合協議会会長」も務める小野氏だが、スケジュールが許せば、運動部の応援に県大会の1回戦から駆けつける。次回は具体的な「アクションプラン」を紹介しつつ、学校改革の歩みを追っていきたい。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)

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