日本企業が「英国撤退」を検討すべき理由

プレジデントオンライン / 2019年1月4日 11時15分

英国のメイ首相(写真)はEU離脱に関する協定案の採決を先送りしたが、議会で承認される可能性は限りなく低い(写真=AFP/時事通信フォト)

英国のEU(欧州連合)離脱問題が暗礁に乗り上げている。このままでは「合意のない離脱(ノーディール)」の可能性も拭えない。もしそうなれば英国だけでなく、世界同時株安につながる恐れがある。英国に拠点をもつ日本企業は撤退を検討するべき時期に来ている――。

■メインシナリオは離脱交渉の延期

英国のEU(欧州連合)離脱問題が暗礁に乗り上げている。英国とEUは11月25日のEU臨時サミットで、英国のEU離脱に関する協定案と将来関係に関する政治宣言案で合意に達した。この離脱協定案が英国とEUの双方の議会で承認されれば、英国は当初の予定通りロンドン時間の19年3月29日午後11時にEUから離脱できるはずだった。

ただこの離脱協定案に対して、英議会の風当たりは非常に強かった。メイ首相が率いる与党・保守党の議員でさえ、その多くが反対に回った。その結果、メイ首相は12月11日に予定されていた議会での採決を取りやめ、議会の冬期休暇が明けた後の19年1月中旬まで、採決を先送りすることになった。

1月中旬に離脱協定案が可決されても、3月29日までに離脱の準備が整うか定かではない。また否決されても、英議会の承認の期限である1月21日までにEUと新協定を結ぶことは不可能だ。大多数の関係者が「合意の無い離脱(ノーディール)」を回避したいと考える中で、離脱交渉は延期されるという展開が予想される。

ただ延期されるとしても、それがどの程度になるか定かではない。英タイムズ紙によれば、19年5月に実施される欧州議会選後、初めて欧州議会が招集される7月2日までという観測が一部で浮上しているようだ。とはいえ混迷を極めているこの交渉がわずか3カ月程度の延長で決するとは考え難い。

なおEUは、離脱協定案そのものの再交渉には応じないスタンスを強調している。また延長で合意したとしても、英国が現状の離脱協定案以上に有利な条件を引き出せる可能性は非常に低い。結局のところ、英議会は離脱協定案を受け入れざるを得ないというのがメインシナリオになりそうだ。

■台頭してきた国民投票の再実施

現在英国では、合意のある離脱もノーディールも受け入れられないと考える議員を中心に、離脱の是非を再度問い直す国民投票を実施すべきだという機運が高まっている。最大野党・労働党のコービン党首が従来からこの主張を展開していたが、保守党の多くの議員もこれに賛同し始めているようだ。国民投票の再実施が、メインシナリオに次ぐサブシナリオになる。

先にEUの最高裁である欧州司法裁判所(ECJ)は、英政府が離脱の期限である19年3月29日より前に離脱通告を撤回することが出来るという判断を示した。再投票で残留と離脱の何れが勝利しようと、メイ首相が17年3月にEUのトゥスク大統領に対して行った通告を撤廃し交渉を仕切り直したいというのがコンセンサスとみられる。

仮に19年3月29日までに国民投票が行われ、残留派が勝利すれば、英国は引き続きEUにとどまることになる。ただ英国のEUでの発言権は大いに失われるだろう。離脱派が勝利すれば、メイ首相による離脱通告を一度撤回し、その上で機が熟したと判断した際に、英政府はEUに対して改めて離脱通告を行うことができる。

国民投票の再実施は本来なら回避されるべき選択肢である。離脱派が勝利した先の国民投票で、英国の世論は二分化し、社会分断に陥った。国民投票の再実施は、何れの結果となっても社会にさらなる亀裂をもたらす。交渉は仕切り直せても、事態を一段と厄介にさせるかもしれない。

■ノーディールならヒト・モノ・カネの移動に制約

最悪のシナリオであるノーディールの可能性も否定できない。EU首脳陣は国民投票の再実施の可能性に言及しながらも、12月の定例EUサミットでは協定案に基づく離脱かノーディールかの二者択一を英国に対して強く迫った。これを受けて、英国側でもノーディールに備えた議論が熱を帯び始めた。

仮に英国とEUが交渉延長で合意したとしても、英議会が離脱協定案を否決した場合、英国はノーディールに突き進むことになる。ノーディールとなった場合、英国が3月29日にEUから離脱した後、現在英国とEUとの間で自由に行われているヒト・モノ・カネの移動に制約がかかることになる。

ヒトに関しては国境管理が、モノについては通関手続きが生じるために、移動が滞ることになる。またカネの移動に関しては、英国がEUの金融センターとしての機能を失うことになるため、その分だけ英国に流入していたマネーが逃避する。また新たに流入するマネーも減少するだろう。

ノーディールになった場合、英国とEUの双方が悪影響を被る。そのため現実的には、その悪影響を緩和する経過措置が採られると予想される。現にEU側は12月19日にノーディールの場合、ヒト・モノ・カネのやり取りに関する激変緩和措置を発表し、1~2年間は現行の取り扱いを準拠する方針を示している。

■ノーディールなら英国は長期の経済危機に陥る

ノーディールとなった場合、英国経済への悪影響は避けられない。英政府は11月30日、ノーディールだと向こう15年で最大9.3%もGDPが減少するという試算を発表した。数値の妥当性はともかく、ノーディールは英景気に以下で述べるような形で、深刻な悪影響を及ぼすと予想される。

まず英国の通貨ポンドの暴落は避けられない。英国経済の将来を悲観した投資家がポンドを投げ売りするためだ。輸入超過である英国の場合、ポンド安によって輸出競争力が改善しても、景気が加速することにはつながらない。むしろ輸入コストが増加してインフレが進み、消費が停滞することで景気にブレーキがかかることになる。

ポンド相場を下支えするため、英中銀は金融引き締めを余儀なくされる。その結果、金利が上昇し、消費や投資が停滞することになる。コストが増加して需要も悪化することから、生産も低迷を余儀なくされる。お家芸の金融サービスも、EUからアウトソースされている機能を失う分、活力を失うことになる。

離脱協定案に基づく離脱の場合、離脱から一定期間の移行期間が設けられるし、場合によってはその延長も可能になる。したがってノーディールの場合に比べれば、英国景気への悪影響は緩和される。ただ景気が悪化すること自体に変わりはない。EU離脱という選択自体、経済的観点から見ればナンセンスそのものである。

そうした非合理な決断を選択した背景にあるのが、英国のみならず世界的に高まる民族主義(ポピュリズム)であり、それを先導するポピュリスト政治家の存在だ。ポピュリズムの熱に浮かされると破壊的な将来が待ち受けていることを、今年の英国は我々にまざまざと見せつけることになるだろう。

■グローバルな株安と急激な円高につながる恐れ

英国のEU離脱がグローバルな株安と急激な円高につながる恐れにも注意を要する。18年後半に入り、米中通商摩擦の激化や世界景気の減速が意識され、世界の金融市場は不安定な地合いとなっている。12月にはグローバルな株安が深刻化し、円高も進むなど、リスクオフの流れが強まっている。

こうした中で、英国がノーディールでEUから離脱することになれば、相場の悲観色は一気に強まることになるだろう。17年6月の国民投票時の様に、一日に10%近い株価の暴落や1ドル100円を割るような急速な円高が生じる可能性も十分考えられる。株安円高が深刻となれば、日本景気も悪化が免れない。

なおどのような結果になろうと、英国に展開している日系企業は英国との付き合い方を抜本的に考え直さざるを得ないだろう。とりわけ英国に生産拠点を構える製造業は、為替相場や通商環境が安定するまでに長期の時間を要すると考えられる中で、大陸への拠点の移管を本格的に検討する時期が来るかもしれない。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介 写真=AFP/時事通信フォト)

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