ポピュリストに塩を送る"メルクロン"の罪
プレジデントオンライン / 2019年1月5日 11時15分
■ポピュリズム政党の議席増は必至の情勢
2019年も欧州連合(EU)では、中欧の大国ポーランドの総選挙をはじめ各国で多くの国政選挙や地方選挙が予定されているが、それ以上に注目されるのが5月23日から26日にかけて実施される欧州議会選だ。この議会選で反EUを唱える民族主義(ポピュリズム)政党出身者の議席がどれだけ増加するかが、今後のEUの運営の在り方を大きく左右するためである。
欧州議会とはEUの立法機関であり、加盟国からその人口比に按分されて選出された700余名の議員(任期は5年)によって構成される。欧州議会は、政治スタンスが近い議員が政治会派を構成し、議会運営を行うというユニークな仕組みが採られている。議院内閣制は採用していないため、英国や日本と違い欧州議会からEUの首相が誕生することはない。
慣例にのっとれば、最多会派の代表が、EUの政策執行機関である欧州委員会の次期の委員長に就任することになる。現職のユンケル委員長(ルクセンブルク出身)は10月末に退任するが、現在、後継候補の最右翼とされているのが、長らく欧州議会の運営の中心を担ってきた中道右派「欧州人民党グループ(EPP)」の代表を務めるウェーバー氏(ドイツ出身)である。
言い換えれば、親EUのEPPが今回の欧州議会選でも最多会派を維持するという展開が、大方の識者が想定するメインシナリオになっている。ただ欧州議会の議員は比例代表の直接選挙で選出されるため、ポピュリズム政党出身者に賛同する有権者の民意も反映されやすい。反EUの機運がやまない中で、彼らの議席が増加する事態は避けられない。
実際に前回14年の欧州議会選では、景気低迷の長期化や難民問題の深刻化を受けてポピュリズム政党出身者の議席が急増した。具体的にはイタリアの「五つ星運動」などから成る会派「自由と直接民主主義の欧州」は42議席を、フランスの「国民同盟」などが属する会派「平和と自由のための同盟」は35議席をそれぞれ獲得した。
世論調査に基づけば、両会派の議席は20から30程度増加するとみられ、議席割合は全体の20%弱になる見通しだ。このようにポピュリズム政党出身の議員の増加は避けられないが、一方で大多数の有権者はそうした政党から距離を置いている。そのため、最多会派である中道右派のEPPが最多会派の座を維持することは確実な情勢である。
ポピュリズム政党は、EUが制限する各国の主権、例えば経済対策や移民対策などの自主権を回復することを訴えている。自らの税金を他国のために使いたくないし、移民の受け入れも制限したいというわけだ。内向き志向に基づく彼らの主張は、欧州の政治が第二次世界大戦以降築き上げてきた国際協調路線の放棄と、経済の繁栄をもたらしたヒト・モノ・カネの移動の自由の否定につながる危険性を持っている。
■独仏リーダーの求心力低下で反EU勢力に追い風が吹く
欧州議会での存在感は着実に高まるが、一方で今すぐ議会運営に混乱が生じるわけではない。もっとも、想定外にポピュリズム政党出身者が増加すれば、欧州議会の運営は停滞を余儀なくされる。こうした中で憂慮されるのが、ドイツとフランスというEUの二大国でリーダーの求心力が低下し、ポピュリズム政党に追い風が吹いていることだ。
まずドイツであるが、メルケル首相は地方選で敗北が相次いだことの責任を取り、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任する事態に追い込まれた。腹心のクランプ=カレンバウアー氏が後継党首に就任したことで首相職の辞任こそ免れたものの、メルケル首相は依然厳しい政権運営を余儀なくされている。
他方でフランスであるが、マクロン大統領の構造改革路線に対する有権者の不満が爆発した。11月下旬より首都パリを中心とする都市部で大統領の辞任を求める大規模なデモが生じ、一部が暴徒化して略奪・破壊行為を働いた。その結果、大統領は最低賃金の引き上げを急きょ発表するなど改革路線の修正に追い込まれた。
メルケル首相とマクロン大統領は並んで「メルクロン」と称される親EU論者だ。そのため彼らに対する有権者の不満は、おのずとポピュリズム政党に吸収される。ドイツでは地方選でポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」の躍進が著しく、フランスでは「国民連合」のルペン代表が議会の解散を要求するなど勢いづいている。
この流れが5月の欧州議会選にかけて強まれば、ポピュリズム政党出身者の議席数が想定以上に増加することになるだろう。EPPの最多会派の座は揺るがなくても、第二会派である中道左派「社会民主進歩同盟」の苦戦が予想される中で、ポピュリズム政党出身者が急増し、議会を運営する上で無視できない存在感を示すことになるかもしれない。
■ポピュリズム政党が躍進なら、バラマキ政策で金融市場が動揺
18年5月の欧州議会選でポピュリズム政党出身者が増加すればするほど、欧州議会の運営は混乱していくと予想される。欧州議会での立法手続きは滞ることになるし、EU予算の成立も難航することになるだろう。このような形で欧州議会が停滞に陥れば、EUの統合深化など望めるわけがなく、むしろそれに逆行する流れが強まると警戒される。
立法手続きが滞れば、EUによる行政が停滞することになる。予算の成立が遅れると、EUによる所得再配分政策、具体的には共通農業政策や地域支援政策などが立ち行かなくなる。何れもEU景気を下押しすると予想されるが、特に恩恵を強く受けている南欧諸国に対して深刻な悪影響が及ぶことになる。
ポピュリズム政党出身議員の存在が無視できなくなれば、最多会派であるEPPは彼らを懐柔するためにバラマキ色が強い政策を容認せざるを得ないだろう。そうなればEUの財政規律は緩み、金利が上昇して金融市場が動揺すると危惧される。他方で、EU全体で取り組む必要がある危機対応などが遅れる危険性も強まる。
またポピュリズム政党は内向き志向であるため、かつてのギリシャの様に加盟国が経済危機に陥った場合、その支援に対して生じる費用負担を拒否する可能性が高い。そのため彼らが欧州議会で存在感を高めるほど、EUとしての危機対応が遅れるリスクが大きくなり、問題がEU全体に広がる恐れが出てくる。
さらに、欧州議会選でポピュリスト政党出身者の議席が増えるほど、加盟各国におけるポピュリスト政党のプレゼンスが高まることになる。彼らの声が大きくなれば、その分だけ各国の国政運営は難航すると予想される。欧州議会選の結果は各国の政治の動きにも無視できない影響を与えることになる。
あくまで次期欧州議会選のメインシナリオは、ポピュリズム政党出身者の議席増は避けられないものの、中道右派のEPPが最多会派の座を守るというものである。ただ独仏リーダーの求心力低下が顕著な中で、ポピュリズム政党出身者の存在感が無視できないほど高まる可能性も否定できないため、その動向には注視したいところである。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介 写真=AFP/時事通信フォト)
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