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いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚

プレジデントオンライン / 2018年12月29日 11時15分

コンサルタントの山口周さん(撮影=山本祐之)

なぜ日本企業は存在感を失ったのか。コンサルタントの山口周氏は、「現代社会ではソリューションの価値が低くなっている。言い換えれば、日本企業は“役に立つ”を追求してきたが、いまは“意味がある”が求められている。そうした時代に必要な発想こそが『センスメイキング』だ」と指摘する――。
連載『センスメイキング』の読み解き方

いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。

第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)

■日米の差は、センスメイキングに対する意識の差

『センスメイキング』を読んで私が感じたのは、「日本はまた溝をあけられたな」ということでした。

本書の著者は、人文科学を基盤とした戦略コンサルを手がけるReDアソシエーツの創業者であり、同社には文化人類学や社会学などの専門家をそろえているとのことです。こうしたスタイルのコンサルが受け入れられている時点で、欧米企業の意識が進んでいることが見て取れます。

同様の戦略コンサルを日本でやろうとしても、おそらく今はうまくいかないでしょう。なぜなら、買い手側である企業の意識が依然として変わっていないからです。この違いを生んでいるのが、“センスメイキング”に対する意識の差であると私は考えます。

本書によると、センスメイキングは人文科学に根ざした実務的な知の技法であり、サブタイトルにあるとおり、「本当に重要なものを見極める力」として説明されています。この力こそが、現代においてまさに求められている力なのです。

現代は、ソリューションが過剰に存在する一方で、“意味”が枯渇している世の中です。日本が得意としてきたソリューションだけでは、ビジネスにならない時代が来ており、今後ソリューションの価値はますます低くなっていくでしょう。一方で、センスメイキング、つまり意味を作り出すことの価値はかつてなく高まっていくと考えています。

■「役に立つ」と「意味がある」の違い

ビジネスのポジショニングを考える際、「役に立つ・役に立たない」、「意味がある・意味がない」という2つの軸で私は整理しています。役に立つというのは、人の不便や不安、不満を解消するソリューションですね。20世紀後半からの日本は、まさに役に立つことを追求してきたわけです。

三種の神器と呼ばれた冷蔵庫・洗濯機・テレビに代表されるようなソリューションは、グローバリゼーションと相まって世界中に広まっていきます。これが高度経済成長の原動力になり、日本の勝ちパターンを作りあげてきました。ところが今はどうでしょう。世界的に一定の生活水準が満たされ、役立つものが世界中であふれかえっている現代は、「役に立つ」に強みを置いていたメイド・イン・ジャパンは著しく価値を下げています。

一方、「意味がある」というのは、その人の人生にとって意味があるということです。ここでは必ずしも役に立つものである必要はありません。ソリューションがあふれる現代においては、むしろ意味そのものを作り出す力の価値が高まっています。

■「役に立つ」の日本車、「意味がある」のランボルギーニ

クリスチャン・マスビアウ『センスメイキング』(プレジデント社)

一方、ベンツやBMW、アウディなどのドイツ車は、役に立つものでありながら、同時に意味も兼ね備えています。機能では日本車も負けていませんから、あえて価格の高いドイツ車を選んでいる人たちは、何かしらの意味をそこに置いているはずです。「役に立つ」と「意味がある」の違いを理解するために、自動車産業を当てはめてみましょう。日本車が目指してきたのは、明らかに「役に立つ」領域です。移動するために十分な機能を備え、燃費も優れている。ところが、「意味があるか」と問われると、首をかしげざるを得ません。そのため、どうしても価格競争になりがちです。

「意味がある」を極端に追求したものは、フェラーリやランボルギーニに代表される高級車でしょう。「役に立つ」の面から考えると、積載量も小さく燃費も悪いですから、一般的な日本車より劣っています。500馬力の加速があったところで、公道でそんなスピードを出すことはできませんから、いわば “役に立たない”車なのです。

ところが、日本車、ドイツ車、高級車の価格を並べてみると、圧倒的に安いのは日本車であり、多くは100万円から300万円の間に収まります。ドイツ車は500万円から1000万円程度。そしてランボルギーニは3000万円を超えるレベルです。こうした事実を考えると、やはり「意味がある」ことに現代の人は高い価値を置いていることが分かるのではないでしょうか。

今後、カーシェアリングや自動運転などが安価で利用できるようになると、日本車や、ルノー、フィアットのような大衆車メーカーは淘汰される可能性が高いと考えています。その一方でドイツ車や高級車は一定の愛好家によって市場に残るでしょう。

自動車産業のこうした先行きは、投資家からの評価からも見えてきます。PBR(株価純資産倍率)という指標をご存じでしょうか。PBRは1株あたり純資産の何倍の値段がつけられているかを示す投資尺度であり、ある意味で会社への期待度を示すものです。このPBRが、トヨタは約1.0であり、日産に至っては0.7を下回っています。これは、「日本の自動車メーカーは未来に期待されていない」という実態の現れなのです。

■コンビニに置かれる電卓はなぜ1種類だけなのか

役に立つものが淘汰され、意味のあるものが残っていく――。こうした状況は自動車産業に限らず、あらゆる分野に起きてくるでしょう。「役に立つ」を追求するビジネスが人工知能に代替されやすいことは想像に難くありませんが、人工知能の登場を待つまでもなく、ソリューションは1つの商品に収斂していく傾向を持っています。

コンビニの棚を見てみると、電卓など、特定のソリューションを役割とする商品は1種類しか置かれていません。こうした商品は勝者総取りになってしまうのです。ところがタバコを見てみるとレジの奥に100種類くらい置かれていますね。味や香り、パッケージなどにより作られるタバコごとの特徴が、消費者固有の嗜好につながっていることから、コンビニであれだけの棚を取ることができているわけです。

最近は、「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)があらゆる市場を支配する」といった話が聞かれますが、これはいささか乱暴な議論と私は思っています。たしかに電卓のようなソリューションはGAFAに淘汰されるかもしれませんが、センスメイキングを活かし、固有の意味を追求するビジネスは、グローバルニッチとして今後も生き残っていくでしょう。

コンサルタントの山口周さん(撮影=山本祐之)

現代の日本は、決定的に重要な局面に来ています。これまでのように目指すべき世界が“欧米”にあり、「より早く、より安く」を追求すれば勝てていた時代は終わりました。変化が激しい現代においては、未来像を欧米に求めることができませんから、自ら作りあげていく必要があります。これは明治維新以降初めてのことでしょう。

日本は社会構造が長らく安定していました。そのため、未来の世の中をイメージすることが不得手です。この点においては、祖先が国家を作りあげてきたという自負を持つアメリカとは真逆の特性を持っていると言えるでしょう。そういった意味でも、歴史や哲学など人文科学に根ざしたセンスメイキングに基づく思考は、日本でこそ必要とされるものと考えます。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
コンサルタント
1970年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)などがある。

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(コンサルタント 山口 周 構成=小林義崇 撮影=山本祐之 写真=iStock.com)

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