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ディズニー新作が問い直すプリンセスの今

プレジデントオンライン / 2018年12月29日 11時15分

(C)2018 Disney. All Rights Reserved.

ディズニー製作のCGアニメ『シュガー・ラッシュ:オンライン』。一見すると「子供向けファミリーアニメ」のようですが、その内容は非常にチャレンジングです。ライターの稲田豊史さんは「主人公の少女には『王子様』も『ドレス』も必要ない。ディズニーが描き続けてきた『プリンセス』の概念を大きく更新する映画だ」と分析します――。

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『シュガー・ラッシュ:オンライン』

■製作国:アメリカ/配給:ディズニー/公開:2018年12月21日
■2018年12月22日~23日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)

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■前作も「ただのファミリー映画」ではなかった

ディズニー製作のCGアニメ『シュガー・ラッシュ:オンライン』が初登場第1位となりました。初週末土日2日間の興収は約4.5億円。これは興収30億円を記録した前作『シュガー・ラッシュ』(2013年3月公開)の初週末興収比133.5%。好スタートを切った形です。

前作『シュガー・ラッシュ』は、ゲームセンターにある古いゲームの悪役キャラである大男ラルフが、別のゲーム内に迷い込み、そこにいた少女ヴァネロペとともにゲーム内世界を冒険する物語でした。邦題の『シュガー・ラッシュ』とは、ヴァネロペが住んでいるお菓子でつくられた国の名前、かつヴァネロペがレーサーとして活躍するゲーム名です(なお原題は『Wreck‐It Ralph』)。

少女ヴァネロペと可愛らしいお菓子の国のビジュアルは、“典型的なファミリー映画”を思わせましたが、実は30~40代男性がニヤリとする懐かしいゲームネタの宝庫でもありました。彼らが10代の頃に親しんだ、日本でもなじみ深い80~90年代のゲーム(『パックマン』『スーパーマリオブラザーズ』『ストリートファイターII』『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』など)のキャラクターが登場したり、著名ゲームのオマージュがふんだんに散りばめられていたりしたからです。小学生の子供を連れてきた若いお父さんも退屈しない。そんな計らいに満ちていました。

また、不具合(ヴァネロペに生じたバグ)のせいで仲間はずれにされる彼女の孤独や奮闘を通して、社会においては「不具合」も尊重されるべき個性のひとつであるという、ポリティカル・コレクトネスの比喩的な表現も、広く大人客の心も掴みました。

■「インターネット」がゲーム世界を大きく変えた

その続編『シュガー・ラッシュ:オンライン』の初動の客層に、親子連れのファミリー客だけでなく、30~40代の男性客や、自我の葛藤や社会との軋轢に悩む10~20代男女が相当数含まれていたのは、ひとえに前作の内容を踏まえた期待があったからでしょう。「これは、ただの子供向けファミリーアニメではないはずだ」という。

『シュガー・ラッシュ:オンライン』はその期待に十二分に応えつつ、今回新たに加わった「インターネット」という要素によって、物語にさらなる広がりをもたせました。

ラルフとヴァネロペはある目的のため、ゲームセンターに設置されたWi‐Fi機器(!)を経由してインターネットの世界に赴きます。その世界では現実世界と同じく、Google、Facebook、Amazon、Twitter、Snapchat、楽天といった、実在のITサービスが登場します。筆者が鑑賞した劇場では、見たことのあるサービス名が登場するたびにキャッキャと盛り上がる父子の姿もありました。

「ポップアップ広告」「ダークネット」といったインターネットの専門的な要素も、擬人化やわかりやすいビジュアルによって、ストーリーに有機的に絡んでいます。「動画投稿サイトでバズらせることで金を稼ぐ」ことの意味を、展開によって自然にわからせる点も実に秀逸でした。物語全体が「初心者でもわかるネット講座・2018年版」として成立しているのです。

■“プリンセス”の概念をドラスティックにアップデートした

さらに、製作会社であるディズニーが保有する強力なIPを最大限に活用し、作品をまたいだ“オールスター大集合”を実現することで、個々の作品ファンのテンションを上げることにも成功しています。たとえば『スター・ウォーズ』シリーズ、『アイアンマン』『ズートピア』など。なかでも、予告編でひときわ観客の興味を引いていたのが、楽屋裏とおぼしき場所で一堂に会している歴代のディズニープリンセスたちと、ヴァネロペとの絡みです。

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筆者は、『シュガー・ラッシュ:オンライン』が前作超えの初動とその後の好評をキープしている理由が、ここに集約されていると感じました。本作は“プリンセス”の概念をドラスティックにアップデートしました。この点がとにかく“エモい”のです。

ディズニープリンセスとは、ディズニーアニメに登場するお姫様キャラクターの総称です。『シュガー・ラッシュ:オンライン』には、白雪姫、シンデレラをはじめ、『リトル・マーメイド』のアリエル、『塔の上のラプンツェル』のラプンツェル、『メリダとおそろしの森』のメリダ、『アナと雪の女王』のアナとエルサ姉妹など、総勢15人が登場します。

前作のラストでは、ヴァネロペが「シュガー・ラッシュ」の王女だということが判明しました。よってこの15人と同様に、ヴァネロペも一種の「プリンセス」。このことが本作では重要な批評性を帯びてくるのです。

■「ありのままの自分の肯定」で更新が止まっていた

実は、ディズニープリンセスは作品が発表される時代に呼応して、その内面描写が少しずつアップデートされてきました。

『白雪姫』(37)や『シンデレラ』(50)の頃のプリンセスは、基本的には王子様に救われるだけのか弱い存在でした。彼女たちのゴールは「王子様との結婚」。これを「プリンセスver.1.0」とします。

『リトル・マーメイド』(89)以降、プリンセスたちはお仕着せのお姫様イメージを嫌い、自分の意志で行動して運命を切り開くキャラクターとして描かれていきます。その究極型はおそらく『アナと雪の女王』(13)でしょう。「ありのままの自分」を肯定し、お仕着せのプリンセス像からの脱却を目指す。彼女たちのゴールは「今の境遇における自分らしさの獲得」。これを「プリンセスver.2.0」とします。

プリンセスver.2.0は、アメリカに端を発する世界的な女性の地位向上、言い換えるならばポリティカル・コレクトネスの象徴として、着々とバージョンアップを重ねてきました。ただ、それでも「カップリングを期待される異性の存在」「血統に対するしがらみ」の両方、もしくはいずれかが、常について回っていたので、ver.2.99あたりで更新は止まっていたというのが実情です(※)。

※評論家の荻上チキさんは2014年の著書『ディズニープリンセスと幸せの法則』で、『アナと雪の女王』までのディズニープリンセスを「ディズニーコード1.0~3.0」と3つに分類していますが、本稿では『アナと雪の女王』までを2つに分類しました。

■ヴァネロペには「王子様」も「ドレス」も必要ない

しかしヴァネロペに異性の友人(ラルフ)はいますが、物語上カップリングを期待される異性は存在しません。また彼女は一応王女ですが、血統のしがらみは一切ありません。そして、プリンセスに付き物のドレスも最初から着ていません。

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ヴァネロペが葛藤するのは、もっと根本的なことです。自分はこの世界の「どこ」に身を置くべきなのか? 自分の「本当の望み」はなんなのか? それを所属・年齢・外見などとは無関係に、ゼロベースで考えるのです。

スタンドアローン(ネットにつながらない)のアーケードゲーム機内に長らく身を置いていたヴァネロペは、その世界を退屈だと感じ始めます。そこで出会ったのがネット上に存在する、とあるオープンワールドのゲームでした。

「オープンワールド」とはゲームジャンルのひとつ。広大な箱庭空間のなか、プレイヤーは特定の攻略手順や特定の勝利条件に縛られることなく、自由に動き回り、気ままにプレイできるのが特徴です。プレイできるキャラクターは多種多様で、外見のデザインも自由にカスタマイズ可能。世界的に有名なオープンワールドのゲームとしては「グランド・セフト・オート」シリーズ、日本では『ファイナルファンタジーXV』『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』などが知られています。

■現実世界にはレースゲームのような「勝利条件」はない

ヴァネロペがオープンワールド(文字通り、「開けた世界」)に惹かれるのは、示唆に富んでいます。ヴァネロペがレーサーだった『シュガー・ラッシュ』というゲームは「一番早くゴールしたら勝ち」という、明確かつ動かしがたい勝利条件が設定されていました。

しかし、そもそも論として、なぜ1位にならなければならないのでしょうか? そのコースをのんびりドライブするのが楽しいドライバーだっているかもしれません。コースを外れて道のない草原を走るほうが楽しいと感じるドライバーもいるはずです。実際ヴァネロペは映画冒頭、決められたコースの外を疾走するのを楽しんでいました。

「レースでは1位を目指さなければならない」「決められたコースを走らなければならない」という“常識的な”価値観ごと見直し、そうではない価値観を模索する。そんなオルタナティブな価値観も認められる世界「オープンワールド」に、ヴァネロペはどうしても惹かれてしまい、葛藤します。

彼女は王国のプリンセスですが、そんなことははなからどうでもよく、ただひたすら己のアイデンティティ確立のために悩み、克服に務めるのです。

■ゴールは「完全なる自由意志による生き方の決定」

異性のカップリングにも血統にも悩まない。ドレスも着ない。では、プリンセスの要件とは一体なんなのでしょう。おそらく、ディズニーの答えはこうです。誰もが、どんな場所でも、プリンセスたりうる。もはやプリンセスとは、所属・年齢・外見は問わない、「自分がもっとも輝ける場所で輝く」概念自体である、と。

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ヴァネロペは、プリンセス観に大幅なアップデートを施し、プリンセスのバージョンを2.99から一気に3.0へと押し上げました。「プリンセスver.3.0」、そのゴールは「完全なる自由意志による生き方の決定」とでも呼ぶべきものです。

しかし、既存ではなかった価値観には、えてして周囲が抵抗や反発を示すものです。80年代のゲームキャラである“古い考え”のラルフは、ヴァネロペが「オープンワールド」に惹かれる気持ちを、なかなか理解できません。

■旧世代の価値観との衝突、理解、共存までを描く

ラルフはインターネットの世界に対して当初から「怖い」という印象を持ち、オープンワールドを「危ない」と形容します。これは、現実の旧世代がなんとなく抱く「ネットは怖いところ」という印象そのものです。新しく出現した価値観に対して旧世代が抵抗するのは、世の常。『シュガー・ラッシュ:オンライン』ではそれを、「旧世代のラルフと新生代のヴァネロペとの間に生じる価値観の衝突」という構図によって、巧妙に問題提起したのです。

筆者はここに、“セクシャルマイノリティ”と呼ばれている人々が直面している葛藤の比喩を見いだしました。なぜなら本作は、新しい価値観で生きることを決意した者(ヴァネロペ)に対して、周囲の近親者(ラルフ)がどのように戸惑い、どのように受け入れようと努力するのか、という過程も描いているからです。

そのうえで本作は、旧世代の価値観を否定しません。その象徴が「歌」です。歴代ディズニープリンセスたちは自分の作品内において、突然ミュージカル調に歌い出すのがひとつの定番となっており、本作でもメタ的にその不自然さをヴァネロペに突っ込まれますが、ヴァネロペはある重要な気づきを経て、自分なりに歌を歌うことの意味を発見します。つまり、旧世代の価値観を否定するのではなく、再解釈を成し遂げる。見事な発展的共存です。

プリンセス概念の劇的な更新、新しい価値観を受け入れようとする周囲の葛藤、旧来的な価値観の再解釈――。それらを全部まとめて「ファミリー向けアニメ」の枠組みでやってのけるアメリカは、ハリウッドは、やはりすごいと言わざるをえません。『シュガー・ラッシュ:オンライン』は、前作とはまた別の意味で「ただの子供向けファミリーアニメではなかった」のです。

■日本では「男の子のプリキュア」が誕生している

一方の日本はどうでしょうか。先ごろ2018年度のジェンダーギャップ指数が発表されましたが、日本は149カ国中110位という、たいへん低い水準でした。大学受験における女性差別も次々と発覚しています。この国で「プリンセスver.3.0」なんて、夢のまた夢だと思われるかもしれません。

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しかし、光明はあります。『シュガー・ラッシュ:オンライン』と同じくアニメの世界で。2018年12月2日に放送された女児向けTVアニメ『HUGっと!プリキュア』において、男の子のプリキュアであるキュアアンフィニが誕生したのです。14年続く「プリキュア」シリーズにおいて、史上初の“快挙”でした。

それまでのシリーズでは、問答無用で「女の子が変身した戦士」がプリキュアでした。しかし、多様な性のありかたや志向のありかたの議論が活発化し、決められたジェンダーイメージの枠にとらわれない生き方が少しずつ許容されつつある時流を敏感に察知した製作陣は、きっとこう考えたのでしょう。「そもそも、どうして女の子しかプリキュアになれないんだろう?」。

■「なんでもできる! なんでもなれる!」

「プリキュアは女の子にしかなれない」という、今まで当たり前だと思われていた“常識”は、「レースでは1位を目指さなければならない」「決められたコースを走らなければならない」「プリンセスはドレスを着て王子様を待たなければならない」と同じ類いの、旧世代の“常識”です。ヴァネロペのように、それらを一度全部取り払い、ゼロベースで考えてみた結果が、キュアアンフィニの誕生でした。

ちなみに『HUGっと!プリキュア』の合言葉は「なんでもできる! なんでもなれる!」。ヴァネロペが望んでやまない「オープンワールド」の考え方そのものです。

もちろん、旧来的な価値観が支配する現実世界で新しい価値観が受け入れられるのは、並大抵のことではありません。しかし、『シュガー・ラッシュ:オンライン』や『HUGっと!プリキュア』を観た子供たちは、これからの社会を、世界を、自由で寛容な「オープンワールド」へ変えていくことを志すはずです。

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稲田 豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012‐2015』(押井守・著、サイゾー)など。

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(編集者/ライター 稲田 豊史)

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