なぜチコちゃんになら叱られたいと思うか
プレジデントオンライン / 2019年1月18日 9時15分
■2018年を代表した番組『チコちゃんに叱られる!』
NHK総合で2018年4月から、毎週金曜日19時57分(再放送は翌土曜日8時15分)にレギュラー放送されている雑学クイズ番組『チコちゃんに叱られる!』が話題だ。
番組の大まかな流れは、まず5歳児のチコちゃん(着ぐるみで、顔面にCGが使用されている。声はお笑い芸人の木村祐一がボイスチェンジャーを駆使して担当)が素朴だが厄介な疑問を投げかけ、それにナインティナインの岡村隆史らが答えようとする。
思いがけず正解してしまう場合もあるが、大抵は不正解。すると大人たちをチコちゃんが「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叱る。続いてチコちゃんから意外な答えが示され、その裏付けとして専門家の見解や、取材に基づいた再現VTRなどが流れるというものだ。
チコちゃんの決めぜりふ「ボーッと生きてんじゃねえよ!」が流行語大賞にノミネートされ、紅白歌合戦への出場も果たしたことから、2018年を代表する番組のひとつといえるだろう。
■ほぼ毎回「諸説ある」と注が入る
この『チコちゃんに叱られる!』を毎週見ていて個人的に最も興味深いのは、クイズ番組とうたわれているものの、ひとつの正解にたどり着くことだけが目的とされていない点だ。
専門家の見解や取材の成果を踏まえつつも、疑問に対する答えが必ずしもひとつではないことを強調するかのように、ほぼ毎回「諸説ある」と注が入る。後述するように答えが「わからなかった」と明言される回まである。一問一答のいわゆる「クイズ番組」よりも幅を持たせた作りといえるだろう。
しかし、『ガッテン!』や、『ホンマでっか!?TV』だってアプローチや見せ方は異なるが、似たようなスタンスの番組であることも事実だ。よってその点だけを番組の真価とするのは難しい。
では何がこの番組の独自性を作り上げていて、ここまで注目されるに至ったのか。わたしは人形研究者なので、こうした番組のスタンスと「人形」がいかに深く関わっているかを考えたい。そうすることで、番組の人気の理由、すなわち多くの人たちが「なぜチコちゃんに叱られたいのか」を明らかにできるはずである。
■NHKに根付く人形劇の伝統
先述したように、『チコちゃんに叱られる!』では着ぐるみの人形が使用されている。まず番組における人形の役割を明らかにするために、NHKにおける人形劇の伝統を踏まえておきたい。
実は本放送が開始された1953年からはもちろん、戦前の実験放送の時代から、テレビの主要コンテンツのひとつは人形劇だった。
その理由のひとつは、撮影や照明技術がまだ十分に確立されておらず、準備に時間を要するので、効率を重視して人間よりも人形が重宝されたという現実的なもの。他に、黎明期にテレビ受像機の普及を促すために、多くの視聴者を獲得する必要に駆られ、子どもでも見やすい人形劇が重宝されたということもあったようだ。
今日では、1956年から64年まで放送された『チロリン村とクルミの木』や、64年から69年まで放送の『ひょっこりひょうたん島』のように、長期放送の連続人形劇が製作されることはなくなった。
だが一方で、Eテレの『おかあさんといっしょ』や『いないいないばあっ!』のような子ども向け番組では、親しみやすいキャラクターとして着ぐるみや手で遣うタイプの人形が登場する。
『チコちゃんに叱られる!』のグッズやLINEスタンプは人気だそうだし、チコちゃんのモノマネをする子どもは街中やわたしの周りにも結構いる。だとすると、番組の間口を広げるのに、あのかわいい5歳児の着ぐるみが一役買っていることは間違いないだろう。
■チコちゃんは現代版「シーマン」か
しかし、2017年3月24日に放送された初回パイロット版を見返してみると、実はチコちゃん、いまほどかわいくない。むしろ憎たらしい。なぜか。
このデザイン変更(番組内では「プチ整形」ということになっていた)の経緯には、何らかのトラブルがあったと推測される(ここでは検証しないので気になる方は検索などしてほしい)。それはともかくとして、新旧デザインを比較して明らかなのは、当初はもっとシニカルでふてぶてしいキャラクターとしてチコちゃんが想定されていたという点だ。
このふてぶてしいチコちゃんを初回放送で見た時、わたしはドリームキャストで発売されヒットした『シーマン~禁断のペット~』(1999)というゲームを思い出していた。
『シーマン』は『たまごっち』のような、いわゆる「育成ゲーム」だが、最も特徴的だったのはキモいビジュアルの人面魚が次のような調子で、偉そうに、でもちょっとだけ本質を突いた問いかけをしてくる点だ。
「わかりやすいわ、アナタたちってホント。どうせ単純なら、見栄なんか張らずに素直に生きた方がいいわよ」
それほど精度は高くなかったが音声認識機能を有しており、ユーザーはシーマンに話しかけ、それに対するこんな返答を得ながら育成できるというゲームだった。
■「画面の向こうのかわいいキャラクター」なら許せる
なんでこんな奴に人生語られなきゃいけないんだ、わたしは何に話しかけてるんだろうと我に返りつつも、あれこれ試行錯誤しながら育成しているうちに不思議と愛着がわいてくる。うっかり死なせてしまうと悲しかったものだ。
同じ内容を、面と向かって他人に言われたらハッとしたり怒りを覚えたり、鼻白んでしまったりするに違いない。でも画面の向こうにいる非実在の、不気味な人面魚なら許せる。そんな不思議な経験を可能にするゲームだった。
先述したように『チコちゃんに叱られる!』では、チコちゃんの声をコワモテで知られる木村祐一が担当している。面と向かって彼に「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られたら、絶対しばらく立ち直れない。
そこで5歳児という設定と着ぐるみとCGとボイスチェンジャーが駆使されることにより、「チコちゃん」が生まれ、画面の向こうにいるかわいいキャラクターとして受け止めることが可能になる。原則としてだれにも叱られたくないわたしだが、チコちゃんになら……という奇妙な気持ちが芽生えつつあるのも事実だ。
そう考えてくると、チコちゃんのデザイン変更により、木村祐一のもつコワモテというイメージとキャラクターの見た目のギャップが大きくなったともいえる。そして実は、このギャップこそが番組の真価をとらえる上で重要だと思われる。
■声の主を知っても知らなくても楽しめる
既に述べたように、『チコちゃんに叱られる!』には岡村隆史がレギュラー出演しており、言わずもがなチコちゃんの声の主・木村祐一とはよしもとクリエイティブ・エージェンシーの先輩後輩である。
その関係性を生かした楽屋オチ的なトークや、またゲストたちからチコちゃんに対する「5歳なのにそんなことよく知ってるね」というようなお約束のやり取りは番組の魅力のひとつだ。
といいつつ、視聴者のなかにはタレントとしての木村祐一を知らない人もかなりいるだろう。またチコちゃんというキャラクターをそのままチコちゃんという5歳の少女として受け取っている人(子どもが多いかもしれない)もいるはずだ。
お約束のやり取りはあるものの、チコちゃんが着ぐるみであるとか木村祐一がどんな人物であるかをことさら強調するわけでも、かといって人形である事実や声の主を必死に隠すということもない。いずれの見方も可能で、ギャップが大きいからこそどちらの楽しみ方も可能なつくりになっている。
そして興味深いのは、こうしたチコちゃんというキャラクターに対するスタンスが、番組の内容とも連動しているという点だ。
■「テレビがどんなことにも答えを出せるなんて幻想だ」
『チコちゃんに叱られる!』はクイズ番組だ。だがひとつの答えを導き出すことだけに執着していない点が興味深い。
それを象徴するのが、レギュラー化される前の2017年12月27日放送回。そこでは「なぜ左投げのピッチャーをサウスポーと呼ぶのか」について、ディレクターを主人公とした再現ドラマにより次のような解説がなされる。
まずメジャーリーグでは球場を作るにあたり、ホームベースからマウンド、二塁へと至る方向を東北東にすべきという公式ルールが存在する。それにならえば左投げ選手がピッチャーマウンドに立つと、左手が南側を向く。つまりsouth=南、paw=手となることから「サウスポー」と呼ぶようになったのではないかという仮説が立てられる。
だが、この左手が南向きであることをサウスポーの語源とする考えを「幻想」だと断言する、野球用語についての英語事典をディレクターが見つけてしまう。実際、アメリカで野球が始められた1840年代よりも前の1813年発行のコミック誌に、「サウスポー」という語が登場していることが判明する。
ディレクターは頭を抱えてしまい、上記の英語事典の存在を無視して球場の向きを根拠にしたVTRを作ってしまおうかと迷う。すると鶴見慎吾演じる上司がこう諭す。
「テレビがどんなことにでも答えを出せるなんて幻想だ!」
その結果、サウスポーの由来は「分かりません」という結論となり、VTRが締めくくられる。スタジオゲストたちも困惑したリアクションを取る。以上のような回だ。
■「諸説ある」と呼応する受け取り方の自由度
ややトリッキーな着地だったこともあり、その後の放送で同様の結論が出されることはない。だが放送を見ていると、番組で出される答えにはちょっとしつこいくらい「諸説ある」と注が付く。取材に時間と労力をかけても、あくまでチコちゃんを通じてひとつの説を出すにとどめる、というのが番組の矜持なのではと勘繰りたくなるほどだ。
そしてこのスタンスは、5歳児という設定の着ぐるみとCGの組み合わせにより生まれるチコちゃんを、そのままキャラクターとして受け取るか、木村祐一というコワモテのお笑い芸人を“透け”させて楽しむかという視聴者の受けとり方の自由度と呼応している。「チコちゃんとは誰か?」という問いに答えを出そうと出すまいと、いやそれを問うかどうかすら、視聴者に委ねられているといえる。
つまりチコちゃんのキャラクター性が、番組におけるクイズの答えに対するスタンスと一致しているわけだ。製作側がそんなことを意識しているとは思わないが、こうして人形を通じて番組の構造を考えてみると、案外一本筋の通った番組であることが明らかになってくる。まさにこの点こそが『チコちゃんに叱られる!』の真価であろう。
そんな風にして視聴者側にも受け取り方に自由を与えたことで、幅広い年齢層のひとたちが、チコちゃんに叱られるとわかっていながら、わざわざテレビの前に足を運んでしまうのではないか。
もちろん最後にひとつ断っておく。こんな文章も、諸説あるうちの一つにすぎないということを。
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人形研究者/大学教員
1983年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学後、日本学術振興会特別研究員(PD)、早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系助教を経て、現在早稲田大学等で非常勤講師を務める。研究対象は人形文化全般。著書に『人形メディア学講義』(河出書房新社)。
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(人形研究者/大学教員 菊地 浩平)
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