親世代とは大違い“地方名門私立”の盛衰
プレジデントオンライン / 2019年1月10日 9時15分
■東京よりも「地方」の私立中高のほうが激変している理由
昨年末、わたしはプレジデントオンラインに「親世代とは大違い"首都圏名門私立"の凋落」という記事を寄せた。この30年の「学校勢力図」の激変を、模擬試験の「偏差値推移データ」に基づいて説明した。
「学校勢力図」の激変は、首都圏だけの現象ではない。むしろ地方の激変のほうが激しい。日本では都心部への人口集中が進んでいる。東京都が2018年3月に公表した「東京都男女年齢別人口予測」によると、東京23区部の0歳~14の人口は、この10年間で約7%増加する見込みとなっている。逆に言えば、人口流出している地域も多いということで、とりわけ地方の私立中高には少子化の波が直撃しているのである。
だからこそ、地方の学校は姿・形を変化させることで、優秀な生徒たちの確保にしのぎを削っている。こう考えると、東京よりも地方のほうが「生々流転」しているといえるだろう。特に注意が必要なのが、30~40代の「親世代」だ。自身が受験した当時の感覚で、わが子の受験校を考えてはいけない。
では、いま、どんな学校が地方で人気を博しているのか。わたしの著した新刊『旧名門校 VS 新名門校 今、本当に行くべき学校と受験の新常識がわかる!』(SB新書)の内容をもとに、地方校の実態を紹介したい。
■千葉県立御三家を圧倒「渋幕」はもはや円熟の域に
千葉県はもともと公立校優位の地域だ。成績優秀な生徒は地元の公立中学から「千葉県立御三家」とされる「県立千葉高校」「県立東葛飾高校」「県立船橋高校」へ進学する。しかし1983年、千葉県千葉市に渋谷教育学園幕張高校、86年に同付属中学校が開校すると受験動向に変化が出始める。開校当初は「千葉県立御三家」の受け皿的な存在にすぎなかったが、同校の大学合格実績が伸長すると状況ががらりと変わっていくのだ。
開校して18年経過した2000年。同年度の大学入試では同校卒業生355人のうち東京大学に13人、国公立大学には合計112人の合格者を輩出。さらに昨年2018年度は、卒業生372人のうち東京大学に48人、国公立大学には合計199人、早慶には282人の合格者を出した。
今や「渋幕」の名は全国にとどろきわたっている。進学実績は「千葉県立御三家」を圧倒するだけでなく、「開成ではなく渋幕」「桜蔭ではなく渋幕」を選択する中学受験生さえ見られるようになった。在校生の住まいも千葉県のみならず、東京都、埼玉県、神奈川県、茨城県と広範囲に渡っている。
■東大ではなく海外の大学を選ぶ生徒も多い渋幕
渋幕のサクセスストーリーは現理事長・校長である田村哲夫氏の教育方針がつくりあげたと断言してよいだろう。田村氏は東京の名門男子校・麻布出身であり、渋幕開校時は麻布の理事も務めていた。麻布の「自由」を共学校である渋幕に取り入れただけではなく、21世紀に向けて世界で活躍できる人材(国際人)育成にも努め、生徒たち一人ひとりの個性を輝かせることを目標にした教育をおこなった。
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同校の教育目標は「自調自考」。自らの体で調べ、自らの心で考えるという意味であり、それが建学の精神にもなっている。同校に在学している中学生の男子は学校の雰囲気を次のように語る。
「校則はほとんどないです。高校生の中には髪を染めている人もいるくらいです。とにかく自由な雰囲気で、生徒がやりたいことをとことん先生たちが応援してくれます。たとえば、『学校が廃棄する予定になっているPCを全て回収して、それを材料にスーパーコンピューターを作りたい』と提案した科学部の人がいたんです。普通はそんなの却下されちゃいますよね。でも、渋幕の先生たちは『じゃあ、やってごらんよ』と背中を押してくれるんです」
この話から生徒一人ひとりの個性を最大限に尊重しようという学校側の姿勢が見えてくる。
そして、個性豊かな同校の生徒たちが目を向けるのは日本の大学だけではない。昨春、同校から海外大学合格者数は35人。世界で活躍する国際人の育成という同校の掲げる目標に合致する結果であることが分かる。
実際、同校の英語授業のレベルは相当高い。英会話の授業はオールイングリッシュ。英語によるプレゼンテーションをおこなう場も数多く設けられていて、同級生の流暢で熱意あるプレゼンを聞いて、刺激を受ける人も多いという。
「自由」な雰囲気の同校だが、中高一貫カリキュラムは生徒たちの学力をどう伸ばすかという観点に貫かれた秀逸なものだ。中高の6年間をAブロック(中1・2)、Bブロック(中3・高1)、Cブロック(高2・高3)の3段階にしていて、多様な進学ニーズに応えている。
また、1年ごとに分厚い「シラバス(学習科目の内容と解説)」が用意されていて、これが学習の羅針盤になっている。こうしたきめ細やかさは既存の名門校にはあまりみられなかった。だからこそ急成長を果たしたのだろう。
■全国屈指の難関校、灘・東大寺学園レベルの「西大和学園」
一方、関西の動向を見てみよう。昔から私学のトップに君臨しつづけているのは男子校の灘(兵庫県神戸市)である。そして、灘に次ぐ位置に着けているのは東大寺学園(奈良県奈良市)である。両校は全国屈指の進学校だが勉強一色の校風ではない。学校行事や部活動が活発な自由な空気が流れている。だから、パワーのある、何にでものめり込むタイプの生徒が多いらしい。
そして、近年、この「2強」に迫る人気を博している学校が、共学校の「西大和学園」(奈良県北葛城郡)だ。開校は1988年とこちらも比較的新しい学校である。設立当初はとにかく京都大学の合格者数を増やすことに学校側は腐心していた。ときには、京都大学の中では比較的合格ラインが低いとされる農学部を大量に受験させ批判されたこともあった。しかし、昨春は東大に30人、京大に57人と学部に偏りのない高い実績を挙げている。
■奈良県の歴史の浅い学校がのし上がったワケ
10年以上前のことだが、わたしは西大和学園の校長(当時)に取材した。その頃、同校はポスターで「京都大学合格者数の伸長」を全面的に謳っていた。
![](https://president.jp/mwimgs/5/7/-/img_57c2416ac6ac2037d8446b303224e099363465.jpg)
「不本意ながら予備校さながらのポスターになっていますが、まずは西大和学園に目を向けてもらうきっかけになってほしい。まずは入学してもらい、そこからわれわれはしっかりとした教育を行って、世界のリーダーを育成していきたいという思いが強くある」
当時の校長はそのように語っていたが、その思いはいま確かな形となっている。
現在、同校は帰国子女などの積極的な受け入れをはじめ、文部科学省の定めるスーパーサイエンスハイスクール、スーパーグローバルハイスクールとして指定されていて、その教育プログラムは多岐にわたっている。
授業は国際性の育成と問題解決能力の育成に重きを置いている。また、中学3年の時には卒業論文を書かせることで表現力も鍛えようとしている。一流大学の合格実績だけを追う学校ではなくなっているのだ。
■札幌の中学受験過熱「北嶺」と「立命館慶祥」の熾烈なバトル
札幌市には、札幌南高校など優秀な公立高校が多く、私立より公立志向が強い地域である。しかし、近年このエリアの中学受験は「過熱化」している。そのきっかけは、北嶺(札幌市)と立命館慶祥(江別市)というニューウエーブ校の出現である。
男子校の北嶺は、以前はそれほど注目される学校ではなかった。しかしながら、1学年約120人という少人数制指導のもと、大学受験指導で着実に成果を上げ、難関校の一角に躍り出た。昨春の大学合格実績は東京大学に13人、北海道大学に25人、早慶に17人などであるが、同校が重点を置いているのは医学部への進学だ。北嶺のホームページには「各期の最終進学先一覧」があるのだが、そこを見ると「医学部医学科」という文字がずらりと並んでいる。実際、北嶺を志すのは医者の子供が多い。
また、一学年40~50人程度は同校が設けた寮で寝食を共にしているのも特徴のひとつだ。全学年(中1~高3)で300人近くがこの寮に入っているが、道外出身者が多く東京・神奈川出身者だけでも60人弱もいる。寮で生徒たちを学ばせる上で、学校側はさまざまな仕掛けを用意している。
たとえば北嶺卒業生で北海道大学医学部や札幌医科大学に進学した学生たちがアルバイトで寮に来て生徒指導をおこなう。予備校OBがチューターとして受験生のケアをすることはあるが、寮にまで行って指導するのは珍しいだろう。
「北嶺」という校名が示すように「目指すなら高い嶺を」と学校側は考えている。いまは東京大学合格20人突破を身近な目標として掲げている。
この北嶺を追いかける存在として脚光を浴びているのが、共学校の立命館慶祥である。もともと札幌経済高校という校名だったが、1996年に立命館と法人合併した。名のごとく立命館大学の付属校だが、他の大学進学にも力を入れ始めている。SPコースという「特進クラス」を設置して大学受験対策に特化したカリキュラムを構築、徹底した指導をおこなうことで徐々に結果を出している。昨春の大学合格実績は東京大学に5人、京都大学4人、早慶上智に27人となっている。
■学校の魅力は偏差値だけでは測れない
一部の地域ではあるが、地方で人気を博す私立中高の一例を紹介した。かつては全く知られていなかった学校が、大躍進していることに驚かれたのではないだろうか。そして、各校が「十人十色」の特色を有していることも理解してくださったと思う。
中学受験を志す子どもたちはまだ小学生である。自身を客観視できる年齢ではない。だからこそ、中学受験の学校選択の際には「偏差値」や「大学合格実績」といった数値的なものばかりに注視するのではなく、各校の校風、カラーはわが子にどんな中高生活をもたらすのかを親が熟考すべきである。
例えば、付和雷同する性格で、自分のしっかりした考えがなく周囲に流されやすい子が、「放任タイプ」の学校に進学したらどうなるだろうか? 逆に、人の意見に流されず、自分で問題解決することに喜びを覚える子が「管理タイプ」の学校に行ったら楽しいだろうか?
親はいまの「学校の姿・形」を冷静にとらえ、わが子に適した学校選択をしてほしいと願っている。
(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平 写真=iStock.com)
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