厚労省「たばこ一律規制強化」に疑問の声

プレジデントオンライン / 2019年1月11日 9時15分

風速など「喫煙専用室」の設置基準は、さらに厳格化する雲行きだ。(写真=ロイター/アフロ)

とどまるところを知らない「禁煙規制」の波だが、来春にはさらに厳しい強化が待っている。改正健康増進法が、全面施行されるからだ。すでに厚生労働省では、専門委員会による審議を経て、細目の詰めを昨年末から検討している。なかでも最大の焦点となるのが「加熱式たばこ」の扱いだ。科学的には「紙巻き」より格段に低い有害性にも関わらず、「害がないとは言えない」を論拠に、一網打尽の方向に舵を切ろうとしている――。

■結局「加熱式」の特性は無視された!?

2020年の東京五輪開催に合わせた受動喫煙対策の強化をめざし、18年7月に成立した改正健康増進法。医療・教育施設や官公庁等では原則として敷地内禁煙、飲食店やホテルやオフィスなど、多数の人々が利用する施設では、原則として屋内禁煙が義務付けられるほか、違反に対する指導や勧告で改善が見られない場合について、新たに罰則(最高50万円の過料)も設けられた。20年4月1日の全面施行を前に、厚生労働省では現在、例外的に喫煙が認められる喫煙専用室の仕様など、省令で定められる細部の詰めが行われている。

受動喫煙対策の強化というアイデアそのものに、異論を唱える向きは少ないだろう。一方で飲食店などの業界団体からは、設備の導入コストや建築上の制約、そして1年半にも満たない時間的制約があるなか、一律に罰則つきの規制強化が行われることへの戸惑いの声も上がっている。

これまでは店内に仕切りを設けたり、禁煙フロアと喫煙フロアを分けたりといった「分煙」での対応が認められていたが、改正法の全面施行後は、所定の煙流出防止措置を施した喫煙専用室(飲食等は不可)でのみ喫煙可とする対応が義務付けられる。個人または中小企業が経営する100平方メートル以下の既存の飲食店では、経過措置として標識を掲示すれば店内での喫煙または分煙が認められるが、全面施行以後の新規店舗は、規模にかかわらず新基準への準拠が必要になる。

室内全面禁煙で先行する欧米などの諸外国では、屋外での喫煙は認められているケースが多く、「店内は禁煙、吸いたい人はちょっと席を外して外で吸う」というスタイルが一般的だ。だが日本では吸い殻のポイ捨て問題などから、屋外での禁煙措置が先行。多くの都市で路上喫煙や歩行喫煙が条例等で規制されており、飲食の合間に外で喫煙できるとは限らない状況だ。一方、厚労省が想定する規定(入り口付近で風速0.2m/秒以上の内側への気流を確保)を満たす喫煙専用室の設置には屋外排気型の換気装置が必要で、ビルのオーナーがその工事を認めないケースも考えられる。中小の新規飲食店が喫煙も可能な環境を整えるには、コストを含めかなり高いハードルが要求されることになりそうだ。

もう一つの論点は、最近ユーザーを急速に増やしつつある加熱式タバコへの対応だ。匂いが少なくてタールも出ず、主流煙が含む主な発がん性物質は、紙巻きタバコに比べ75%~99%以上も少ない(*1)。「最近は喫煙所によっては、紙巻きたばこより加熱式たばこのユーザーのほうが多いこともあります」と、加熱式たばこに詳しいライターのナックル末吉氏は言う。吸い込んだときだけ加熱する構造なので、副流煙がないことも特徴だ(したがって、受動喫煙に関係するのは吸った人が吐き出す呼出煙のみとなる。正確には、燃焼しているわけではないので、排出しているのは煙ではなく蒸気であることも健康被害が少ない理由の一つ)。

だが今回の改正健康増進法では、加熱式たばこも原則として通常の紙巻きたばこと同じ扱い。当分の間の経過措置として、飲食店などでは現行の分煙タイプに近い専用スペース(飲食等も可)での喫煙も認められているが、その場合も紙巻たばこ用の専用喫煙室と同等の煙流出防止措置が義務付けられそうだ。「(紙巻たばこ用の)喫煙専用室と同等の基準を設けることは過剰ではないのか」という意見も、飲食店などの業界団体へのヒアリングでは上がっていたが、18年12月11日に厚労省で開かれた「第11回たばこの健康影響評価専門委員会」では、「入口における風速が毎秒0.2メートル以上」という規制を加熱式タバコ専用室にも適用する方向で、事実上の結論が下された。

■なぜ「紙巻き」と同列に論じるのか

有害物質の量が大きく違うのなら、当然健康への影響も違い、したがって対策のレベルも変えていいのではないかというのが素朴な感想だろう。だが実は、受動喫煙対策をめぐる議論では、「どんな成分をどのくらいの量、どのくらいの時間浴びると有害だから(あるいはガン発症のリスクが許容できないレベルで上昇するから)、それに基づいてこういう対策を行おう」といった定量的な話は基本的に出てこない。

「たとえば代表的な発ガン性物質の一つであるホルムアルデヒドについては、大気中や室内環境での濃度がいろいろなところで測定されていて、それをもとに健康への影響が議論されます。ところがたばこの煙に関しては、実際にどのくらい曝露しているのかという量的な測定がほとんど行われていません」というのは、空気環境の研究を専門とする東海大学理学部の関根嘉香教授だ。

たとえば、受動喫煙の有害性を証明するものとしてしばしば引用される国立がん研究センターの肺がんについての研究(*2)は、非喫煙者の受動喫煙と肺がんの関連を報告した9本の論文を統計的手法で分析したものだが、対象となった元の論文のデータは、「家族が喫煙者かどうか」「喫煙する家族は一日何本ぐらい吸っていたか」を自己申告で聞き取ったもの。自宅に喫煙者がいる場合の受動喫煙と肺がん発症の関連性(この研究では発症リスクが1.3倍になったと結論)は証明できるかもしれないが、曝露量と発がんリスクの関係を算出して適切な許容曝露基準を定められるようなデータではない。

結果として受動喫煙対策は、定量的なリスク評価に基づくものではなく、「曝露量がどうであれ許容できない」というゼロリスク論的な方向で進められているようだ。

「日々の生活の中で配偶者のたばこの煙を浴び続けるという状況は、確かにリスキーだと思います。しかし、たとえば屋外の喫煙所の前を通ったら、少し煙が漏れてきていて当たったという程度の曝露量で、発がんリスクが大幅に上がるということはないでしょう。私も禁煙推進派ですし、受動喫煙が無害だというつもりもありませんが、健康の話をするのであれば量をきちんと把握する必要はあると思います」(関根教授)。

「それだけ喫煙者に対する眼差しが厳しくなっているということでしょうね」と言うのは、ナックル末吉氏だ。「加熱式たばこでも、吸った人の口からは煙ではないにせよ白い蒸気のようなものが出ますし、においも少ないとはいえまったくないわけではない。それを白い目で見る人もいるだろうと思うと、これは加熱式たばこだからと強く主張する気には毛頭なれません。オリンピックが一つの機会となって、受動喫煙の影響も少なそうだから加熱式タバコは別扱いしようという流れができるかもしれないと思っていたんですが……」。

最近、他大学との共同で、日常生活での受動喫煙への曝露量を実際に測定する研究を行っている関根教授は、諸外国並みに屋内は禁煙で吸いたくなったら戸外の喫煙スペース、加熱式たばこについては紙巻きたばこよりゆるやかな基準で規制という方向が「科学的にはいちばん妥当でしょう。喫煙専用室は費用もかかりますし、換気装置が故障したらどうするという問題もありますから」と言う。だがナックル末吉氏によれば、実際には屋外の喫煙所はむしろ減らされる傾向にあり、残った喫煙所の混雑が激しくなっている(つまり煙やにおいが強まっている)。

規制をゆるめて加熱式たばこが吸える場所を増やし、紙巻たばこ利用者の乗り換えを誘導して、受動喫煙による健康被害のリスクをトータルで下げるといった発想もありえるはずだ。だが今のところ厚労省は、科学的に見ればいささか乱暴なゼロリスク論に基づき、設備費用の負担や場合によっては罰則までを事業者に課す規制を導入しようとしている。

すでに厚労省は、昨年末の12月21日、『「健康増進法施行令の一部を改正する政令(案)」等に関する御意見の募集について』と題して、パブリックコメント(意見公募手続)を1月19日まで受け付ける旨を公表している。最終的な着地点は未確定ながら、これまでの推移をみる限り、加熱式たばこも含めた一律全面規制強化へと、一気に進みそうだ。

(*1)厚生労働科学研究費補助金構成労働科学特別研究「非燃焼加熱式たばこにおける成分分析の手法の開発と国内外における使用実態や規制に関する研究」
(*2) Hori M, Tanaka H, Wakai K, Sasazuki S, Katanoda K. “Secondhand smoke exposure and risk of lung cancer in Japan: a systematic review and meta-analysis of epidemiologic studies”.

(たばこ規制問題取材班 写真=ロイター/アフロ)

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