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人生を変える「ゆるいつながり」の作り方

プレジデントオンライン / 2019年1月16日 9時15分

鎌倉に立ち上げた「まちの社員食堂」。土曜夜は一日店長を中心に地元の人が集う。

家族や会社という「強いつながり」だけでなく、地域や職域という「ゆるいつながり」を取り戻すため、都心を離れた人がいる。渡辺裕子さんは「東京は空気が薄い」と感じ、2017年に鎌倉へ移り住んだ。現在は鎌倉に本社のある面白法人カヤックの広報を務めている。渡辺さんが「人生が変わった」と振り返る鎌倉ぐらしの魅力とは――。

■たまには海でも見ながら仕事がしてみたい

ある日、「なぜ東京にいなければいけないんだっけ?」と思った。きっかけはリモートワークが増えたことだった。

自宅のPCの前で仕事しながら、あれ? と思った。オフィスに毎日行かなくていいなら、どうして高い家賃を払って、都心のマンションの狭いワンルームに住んでいるんだろう? 通勤時間が2時間くらいになっても、自然が豊かで、野菜が新鮮なところで、たまには海でも見ながら仕事した方が楽しいんじゃないか?

そんなことを考えていたら、友人から鎌倉を勧められた。品川駅から鎌倉駅まで電車1本で55分。都内に通勤している人も多い。海と山があり、魚と野菜がうまくて、おいしいお店がたくさんあって、とにかく楽しいよ! と。

「試しに住んでみるといいよ」。鎌倉と都内で2拠点生活している友人が、平日は使っていない鎌倉の家を貸してくれた。スーツケースに仕事道具を詰めて、古い民家でのお試し移住を始めた。朝起きるとウグイスが鳴き、庭にはフキノトウが生えていた。出社する日は鎌倉から通った。

江ノ電の極楽寺駅。ゆったりとした空気が流れている。

■「東京は、なんだか空気が薄い」と思った

2週間後、都内の自宅に戻った時、なんだか空気が薄い、と思った。鎌倉は海が近く、湿度も高い。しっとりした空気の中に沈丁花や緑や土の匂いが立ちこめている。注文建築で家を建てる人や、昔ながらの古民家に住む人も多く、住居の一軒一軒にこだわりがのぞく。街全体を覆う湿度、匂い、生活に根づいた美意識のようなもの。そんなものが合わさった空気の濃密さが恋しくなった。その中で呼吸をしたい、と思った。

カヤックという会社が鎌倉に本社を置いていることを思い出した。鎌倉で副業して、月に何万円か稼げれば、憧れの2拠点生活ができるのではあるまいか。そう思って、かねてつきあいのあったカヤック代表の柳澤大輔氏にメッセージを送ってみた。「なんか仕事お手伝いさせてください」。

業務委託で仕事を始めたところ、数月後、気づけば専業になっていた。こうして、リモートワークの場所を探すはずが、ほぼなりゆきで職住近接生活がスタートした。

■観光地でランチが高いから、「まちの社員食堂」へ

毎朝、頭上を旋回するトンビを見ながら通勤する。海岸通りをジョギングしてから家を出ることもある。空が広く、山の斜面の木々が少しずつ色づいたり、葉を落としたり、海がきらきら輝くのを見ながら、てくてく歩く。通勤電車は江ノ電で、12分に1本しかこない(もちろん単線)。個人商店で買い物することが多くなった(そもそも大手チェーンの店が少ない)。時間があれば市場に出かけ、朝採れの野菜を農家さんから買う。魚は魚屋で、近海ものをさばいて150円とかで刺し身にしてもらったのを買う。米は米屋で精米してもらう。

もちろん困ることもある。たとえば昼休みにランチを食べにいこうとすると、観光地なので、お店が混んでいる。そして高い。1200円とか1500円のランチが珍しくない。

そんなときは「まちの社員食堂」に出かける。2018年4月に立ち上げた、鎌倉市内で働く人のための社員食堂である。前年秋に立ち上げプロジェクトにアサインされ、なぜかそのまま広報と兼務で食堂事業を担当している。

鎌倉駅そばの「まちの社員食堂」。青い外観が目印。2階には鎌倉R不動産が入る。

店の入り口で、ストラップに名刺を入れて入店する。鎌倉市に拠点を置く企業30社が月会費を払って会員企業となり、その会社に勤める人は100円引きになる。

料理は、地元のお店が週替わりで提供してくれる。たとえば、ある週には、地元で人気のおそば屋の店主がおそばを茹でにきてくれる。別の週には、人気ジャム屋さんのオーナーがお手製のポトフやカレーに腕をふるってくれる。朝ごはんは、焼きたてクロワッサンに特製ジャムがつけ放題だった。

そして、ここにくると、誰かに会える。地元で働くさまざまな人たちが集まるコミュニティスペースとなりつつある。

■鎌倉市役所の職員も利用する「まちの社員食堂」

「まちの社員食堂」の会員企業に参画しているのは、主に鎌倉に本社を置く会社で、鳩サブレーを製造する豊島屋、メーカーズシャツ鎌倉、鎌倉投信はじめ、地元のベンチャー企業も多い。鎌倉にはコワーキングスペースも多いが、この食堂を利用者の福利厚生にしているところもある。鎌倉市役所なども名を連ねている。

鎌倉は海が近く、朝サーフィンを楽しんでから出社する人もいる。

昼時にふらりと食事をしに行くと、地元のベンチャー企業の経営者が打ち合わせして、そのとなりで市の職員たちが食事している。セルフサービスの列の中で、別の会社の人同士が偶然顔を合わせて、「そういえば、この間の件ですけど」とトレー片手に打ち合わせの続きをしたり、顔を合わせたついでに「紹介しておきますよ、東京からいらした○○さん」と名刺交換が始まったりすることもしょっちゅうだ。

「まちの社員食堂」に出店しているお店も個性ゆたかだ。わざわざスイカを買い込んで、一日の来客数が100人を超えた記念に店内でスイカ割りを始めたカフェオーナーもいたし、ある時は、お店に行くとサツマイモが山積みでキロいくらで売られていた。「このサツマイモなあに?」とスタッフに聞くと、天候不良で形がいびつになってしまい、そのままでは捨てるしかないと、地元の農家さんから泣きつかれたその週のご出店者が販売しているという。厨房でつくられたおいしいスイートポテトがカウンターに並び、サツマイモは数十キロが完売していたようだ。

■1時間1000円でハイボールだけ飲み放題

社員食堂なので月曜から金曜までの営業だが、最近では、週末にこの場所を使って地元のイベントが行われることも多い。

食堂でたまたま話題に出た本の著者を招いてトークセッションを行ったり、鎌倉への移住を考えるイベントをしたり。近隣の飲食店と連携して、そのままでは廃棄物となる食材を使ってフードロスゼロパーティを開いたり、地元で採れたハチミツを使った子ども向けの料理イベントを開催した人もいたし、年末にはアーティストを呼んでライブも行われた。

10月からは、毎週土曜夜限定で、ハイボールのスタンディングバー「タイムカード」を始めた。1時間1000円でハイボールだけ飲み放題になるもので、週末に場所を遊ばせておくよりは、と始めた取り組みだが、多い時は100名近い人が訪れるようになっている。コミュニティを活性化できるように、地元の人たちに一日店長をお願いしているが、和服でやってきてひたすら昭和歌謡を流す一日店長がいたりして、週ごとに店長の色に店が染まり、異様な盛り上がりを見せている。

山形出身のカフェオーナーは地元の自然薯とろろを提供。

ドリンクやフードは持ち込み自由だが、近所のコンビニで買ってくるスナックや缶詰にとどまらず、葉山の名物コロッケを買い込んできてくれる人はいるわ、スーパーで刺し身盛り合わせを買ってきてくれる人やら、蕎麦やピザの出前を取り始めようとする人が後を絶たない。

持ち込みがきっかけとなって、ドリンクやフードをシェアすることで、知らない人同士も仲良くなってしまう。最近では、都内の大手メディア編集長や大学教授が一日店長に駆けつけてくれる週もあり、不思議な発信の場になりつつある。

土曜日の営業に限り、鎌倉市で働く人でなくても利用できるので、最近では「鎌倉に移住してみようかな」と考える人が都内から遊びにきてくれることも増えた。

■住む場所、働く場所を自分たちで選ぶ

今までありそうでなかった場。そういっていただくことが多い。

なぜ、こういう場ができたのですか? そんなご質問もいただく。

ひとつは、鎌倉という場の力だと考えている。人口16万人というサイズ。「鎌倉で働く人のためなら」と一肌脱ごうというお店の多さ。そして、もともとのコミュニティの活発さ。

鎌倉では地域に根づいたコミュニティの活動が盛んだと思う。有志で浜の盆踊り大会を主催する人。クリエイターのネットワーク。誰か一人の仕掛け人がいるというよりも、自分のやりたい世界を明確に描いている人たちがあちこちにいて、その点と点がゆるやかにつながっている印象を受ける。

鎌倉市農協連即売所では新鮮な野菜を農家から安く買うことができる。

カヤックは企業文化としてブレスト(いわゆるブレーンストーミング)を大切にしているが、2013年に鎌倉のIT企業7社とともに、鎌倉を盛り上げるための地域活動、「カマコン」を立ち上げた。「自分たちの住む地域をもっと面白くしたい」そんな思いを持ったメンバーたちが、ブレストを通じて、鎌倉の選挙を盛り上げるアイデアや空き家活用の取り組みなどを次々と生み出している。

自分が移住を検討したとき、二拠点生活の家を貸してくれた人は、このカマコンで知り合った人だった。取材をきっかけに、二度か三度お会いしただけのゆるいつながり。そのゆるいつながりが、人生に大きな変化をもたらした。

■地域の資本を最大化して、持続可能な資本主義をつくる

もうひとつは「働く場」「コミュニティ」というものが、かつての姿に回帰しているからではないかと思う。戦前には「職域食堂」というものが都内にもあたりまえにあったという。

柳澤大輔『鎌倉資本主義』(プレジデント社)

一社で社員食堂を持つのではなく、地域の働く人たちが集う場所。その後、高度成長期を経て、社員食堂はひとつの会社の中にあることがあたりまえになった。一周ぐるりと回って、地域や職域というゆるやかな連携に、再び注目が集まっているように思う。

地域ならではの資本を最大化することで、持続可能な資本主義をつくっていきたい。それを、鎌倉から発信できないだろうか。カヤックが提唱するそんな「鎌倉資本主義」の取り組みの一環として始まった「まちの」シリーズは、現在、「まちの保育園」「まちの人事部」と広がり、地域を基盤としたつながりを生み出そうとしている。

家族や会社という強いつながりは、これからも続くだろう。けれども家族の形が多様化し、働き方改革が進む中で、住む場所、働く場所を、自分たちの意思で選ぶ人がますます増えていく。そのとき、人と人のつながりやコミュニティのような、地域ならではの「資本」がますます大事になっていくのだと思う。

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渡辺裕子(わたなべ・ゆうこ)
面白法人カヤック 広報
2009年からグロービスでリーダーズ・カンファレンス「G1サミット」立ち上げに参画。事務局長としてプログラム企画・運営・社団法人運営を担当。2017年夏より面白法人カヤックにて広報・事業開発を担当。趣味は独酌。

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(面白法人カヤック 広報 渡辺 裕子)

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