箱根駅伝V監督が選手に送ったLINEの中身
プレジデントオンライン / 2019年1月12日 11時15分
■総合優勝の東海大・両角速監督が選手にかけた「魔法の言葉」
正月の風物詩となった「箱根駅伝」。往路・復路の平均視聴率は31.4%で、日本テレビでの中継が始まって以来、最高だったという。気象条件に恵まれ、「区間新」が多く出たこともあるが、5連覇を目指した青山学院大や、ライバル校である東洋大、そして初優勝を果たした東海大がそれぞれ見せ場を作ったことが高視聴率につながったのだろう。
レースは、首位のチームが目まぐるしく変化した。
前回往路優勝の東洋大が前年に続いて、大手町スタートの1区でトップを奪うと、3区は青学大・森田歩希(4年)が区間新の快走で首位に立つ。4区は東洋大・相澤晃(3年)が“区間新返し”で再逆転。東海大は5区、箱根の山登りを西田壮志(2年)の区間新で東洋大とのタイム差を1分14秒まで短縮。その東海大が翌日の復路も見事な継走を見せて、8区小松陽平(3年)の区間新で勝負を決めた。
走行タイムで往路優勝は東洋大、復路優勝は青学大、総合優勝は東海大という珍しいレース展開は視聴者をテレビにくぎ付けにした。
箱根駅伝は他の駅伝大会と異なり、各大学の監督・コーチら指揮官たちは運営管理車に乗り込み、自チームの選手の後ろにつくかたちでレースを追いかけ選手たちに指示を送る。
指揮官たちはレース中、選手にどんな声をかけているのか。そして、その声は選手たちにどんな影響を及ぼしているのか。東海大が逆転した復路(6区~10区)の戦いを指揮官たちの「言葉」で振り返ってみたい。
■往路2位 東海大選手の心に火をつけた「言葉」
●6区
初日の往路が終わった時点(1位東洋大、2位東海大、6位青学大)で、東海大・両角速(もろずみ・はやし)駅伝監督は「(1位の)東洋大しか見てない」と、選手たちに4分16秒差で追いかけてくる6位の青学大への恐れの意識を捨てさせた。
そして山下りの6区が始まる。トップの東洋大は今西駿介(3年)で、1分14秒差でスタートする東海大は中島怜利(3年)。前年も両者は同じ区間を走っており、その際は、中島が今西より約1分タイムが早かった。この結果を考えると、東海大は一気に詰め寄りたいところだが、両角監督は中島に「そこまで決めなくていいぞ」と声をかけている。
10日ほど前に左足首に痛みが出て、万全な状態ではなかったからだ。中島は序盤に差を広げられるものの、本格的な下りに入ると徐々に詰めていく。結局、区間歴代3位の58分06秒(区間2位)で山を駆け下りて、東洋大との差を6秒短縮した。
一方、往路優勝した東洋大としては6区の今西が想定以上の走りを見せたことで、絶好の復路スタートとなった。
■復路のレース当日の朝、監督から送られたLINEの文面
●7区
7区は主将の小笹椋(4年)。東洋大・酒井俊幸監督は運営管理車から、「(6区の)今西が区間歴代3位。今度はお前だぞ!」と小笹にゲキを飛ばした。
最初の1kmは小笹が2分40秒に対して、東海大・阪口竜平(3年)は2分48秒。8区以降の戦力に不安のあった東洋大は7区終了時までに「できれば1分。最低でも30秒のリードは欲しい」(酒井監督)と考えていた。その思いが小笹のリズムを狂わせたのかもしれない。小笹は後半ペースダウンして、1時間3分45秒の区間3位に終わった。
東海大の阪口は当初4区を予定していたが、調子が上がらず、2週間ほど前に7区にまわることが決まった。レース当日の朝、両角監督から、「自信を持って7区に置いたよ」と坂口のLINEに入る。
![](https://president.jp/mwimgs/3/c/-/img_3c8a86931079dc9a37509249f1c9b8eb1150959.jpg)
その言葉が坂口の大きなエネルギーになった。
直前の指示は、「とにかく最初の5kmだけはリラックスして入れ」というもの。持ち味の攻めの走りを封印して、後半勝負の走りで前を追いかけた。「前半は差が縮まる感じがあまりなかったですけど、15km以降で東洋大との差を一気に縮めることができました」と阪口。
二宮(11.6km地点)で48秒あった差は、大磯(18.3km地点)で19秒差になり、最後は4秒差まで急接近。阪口は区間歴代5位の1時間2分41秒(区間2位)と快走した。
僅差の勝負のなると、運営管理車からの声は競り合う他大の相手選手にも聞こえてしまうため、具体的な指示(○km地点でスパートする、などの戦略)は出しづらくなる。そこで東海大・両角監督はタスキが渡る直前、8区小松陽平(3年)に電話をかけて、「すぐに追いついて、(東洋大を)前に出して、じっくりと落としていくように」という指示を送っている。
■「区間賞いけるぞ!」監督の声が自信になった
●8区
小松は両角監督のミッションを忠実に遂行した。
4秒先行していた東洋大・鈴木宗孝(1年)にすぐ追いつくと、その背後にピタリとつく。11月の上尾ハーフでは鈴木が小松に11秒先着しているが、1万mベストは鈴木の29分17秒に対して、小松は28分35秒。1万mのタイムで大幅に勝る3年生が1年生に引っ張らせることはプライドが邪魔する場面だが、小松は勝負に徹した。
前を走る鈴木が苦しげだったのに対して、小松は余裕たっぷり。危機感を抱いた東洋大・酒井監督は「ペースを上げろ」と鈴木に指示する。リズムを切り替えて、小松を引き離そうとするが、効果はなかった。
絶好調男・小松がためこんだエネルギーを爆発させたのは14.6km。遊行寺(ゆぎょうじ)の上り坂が始まる前に初めて前に出ると、一気に突き放した。そして、その差をグングンと広げていく。両角監督の「区間賞いけるぞ!」の声が小松には自信になったという。しかし、「区間新が出るぞ!」の声には、「ウソだ。あおるためだと思った」と信じていなかった。ただ、優勝のために後続との差を1秒でも開けようと最後の力を振り絞り、攻略の難しいコースを1時間3分49秒で走破。小松は自身が生まれた年(1997年)に樹立された区間記録を16秒も塗り替えると、最終的には東洋大に51秒差をつけた。
■「風があることを考えろよ」「最後の箱根を楽しんで走れ!」
●9区
東海大の9区は主将・湊谷春紀(4年)。直前の情報を知らなかったため、僅差で来ることを予想していたが、両角監督から、「1分くらい差が開くぞ」と連絡を受けて、「ラッキー」と思ったという。「最後の箱根を楽しんで走れ!」という両角監督の声を聞いた湊谷は区間3位と好走。東洋大がブレーキとなったこともあり、3分半近い大差がついた。
●10区
東海大の10区郡司陽大(3年)は緊張のあまり、スタート前は涙があふれてきたというが、タスキを受け取った後は力強かった。後半は強い向かい風となり、両角監督から「風があることを考えろよ」と指示が出るなかで、ビクトリーロードを突き進んだ。
![](https://president.jp/mwimgs/8/3/-/img_8320d293b05b7ae90d91bee06dd15981908892.jpg)
郡司は1年時から箱根駅伝のエントリー16人に選ばれているが、3年生の今回が初出場。両角監督は個性を見極めて指導することで知られ、両角は郡司に対していつも厳しい声をかけて育てていた。1年時の箱根は、直前の練習を絶好調でこなしながら、出番はなし。キャリアのある4年生が起用された。レース後、両角監督から「お前を使わなくて良かった」と言われた郡司は、悔しさのあまり、「自分はなんで選ばれなかったんですか?」と噛みついたという。すると両角監督は、あえて「何を浮かれているんだ。お前の名前なんて(選考の中で)一切上がってこなかったぞ」と言ったそうだ。郡司は大きなショックを受けたが、これをバネにした。
■「お前のあんな姿を見たのは初めてだ」
その後も厳しい声をかけられることが多かったものの、昨年5月の仙台ハーフマラソンで外国人選手に食らいついたときには、「お前のあんな姿を見たのは初めてだ。やっと殻を破った気がする」と両角監督に褒められ、郡司は親に電話で報告するくらいうれしかったという。今シーズンの郡司は出雲、全日本、箱根と学生駅伝すべてに出場。両角監督から全幅の信頼を寄せられる選手へと大成長した。箱根駅伝をしめくくる10区でも、文字通りの快走を披露した。
指揮官たちはレースだけでなく、普段からさまざまなシーンで選手たちに声をかけている。そして、指揮官の言葉で選手たちは変わる。長年駅伝取材をしているとそうした声かけによる選手の「大変化・大成長」をしばしば目撃する。
駅伝はチーム競技だが、レース中のランナーは孤独だ。ときにはタスキの重みに苦しめられることもある。だからこそ、指揮官たちの言葉が走者の支えになることが多い。今回の箱根駅伝でも、“魔法の言葉”をいくつも聞いた。とりわけ初めて総合優勝を果たした東海大の両角監督の声かけは見事なものだった。
(スポーツライター 酒井 政人 写真=西村尚己/アフロスポーツ、iStock.com)
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