3時間待ち"特別なカレー"に客が集うワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月23日 9時15分
■“スパイスカレーの女神”の仕事現場
開店からわずか2年にして、スパイスカレーの名店として連日行列が絶えない「SPICY CURRY 魯珈(ろか)」。店を切り盛りするのは35歳の齋藤絵理。「物心ついた時からカレー好きで、高校生の頃には“将来カレー屋になるんだ!”と決意した」と語る。南インド料理を東京にはやらせた立役者と言われる東京・八重洲の名店「エリックサウス」で7年間修行。そして念願の独立を果たした。
ドキュメンタリー番組「情熱大陸」では、齋藤が数々のスパイスを駆使して未知なるカレーを作り出す“秘密の現場”を公開。また、インドで新たなスパイスを探す旅にも同行した。“スパイスカレーの女神”と呼ばれる彼女は本場で、何を食べ、何を感じたのか。
■「スパイスをメモしても味は真似できない」
齋藤は、東京屈指の繁華街・新宿にほど近い大久保の路地裏に店を構えている。外国人が多く暮らす街で、さまざまなスパイスが手に入りやすいからだ。齋藤の武器は、スパイスカレーと台湾の家庭料理である魯肉(ルーロー)と呼ばれる豚肉の煮込みを併せた、斬新かつ繊細なカレー。
日本におけるカレー界の最高権威である『Japanese Curry Awards』で新人賞を、『JAPAN MENU AWARD』では、看板メニュー「ろかプレート」で2017年から2年連続三ツ星を受賞した。口コミで常連客が広がり、今では3時間待つこともあるという人気店だ。
定番メニューに加え、週に一度は新たなカレーを生み出すのも彼女の店の特徴のひとつ。これまで作った100以上のレシピを出し惜しみなくカメラの前で披露する齋藤に、企業秘密はないのだろうか。
【齋藤】「(スパイスの)グラムをメモしても味は真似できないと思います。スパイスに火を入れる絶妙のタイミングがあるので」
実際に調理現場を見せてもらうと、その言葉の意味がわかる。配合の分量や順序はあくまで目安に過ぎず、頼るのは己の五感のみだ。鍋に投入したスパイスの色・音・香りを読みながら、火加減や次の具材を入れるのに「絶妙なタイミング」を計っていく。煮込む時間はわずか10分ほど。香りを飛ばさないためだそうだ。この日、仕上げに使ったのはゴマのペースト。担々麺のような風味を出すのが狙いだった。
【客】「今まで食べたことのない味です」
【客】「あの人、天才なんです」
【客】「味にハマってしまって抜け出せない……(笑)」
■両親に連れられカレーを食べ歩いた少女時代
齋藤が1人で1日に提供できるカレーの数は頑張っても130食。3時間も並んでくれる客たちの期待に少しでも応えたいと毎日必死だった。朝7時から仕込みを始め、この日、店を後にしたのは夜11時。コンビニで購入した缶チューハイ片手に、1人トボトボと帰路につく35歳の後ろ姿は、心地よい疲労感に満ちているようにも見えた。
齋藤の原点は、無類のカレー好きである両親にあるという。物心ついた時から毎週のようにさまざまなカレー屋に連れて行かれ、高校生になると自らも友人とカレーを食べ歩くようになった。
【父】「思い出の店はボルツのカレーですかね。自分のペースで食べたい店に子供を連れて行ってた。子供のペースには合わせない(笑)」
【母】「子供の喜びそうな店なんて連れて行ったこともないよね」
■オープン以来初の「一週間休業」
自他共に認める“カレークレイジー”である齋藤は、平日は朝から晩まで厨房に立ち、定休日は欠かさず人気店のカレーを食べに行く。人を惹きつけるカレーには必ずちょっとした工夫がある。料理人の動きをつぶさに観察し、実際に食べて分析することをひたすら繰り返し、自分の味を作り出してきた。
この日、大阪まで足を延ばした齋藤が「今年一番の衝撃」と語ったのが、中華料理店「大衆中遊華食堂 八戒」(大阪・東大阪市)のカレーだった。猪肉や豚肉の魯肉が添えられた、パンチの強いカレーに衝撃を受けた齋藤は、使っているスパイスを料理人に尋ねる。おいしさの秘密について知りたくて仕方がないようだ。
【齋藤】「自分と違うお料理を作れる人と会った時って戦いですよね。自分もやりたいっていう衝動に駆られます」
齋藤はその後、一週間店を閉めた。オープン以来、初めてのことだった。
■カレーの本場インドの屋台へ
やってきたのはカレーの本場インド。自分のカレーに少し自信が持てなくなっていた齋藤は、この地で自分の味を見つめ直したいと考えていた。ひとまず、インドの街ならどこにでもある屋台へ。そこで食べた野菜カレーの味に驚く。
【齋藤】「スパイス3種類くらいだけなんですけど、シンプルなのに謎にうまいです」
少ないスパイスでなぜあそこまでの味が出せるのか。その秘密をどうしても知りたいと考えた齋藤は、貪欲にカタコトの英語で料理人にレシピを聞いて歩き、珍しいスパイスがあればすぐに試食して味を確かめた。
■元旦の新作カレーは「ひじきとお餅のお雑煮風」
【齋藤】「(インドのカレーは)もっとスパイスがガツンと強い味なのかと思ったら、逆にシンプルだった。刺激ではなく、塩とか野菜の甘みを引き立てるためのスパイス。自分は最近、野菜の甘みを引き立たせるってことをおろそかにしていたことに気がつきました」
スパイスは香りだけでなく、具材の味を引き立たせるものということを再発見した齋藤。また新しいカレーを作れそうな予感がした。
2019年元旦。齋藤は厨房にいた。インドから持ち帰った「ロングペッパー」「カシミールチリ」を使った新たなカレーを考え出したという。今年第1号の限定カレーは、「ひじきとお餅のお雑煮風」。正月らしいオリジナリティーあふれるカレーだった。
【客】「おいしいね。甘い」
誰しも「思い出に残るカレー」が心の中に存在するだろう。「私のカレーもそうでありたい」と願い、日々新たな味を生み出し続ける齋藤のカレー熱は、今年もとどまるところを知らない。
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カレー料理人
1983年東京生まれ。カレー好きの両親のもとで育つ。大学在学中はダンス漬けの日々を送る傍ら魯肉飯専門店でアルバイトをする。就職は大手カレーチェーン店のCoCo壱番屋に内定するも、最終的に辞退し、2年間のダンサー生活を経て2008年東京・八重洲の名店「エリックサウス」入社。7年間の修行ののちに2016年魯珈(ろか)をオープンする。2017年から2年連続で『JAPAN MENU AWARD』の三ツ星を受賞。2017年『Japanese Curry Awards』で新人賞を受賞し、開店からわずか2年で名店の仲間入りをする。仕事も趣味も生活も全てが「カレー」という35歳。
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(「情熱大陸」(毎日放送) 写真提供=毎日放送)
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