安倍首相の「解散はしない」はウソである
プレジデントオンライン / 2019年1月16日 9時15分
■「解散と公定歩合」はウソをついてもいい
1月4日午後、伊勢神宮司庁。恒例の参拝の後の年頭会見。
安倍氏は同日選の観測について聞かれるとこう語った。
「そういう声が一部にあるということは承知をしておりますが、私自身の頭には片隅にもないわけであります。まずは参議院選挙で、これからの日本がどのような国を目指すのか、国民の皆さまにしっかりと訴え、堂々と骨太の政策論争、議論を行っていきたいと、こう考えています。その上で、繰り返しになりますが、解散総選挙という言葉は頭の片隅にもないということであります」
普通に読めば、完全なる否定である。安倍氏は昨年末、12月30日に放送したラジオ日本の番組でも「衆院解散は頭の片隅にもない」と発言。同日選や衆院解散の質問には、こう答えると決めているのだろう。
しかし、この言葉をまともに受け止める国会議員は与野党を見渡しても1人もいない。衆院の解散権は首相にある。そして国会では「首相は衆院解散と公定歩合についてはウソをついてもいい」というのが定説になっているからだ。
■3年前に熊本で地震が起きなければ、解散していた
実は安倍氏は「前歴」がある。3年前の2016年。この年は、今年同様、夏に参院選が予定されていた。そして、これも今年同様、安倍氏が衆院を解散して衆参同日選になるのではないか、との観測が出ていた。
その年の2月26日、安倍氏は衆院総務委員会に出席し、同日選の可能性について質問を受けている。そして「現段階では頭の片隅にもない」と答弁している。同様の答弁は、3月29日の参院予算委員会、同日の記者会見でもしている。さらには4月1日、滞在中の米ワシントンでも「解散の二文字は全く、頭の片隅にもない。解散の『か』の字もない」と語った。
この年、安倍氏は衆院を解散しなかった。ただし、それは同年4月熊本で大地震が起き、衆院解散で政治空白をつくるわけにいかなかったため断念したのだ。
■「片隅にもない」が2回も出てくる真意
安倍氏は「片隅にもない」と言っている間、ずうっと解散しようと考えていた。
安倍氏自身、後日の会見で「衆院解散が私の頭の中をよぎったことは否定しないが、熊本地震の被災地では今でも多くの方が避難生活を強いられている。(衆院選は見送り)参院選で国民の信を問いたいと判断した」と、同日選を考えていたことを事実上認めている。
「片隅にもない」は、ウソだったのである。解散についてはウソをついてもいいとはいえ、ウソをついていたことを認める首相は珍しい。
だから今、安倍氏が何回「片隅にもない」と語っても誰も信じないばかりか、逆に「ホントは考えているのではないか」とざわつくのである。
ここで、冒頭に書いた年頭会見での安倍氏のコメントをもう一度、読み返していただきたい。短いフレーズの中に「片隅にもない」が2回も出てくる。発言の初めに解散論が「一部にあるということは承知をしております」とわざわざ触れていることも含め、自分の発言で解散風をあおり、永田町をざわつかせようと考えているとしか思えない。
■「片隅にはない」が「真ん中」にあった
「片隅にもない」で、もう1つエピソードがある。安倍氏の大叔父にあたる佐藤栄作氏の話だ。佐藤氏は首相在任中、1966年暮れと68年に2回衆院を解散している。ある時、記者から解散の可能性を問われて「頭の片隅にもない」と答えていた。後日、佐藤氏が衆院解散を表明した後、記者団から「ウソ」を指摘されると、佐藤氏は悪びれず「頭の片隅にはなかったが、真ん中にあった」と語ったというのだ。
「頭の真ん中で考えていたが、片隅にはなかった」とは、今風に言えば典型的な「ご飯論法」だ。いずれにしても、今から50年以上前に安倍氏の大叔父が「片隅にもない」を解散にからめて使っていたことは興味深い。
佐藤氏の発言は、都市伝説のようになって永田町に伝わっている。そういう経緯を知るベテラン議員や古手の秘書たちは、安倍氏の「片隅にもない」は、逆に解散の警戒警報と受け止めるのだ。
安倍氏にとっては「片隅にもない」は、先祖代々引き継がれる秘伝のタレのようなものなのだろう。
■「同日選決断」なら安倍氏の政治生命は激変する
安倍氏が同日選を目指すメリットは何なのか。
衆参同日選は1980年、86年と2回行われている。総じていえば、衆参同時に選挙を行えば、野党が選挙協力しにくくなり、自民党が有利になるというのが定説だ。実際、2回の同日選は、どちらも自民党が勝っている。
その「効力」を利用して自民、公明の与党で過半数を維持するのはもちろんのこと、自民、公明、維新などの改憲勢力で3分の2を維持し、選挙の後は悲願である憲法改正に向けてアクセルを踏む。これが安倍氏の基本戦略である。
そして、もし同日選で大勝利となった場合、自民党総裁4選の目が出てくる。1986年、同日選を仕掛けて勝利に導いた中曽根康弘氏はその論功として総裁任期の1年延長を勝ち取った。その「前例」にならい、2021年までとなっている安倍氏の総裁任期を、さらに延ばすことも視野に入れる。
4選のためには自民党則を変えなければいけないが、自民党の党則は、融通無碍。安倍氏の3選が可能になった時も党則を変えている。このあたりのことは「"安倍総裁4選"があり得るこれだけの理由」で詳しく報じているのでご参照いただきたい。
同日選の決断は、安倍氏の残りの政治生命を劇的に変える可能性が高い。そう考えれば、今の安倍氏が衆院解散のことは「頭の片隅にもない」というようなことは、あり得ないのである。
(プレジデントオンライン編集部 写真=時事通信フォト)
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