パワハラ被害の半数「されるまま」の絶望
プレジデントオンライン / 2019年1月18日 9時15分
■パワハラ被害者の半数は、なぜ「されるがまま」なのか?
厚生労働省の「2017年度個別労働紛争解決制度施行状況」によると、都道府県労働局に寄せられる企業と労働者の紛争に関する相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」に関するものは、2016年度で7万2067件に上り、2002年度(約6600件)に比べて著しく増加しています。
「いじめ・嫌がらせ」が増加している理由の1つは、パワーハラスメント(以下、パワハラ)に関する訴訟が増加していることだと指摘されています。
職場で行われるパワハラは、パワハラを受けた従業員の健康を害し、職場の生産性の低下にもつながる深刻な問題です。本稿では、政府などの調査及び筆者が今回の記事のために実施したインタビューを元に、パワハラの現状と課題、対策について考えます。
(1)パワハラを受けても「自ら対策を講じなかった」従業員が半数弱に達する不可解
厚生労働省によると、職場のパワハラとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・肉体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」のことを意味しています。
一般的には、上司から部下へのいじめ・嫌がらせを指していますが、先輩・後輩間や同僚間で行われるものも含まれています。
職場のパワハラの形態としては6つが類型化されています。あくまでも代表的なもので、これらに当てはまらないもので問題になるケースもあります。
2.精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
3.人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
4.過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の内容)
5.過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる、仕事を与えない
6.個の損害(私的なことに過度に立ち入る)
■「何をしても解決にならない」「職務上不利益が生じるから」
実際に、パワハラはどれくらい存在しているのでしょうか。
厚生労働省のパワハラ実態調査(※)によると、パワハラを受けた経験があると回答した人の比率は、調査対象者の32.5%に上っています。
※厚生労働省委託事業「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」(2017年3月、委託先:東京海上日動リスクコンサルティング株式会社)。以下、「パワハラ実態調査」とする。
そして過去3年間に、パワハラを受けたと感じた人のうち、事後「何もしなかった」人は40.9%に上り、その理由として「何をしても解決にならないと思ったから」、「職務上不利益が生じると思ったから」が挙げられています。
職場で働く3分の1近くがパワハラを受けた経験があり、その半数弱がパワハラの解決を諦めている深刻な実態が窺えます。
(2)パワハラの解決を難しくしている「管理職」の共通点
パワハラ実態調査によると、相談の内容として最も多いのは、「精神的攻撃」で約7割です。また、加害者と被害者の関係としては、上司から部下へ行われていたものが約8割となっています。このことから、パワハラを行う人が管理職などの上席者であることが多いがゆえに、事実関係が露呈しづらく、パワハラの解決を困難にしていると想像できます。
筆者は今回、大手企業の管理職複数人にパワハラの体験談について聞きました。すると2人から、こういう証言がありました。
「権限を持つ人が行うハラスメントは、周囲も見て見ぬふりである。配下のチームリーダーに無理なノルマを課すので、チームリーダーも病むか去るか、部下にきつくあたるなど、負の連鎖に繋がっている。上席者になるほど、自分は正しいと思い込むので、注意する人もいない」
「パワハラを行う上司は、自分の意に沿わない動きをする部下を精神的に追い詰め、他の部署に異動させることもあるため、他の部下はどんなことでもご意見伺いをするという構図に陥ってしまった。パワハラ被害者が1人脱落しても、また次のターゲットを見つけて揚げ足をとることで追い詰め、部からはどんどん人がいなくなるという状態。他部からは“ブラックな部署”と見られているのに、上司は、自分の組織は良い組織だと思っている。経営層の耳に入るようになり、ようやくその上司の嫌がらせは(一時的かもしれないが)なくなった」
管理職であり、権限を持っているために部下が何も言えずに状況が悪化しやすい、パワハラを行う管理職自身がパワハラを行っている自覚がない、という問題の構図が見えてきます。
■自分のパワハラに気づけない管理職の「性格」
筆者は主に管理職を対象にパワハラについての研修を行っています。その経験では、多くの管理職は、自分のパワハラに気づくことができると自主的に改善しますが、性格的な特性から改善できない管理職も一定数存在します。
企業側としては、前者のタイプの場合は、自分がパワハラをしていることに気づくことが大切であるため、研修の中で、匿名で自社の実例を取り上げて管理職自身が気づく機会を与える、などの対策が有効です。
一方、後者の場合の対処は簡単ではありません。前述した経験談の中では、経営層の耳に入ったことで解決した事例が述べられていました。後者のタイプのパワハラを防ぐことができるのは、問題となっている管理職より上の権限を持つ経営層の判断です。場合によっては、パワハラを改善できない管理職は部下のいない部署へ異動させ、その上で、一担当者として経営層から直接指示を受ける仕事を担当させる、といった強硬策なども考えられます。
(3)パワハラの解決を難しくしている判断基準の難しさ
パワハラ実態調査によると、パワハラの予防・解決に取り組むに当たっての課題、問題点として最も多いのは、「パワハラかどうかの判断が難しい」で70.9%となっています。また、パワハラの予防・解決に取り組むことで起こる問題として「権利ばかり主張する者が増える」(56.9%)、「パワハラに該当すると思えないような訴え・相談が増える」(48.9%)、「管理職が弱腰になる」(43.6%)が挙げられています。
筆者が今回の記事のために実施したインタビューでは、管理職の人たちからは、パワハラに気を使い過ぎてしまうなどの意見もありました。
「注意するときもその人を責めるような感じにならないように細心の注意を払っている」
「管理職なのでパワハラに気をつけるのは当然だと思う反面、上司からの指示を全てパワハラと言う部下ほど、上司がきちんと指示をしてくれないと言うので、対策に困っている」
「ハラスメントがクローズアップされるようになり、簡単に告発できるようになっているからか、中間管理職(特に男性)が、部下に対してとても気を使ってしまっている」
パワハラを理由に、自身の権利を主張する部下にどう対応するか悩む管理職が少なくありません。
中には、「最近では、やりたくないのにやらされた、と言われるとそれもパワハラになってしまうので、新人歓迎会や各種宴会の芸を若手にやらせず、管理職がやっている」と言う意見もありました。
部下が「パワハラだ」と過剰に主張するケースでは、部下への教育の定義が曖昧になっている、などの原因が考えられます。パワハラと職責の線引きを明確にするためには、上席者や人事・コンプライアンス部、自分と同じ立場の人などとのコミュニケーションを図ることが必要です。
■パワハラ管理職をとっちめるための「対策」
一方で、管理職などからパワハラを受けた部下はどのように対応すればよいのでしょうか。前述の(1)で、パワハラに対して何も対策が講じない従業員が多いことを指摘しましたが、パワハラの解決については慎重な行動が必要です。
筆者が今回の記事のために実施したインタビューでは、勤務先のパワハラ対策について以下のような意見が出ました。
「社内アンケートは実施されているが、パワハラの事実を正直に答えられる雰囲気ではない」
「セクハラは問題視されるが、パワハラはそれに比べると重要視されていない」
「パワハラについて、きちんと事実関係を調査する姿勢が必要だと感じる」
パワハラは、セクハラと異なり、長期的かつ継続的に行われていないと企業側が問題として対処してくれない可能性があるため、将来、事実関係の調査が行われる段階に備えて記録を取っておくことが必要です。
一方、企業側の対応次第では、パワハラ行為の通報後会社にいづらくなる場合もあります。パワハラで悩む場合は、都道府県労働局などの国の無料の相談窓口もありますので、十分に情報収集して納得できる解決策を見つけた上で行動することが大切だと考えます。
■上下関係を問わず、自由闊達に意見が言える理想の組織
パワハラが発生した際には、再発防止策や意識啓発なども重要ですが、そもそもパワハラが発生しないような組織風土づくりが何よりも大切です。上下関係を問わず、自由闊達に意見が言え、注意しあえるような良好な人間関係の構築ができれば、パワハラの発生は減るでしょうし、発生しても解決しやすくなると考えます。
そのような職場の風土を作るためには、例えば、休憩時間などのコミュニケーションの機会を増やす、プライバシーに立ち入り過ぎない配慮を持ちつつ個人の意見に耳を向ける、など一人ひとりが「コミュニケーションの量と質」を意識するだけでも、良い変化が生まれるのではないでしょうか。
(日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 コンサルタント 高橋 千亜希、日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島 明子 写真=iStock.com)
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