1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

法廷で"私は無実"と訴えたゴーン氏の狙い

プレジデントオンライン / 2019年1月17日 9時15分

2019年1月8日、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者の勾留理由開示を控え、東京地裁前で大鶴基成弁護士の到着を待つ報道陣ら。(写真=時事通信フォト)

■ノーネクタイ、サンダル履き、手錠、10キロの体重減

「アイ・アム・イノセント(私は無実)」。東京地裁(東京・霞が関)で日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏(64)が発した言葉だ。この発言、ちょっと早いが、今年の流行語大賞になるかもしれない。

特別背任事件でゴーン氏の拘留理由を開示する手続きが1月8日、東京地裁で行われた。

報道によると、ゴーン氏は午前10時半、425号法廷に現れた。昨年11月19日の1回目の逮捕から初めて公の場に姿を見せたことになる。紺色のスーツにノーネクタイの姿。ネクタイは自殺防止から着用できない。靴も逃走防止から認められず、サンダル履きだった。腰には腰縄、手には手錠がはめられている。頬がかなりこけていた。逮捕されてから51日、この間に体重が10キロほど痩せたという。

■ゴーン氏がどう無罪を主張するかに強い関心

東京地裁によれば、425号法廷の傍聴席は42席しかない。司法記者クラブに加盟する報道各社の記者席やゴーン氏の関係者に用意された席を除くと、一般の人が傍聴できる席はわずか14席。この14席の傍聴席を求めて1122人が東京地裁前に早朝から長い列を作って並んだ。倍率はなんと80倍。

大半は傍聴券を少しでも多く取るためにメディアが集めたアルバイトとみられるが、それでも80倍という倍率は記録的だ。ゴーン氏が自らの口でどう無罪を主張するかに強い関心が集まった証左である。

■「私は無罪」が流行語になるようでは困る

ゴーン氏は傍聴席をゆっくり見渡した後、弁護人の前の席に着いた。その後、裁判官から意見陳述を求められ、証言台の前に進んで立ち、手元のメモを時々見ながら英語で陳述した。意見陳述は通訳も含めて30分間続き、最後にはこう述べた。

「私は無実」
「確証も根拠もなく、容疑をかけられて不当に拘留されている」

断っておきたい。書き出しで、「『私は無罪』は今年の流行語大賞になるかもしれない」と書いたが、決してゴーン氏をほめているわけではない。これはゴーン氏の主張があまりにも単純だったことへの皮肉だ。「私は無罪」が流行語になるようでは困る。

ゴーン氏の意見陳述に対し、裁判官は「関係者に接触するなど罪証隠滅をするに足る相当な理由がある。国外に居住拠点があり、逃亡の恐れもあると判断した」と拘留の理由を説明した。

拘留理由を開示する手続きが終了すると、ゴーン氏は再び護送車に乗せられ、収容先の東京拘置所(東京都葛飾区小菅)に戻っていった。

■ゴーン氏の発言はパフォーマンスに過ぎない

ところで今回のような開示手続きで拘留が解かれるようなことはない。しかも拘留理由開示の手続きの実施は、全国の裁判所で出される拘留決定の0.5%以下と極めて少ない。

それなのになぜ、ゴーン氏は拘留理由の説明を裁判所に求めたのだろうか。

沙鴎一歩の見方はこうである。ゴーン氏が拘留理由の開示を求めたのは、パフォーマンスにすぎない。メディア、とくに特捜部の捜査に批判的なフランスなどの海外のメディアに、捜査の異常さを訴えて自らの主張を誇示し、早期の保釈に向けてアピールしておきたかったのだろう。

事実、傍聴券を求める長蛇の列には海外のメディアも多く見られ、「ゴーン氏、無実を訴える」との報道も大々的に行われた。かなりの宣伝効果があったと思う。

■意見陳述では新しいことは一切、出なかった

法廷が開かれる直前、ゴーン氏の子息がフランスの新聞のインタビューに応え、「父の意見陳述を聞けば、だれもが驚くことになるだろう」と話し、さらに彼は「社会から隔絶された場所から出るのに自白しかないとすれば、悪夢を終わらせる方法を見つけたい」など長期拘留の人質司法に強い疑念も示していた。

だが、ゴーン氏の意見陳述では新しいことは一切、出なかった。すべて報道されていた内容だった。ゴーン氏側はメディアを通じて大衆の感情に直接、訴えたかったのだろう。

ここでこれまでのゴーン氏の容疑を整理してみよう。

ひとつは金融商品取引法違反に当たる有価証券報告書の虚偽(過少)記載容疑。8年間で計約91億円にのぼる。この容疑については、昨年12月10日と今年1月11日に起訴された。

もうひとつが会社法違反の特別背任容疑。ゴーン氏が私的な巨額の損失を日産に付け替えたなどとされるもので、東京地検特捜部は11日に起訴している。

■拘留を延々と続ける捜査手法は曲がり角に

「ゴーン事件」の大きな特徴は、海外からの批判を受けていることだ。日本最高の捜査機関といわれる東京地検特捜部の捜査の在り方が問われている。

これまでの特捜事件は容疑を全面否認している限り、保釈は認められなかった。特捜部と裁判所は一体であるかのようにみえた。

だが、「ゴーン事件」では裁判所が、特捜部の拘留延長の求めに応じなかった。異例中の異例だった。「裁判所が海外からの批判に屈した」などと批判する検察幹部もいた。

検察は海外からの批判に正面から向き合っていく必要がある。公判が始まればなおさらである。保釈を認めず拘留を延々と続ける捜査手法は、曲がり角に来ている。

海外メディアは逮捕後の取り調べで、弁護士を同席させない捜査にも批判の矛先を向けている。

■これからの公判こそ、特捜検察の正念場になる

刑事捜査は、自国の利益を最優先にする外交とは違う。反日感情の強い韓国やしたたかなロシアを相手にする交渉とは異なり、捜査機関自体のバランス感覚が求められる。

あくまでも事実を積み上げ、そこから真実を導き出さなければならない。捜査で明らかになった事実が、法律に違反しているかどうかを一つひとつ見極める必要がある。捜査機関の独断に偏ってはならない。それがバランス感覚である。

内偵捜査からスタートする贈収賄や背任、脱税などのいわゆる知能犯事件は、とくにその見極めが重要になる。

今後始まる裁判では、これまでの特捜部の捜査で得られたいくつもの事実が公にされる。ゴーン氏が虚偽記載や特別背任という罪に問われた理由について、説得力ある事実を示すことができるか。公判こそ、特捜検察の正念場である。

それだけではない。今回は海外からも厳しい目が向けられている。海外メディアを納得させられるだけの事実を示す必要があるだろう。

■「開示手続きは、あくまで裁判ではない」

新聞各紙は、8日の拘留理由開示の法廷から11日の特別背任罪の起訴までの間、すべての全国紙が「ゴーン事件」を社説に取り上げていた。

その中で、説得力があって「おもしろいな」と思ったのは、9日付の産経新聞の社説(主張)だった。「ゴーン容疑者出廷」「真実追求は捜査と公判で」という見出しを掲げ、捜査と公判を肯定する姿勢を明確に打ち出している。しかも海外メディアの批判に屈するなという意味で、これまた明確に検察を支持する。

産経新聞らしいと言えば、それまでなのだが、スタンスを明らかにしてブレない。産経好きな読者はそこにひかれ、思わず納得してしまうのだろう。ただ、こうした産経社説の書きぶりは両刃の剣で、独断と偏見に陥る危険性もある。

産経社説は「日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン容疑者が東京地裁で行われた勾留理由開示手続きに出廷し、『無実だ。不当に勾留されている』などと主張した」と書き出し、その後にこう主張している。

「留意すべきは、これはあくまで裁判ではないということだ」
「裁判とは、検察側、弁護側双方が証拠に基づいて主張を戦わせ、第三者の裁判官が判断を下すものである。真実はどこにあるか。あくまで捜査と公判の行方を見守るべきだろう」

「真実はどこにあるか」。なるほど、これは沙鴎一歩の持論に近いものがある。

■「人生を日産復活にささげた」とゴーン氏

続けて産経社説は指摘する。

「勾留理由の開示手続きは、裁判所が容疑者や被告の勾留を認めた理由を公開の法廷で説明する手続きで、通常は、裁判所が証拠隠滅や逃亡の可能性を指摘するのみである。裁判官が勾留の是非を判断する場ではない」

これもその通りである。開示手続きで拘留が中止されることはまずない。

産経社説は「ゴーン容疑者は意見陳述で『人生の20年を日産の復活にささげてきた』と自負を語り、会社法違反(特別背任)の再逮捕容疑について、その一つ一つを否定した」とも書く。

■「容疑者が外国人であれ、著名な経営者であれ、ひるむな」

産経社説はその後半で、海外メディアの批判にも言及しながら持論を訴える。

「ゴーン容疑者の逮捕、長期勾留に対しては、主に海外のメディアから強い批判がある。勾留理由開示手続きは、そうした海外世論に訴える目的もあったのだろ」
「東京地検はこれまで、こうした批判に対し、『国ごとにそれぞれの制度がある。自分の国と違うからと簡単に批判するのはいかがなものか』と反論してきた」
「国内法に抵触する容疑があれば捜査を進めるのは当然である。勾留についても手続きが適正なものであれば、批判にひるんではなるまい。容疑者が外国人であれ、著名な経営者であれ、それは同様である。真実追求に資する捜査と公判を求めたい」

■特捜部はおごることなく、謙虚に事実を示すべき

いずれも沙鴎一歩の主張に近い。だが、「外国人であれ、経営者であれ、ひるんではならない」とまで特捜部をむやみに擁護するのは、いかがなものだろうか。

東京地検特捜部の検事たちは、聖人君主ではない。裏を返せば、自らの捜査に過信する傾向がある。そこが特捜部の最大の弱点なのだ。

産経社説は12月22日付でも、「東京地検特捜部が勝負に打って出たということだろう。法律違反の疑いがあれば、捜査に全力を尽くすのは当然である。海外メディアの批判などにひるむ必要はない」と書いている。これは12月25日付の記事(「ゴーン氏の拘留延長を続ける特捜部の意地」)で触れた。

今回の事件は海外から注目されている。特捜部はおごることなく、真実を明らかにしようとする謙虚な姿勢をみせるべきだ。その姿勢があって初めて海外からの批判を払拭できる。産経社説はその点を指摘すべきだった。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください