"女らしい業務"から力仕事を希望した理由
プレジデントオンライン / 2019年7月21日 11時15分
後藤麻里●ジェットスター・ジャパン 空港本部 成田空港支店 リーディングハンド。東京都生まれ。2008年、日本外国語専門学校を卒業後、外資系航空会社に入社。10年、国際航空旅客サービスに転職。12年、現社へ転職。15年、同社リーディングハンドに昇格。
■チェックイン業務から「駐機場のプロ」に転身
酷暑の続いたこの夏、成田空港の駐機場の日中の気温もまた、生半可なものではなかった。コンクリートの照り返しで40度を超える日も多く、飛行機が到着すると、排気熱で周囲の温度はさらに上がる。待機用のスペースから空気が揺らめく屋外に出ると、たちまちのうちに汗が噴き出した。
「こういう日こそ、やる気が出ます。いかに素早く仕事を片付けてやろうかって」
後藤麻里さんはそう言うと、白い歯を見せて笑った。その表情は凛々(りり)しく、強がりを言っているようには見えない。ジェットスター・ジャパンで駐機場(ランプ)業務を担当する彼女は、3人1組のチームを束ねる「リーディングハンド」を務める唯一の女性だ。
「大変なのは、暑い日だけじゃないですからね。台風の日も横殴りの雪が降る日も、『時間通りに安全運航』が私たちの役割です」
ランプ業務は「ランプエージェント」と呼ばれる専門職が担っている。航空機の誘導や牽引(けんいん)、荷物・貨物の搭降載、給水や汚水処理――。大手航空会社では分業で行う作業も、LCC(格安航空会社)では作業効率を高めるため、1人で複数をこなす。しかも離発着の間隔が短いため、一連の作業を30~40分で終えなくてはならない。
エンジンの轟音(ごうおん)から鼓膜を守るため、右耳に耳栓、左耳にインカムをはめるのが基本のスタイル。指示や報告のたびに大声を張る。
ジェットスター・ジャパンに入社し、男性中心のランプの現場に飛び込んだのは2012年。26歳のときだった。それまでは羽田空港で、他の航空会社のチェックインカウンターで働いていた。スカートにヒール姿で搭乗客を笑顔で送り出していた彼女が、全く趣の異なるランプ業務に興味を持ったきっかけは、「もっと飛行機の近くで働いてみたい」という素朴な好奇心だった。
「ある日、窓から駐機場を見下ろしていると、彼らがマーシャリング(誘導)したり、見たこともない機材を操る様子が見えて、それが本当にカッコよくて。あの機材を触ったら、どんな気持ちがするだろうと想像するうちに、どんどん憧れが増していきました」
■アザだらけになっても「楽しい」と思えた
ランプ担当の男性に話を聞きにいったところ、「他社には女性もいるらしい」「専門職の訓練は必要だけど、航空専門学校を出ていなくてもなれる」との情報を得た。
「女の人にはきついかもよ」とクギを刺されたが、一気に希望がふくらんだ。そんなとき、インターネットで見つけたのが、ジェットスター・ジャパンの求人だ。11年に日本法人が設立されたばかりで、あらゆる業種で人を募集していたのだ。ランプ業務も「未経験可」とあり、すぐにエントリーした。
ただ、いざ入ってみると、駐機場で働く女性社員は後藤さん1人。「いまは私のほかに女性社員が2名いますが、前の職場の人からは、『本当に大丈夫なの?』と心配されました」と彼女は笑う。
実際、女性ならではの苦労は絶えなかった。最もきつかったのは、「ソーティング」と呼ばれる荷物の搭降載作業だ。旅客機に積まれる荷物の中には、重いもので30kg以上のスーツケースもある。同僚たちは離発着のたびに手際よく積み降ろしをしていたが――。
「最初は、1つ持ち上げるだけでも息が切れちゃって……。次の日には全身が筋肉痛でした」
それが1日に数百個。ただでさえ小柄な彼女には、かなり負荷が大きかった。最初の数カ月は、二の腕がパンパンに張り、足や手がアザだらけになっていたという。
「ただ、仕事自体を嫌になることはなく、それもまた楽しかったんです。慣れてくると、荷物を持ち上げるコツもわかってくる。1つ覚えるたびに進歩していると実感できたからでしょうね」
それに同社へ転職するとき、彼女には心に決めたことがあった。
「絶対に弱気にならない。職場で唯一の女性だからこそ、弱さを見せたくなかったんです。一日でも早く、一マンパワーとして役に立つようになりたい。そればかり考えていました」
■大型車両や特殊な重機の免許を取得
そのために、やるべきことは山ほどあった。まず、ランプ業務をこなすには、数々の資格や免許が必要だ。飛行機を牽引する大型車両、給水や汚水処理用の重機、荷物を運ぶトラクター。さらに、国内空港ではジェットスター・ジャパンだけが導入している特殊な車両もある。
後藤さんはとくに乗り物の操縦が得意だったわけではないが、入社後およそ6カ月で、これらの免許を10種類以上取得した。ほかの男性社員たちとほぼ同じペースで取得できたのは、仕事中に先輩の隣で動きを観察し、業務後も残って重機に乗ったからだ。そうした姿勢を見せることで、彼女は職場に受け入れられていった。
それから6年。今はリーディングハンドに昇格し、2人の男性部下を率いている彼女だが、「まだまだ、一人前とはいえませんよ」と謙虚に話す。
「今後、フライトの数が増えていくので、これまで以上に機転を利かせて業務をこなさないといけません。それに最近は異業種からの転職も多いんです。早く現場に慣れてもらうよう、短く的確に伝える力を身につけたいです」
(プレジデント ウーマン編集部 撮影=冨田寿一郎)
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