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トランプは"テロリスト根絶"に興味がない

プレジデントオンライン / 2019年1月21日 9時15分

昨年限りでたもとを分かったマティス前国防長官(左)とトランプ大統領(写真=AFP/時事通信フォト)

アメリカの同盟国を驚かせた、マティス前国防長官の突然の退任。日本ではその原因を、同盟国重視の「良識派」マティスと「アメリカ・ファースト」のトランプの対立に求める向きもある。だが国際政治学者の篠田英朗・東京外国語大学教授は、「対テロ戦争でもはや勝利を目指さない」というアメリカの根本的な方針転換が、その背景にあると指摘する――。

■政権にとっても痛手のはずだが……

2018年末でアメリカのマティス国防長官が退任した。輝かしい経歴を持ち、尊敬されていた元軍人であっただけに、その衝撃はトランプ政権にとっても小さなものではない。

トランプ大統領は、史上初めて、公職歴を持たず就任した大統領だ。そのためトランプ大統領は、マティス長官に最大限の配慮をしていた。そのことは、例えば一般教書演説の最中に、マティス長官だけを特筆して称賛するなどの過去の振る舞いからも、はっきりしていた。マティスの退任は、大統領にとっても痛手だ。

ただし一部メディアでは、マティスの存在を「良識派」と持ち上げすぎている傾向がある。トランプ政権の迷走ぶりを強調するストーリー展開から、トランプ=狂気、マティス=良識、という人工的な図式をあてはめすぎようとしているように思われる。

確かに人間的な対立もあっただろう。マティスのような職業軍人にとって、破天荒なトランプ大統領が、尊敬に値する人物ではなかったことは間違いない。同盟関係を重視するマティスにとっては、例えば大統領の北大西洋条約機構(NATO)同盟国の扱いは、不愉快なものだっただろう。

だが本質は、そこにはない。結局は、岐路に立つアメリカの対外政策に対する姿勢の根本的な違いが問題だった。

■「対テロ戦争」への姿勢の違い

マティス長官は、2001年9.11以来のアメリカの「対テロ戦争」の中で、職業軍人としての経歴を極めた。2001年アフガニスタン侵攻の「不朽の自由作戦」において、海兵隊でありながら海軍タスクフォースを率いた。2003年イラク戦争では 第1海兵師団を指揮し、ファルージャの戦争にも関わった。そしてジョージ・W・ブッシュ政権下で、大将に進級し、アメリカ統合戦力軍司令官に就任した。NATOの変革連合軍最高司令官を兼任し、ともに戦う同盟国の重要性を再認識したとされるのは、そのときである。「Mad Dog」と異名をとったマティスの経歴は、「対テロ戦争」強硬派の職業軍人のものである。

マティスをアメリカ中央軍(CENTCOM)司令官に指名したのはオバマ大統領だが、イラン核合意に反対したマティスは、オバマ政権から疎まれ、解任された。こうした経緯から、マティスは、オバマ政権に批判的な保守強硬派の英雄のような存在になり、トランプ大統領も目をつけるようになった。

強硬な対テロ戦争の遂行者としてのマティスの信条は、トランプ大統領の政治姿勢と必ずしも矛盾はしない。トランプ大統領も、国防の重要性を掲げている。オバマ政権のイランへの融和的な姿勢には批判的であり、テロ対策では強硬路線を標榜している。

しかし「対テロ戦争」を半ば文明論的に捉える発言歴があるマティスに対して、トランプ大統領はもっと実利的だ。大統領は、アメリカ本土の安全を最優先しつつ、効率的なやり方で安全保障政策を遂行することが合理的だと確信している。

そのことが、対シリア政策と対アフガニスタン政策で明らかになった。マティス辞任の決定的要因となったのは、トランプ大統領がシリアからの米軍の撤退を決めたこと、そしてアフガニスタンの米軍の大規模削減を決めたことだという。

結局のところ、マティス長官とトランプ大統領との間の対立は、「対テロ戦争」をどのように遂行していくのか、という路線対立の問題であった。マティス長官は、いわば積極介入主義を標榜していたが、トランプ大統領はそうではなかった。大統領は、「対テロ戦争」を継続するつもりではあっても、より少ないアメリカの負担でそうしたい、と強く願っている。

就任から2年間、ともに「対テロ戦争」を戦い抜く立場からマティス長官を重用し続けたトランプ大統領だったが、これから次の大統領選挙に向かってより自分らしい成果を作りたい段階に入り、マティス長官の意見に耳を傾ける動機が薄れてきた。介入主義的な部分の外交政策を修正する段階に入った。そこで両者が協働することが、決定的に困難になった。

■目下のシリア情勢と米軍撤退の意味

2000人という限定的な関与であっても、シリアにおける米軍の存在は、軍事的にも政治的にも大きな意味があった。その一方で、果たして2000人の米軍を置き続けることが、合理的かどうかは、疑問の余地があった。

撤退の支持者は、イスラム国(ISIS)を組織的に壊滅させたことにより、米軍をシリアに駐留させる目的は達せられた、継続維持の必要性はない、と考える。

これに対して撤退の批判者は、ISIS系の勢力は残存している、と主張する。そして、アサド政権とその後ろ盾のロシアの影響力の拡大、さらにはイランの影響力の拡大を許してはならない、と考える。

トランプ政権は、トルコの影響力の拡大を支えることを、ある種の対抗措置にしようとしているようだ。シリアでは、サウジアラビアの影響力が弱い。カショギ氏殺害事件で、サウジアラビアのムハンマド皇太子の権威も失墜している。これに対して、反アサド政権勢力の最後の砦となっているイドリブへの総攻撃を回避させたロシアとの合意でも、トルコはあらためて存在感を誇示したところだ。ISIS勢力の掃討を相当程度にトルコに任せる形で米軍の撤退を実現させようとするトランプ大統領の路線は、米軍撤退後のロシア、イラン、アサド政権への牽制でもある。

ただし米軍の撤退は、クルド人勢力が駆逐される懸念をかきたてている。アサド政権、イラン、そしてトルコは、クルド人勢力の駆逐という点で、利害関心を一致させる。クルド人勢力の地上部隊(People’s Protection Units:YPG)は、航空戦力中心の米軍のISIS掃討作戦において、不可欠の要素であった。クルド人勢力を排除する形で進むシリア戦争の収束は、アメリカの将来の介入の足掛かりの消滅を意味する。

クルド人勢力の問題は、イラクにおける米国の政策とも大きく関わる。1991年湾岸戦争で多国籍軍を主導して大勝利を収めたアメリカが、再びイラクを攻撃することになった背景には、クルド人勢力を見捨てたことへの道義的な負い目もあった。今後、クルド人勢力が迫害の憂き目にあうことがあれば、トランプ政権は苦しい立場に陥る。

結局、マティス路線とトランプ路線の違いは、外交政策の妥当性の判断の問題であり、どちらかが「狂気」で、どちらかが「良識」というほどのものではない。

■タリバン伸長のアフガンでも兵力半減へ

トランプ政権発足後、アフガニスタンに駐留する米軍は増強された。現在の1万4000人という規模は、オバマ政権末期の公式の数字と比すると、倍増に近い数だ。現在、トランプ大統領は、これを半減させる計画を持っているという。これは、いわばマティス長官の路線で増強したアフガニスタンの米軍の規模を、それ以前の規模に戻そうとするものだ。

アフガニスタンではタリバン勢力が伸長し、カブールのガニ政権は追い込まれている。和平合意の機運が高まっていると宣伝している向きもあるが、現実的な見込みはない。勢力を拡大させ続けているタリバンの側に、和平合意に応じる動機付けは乏しい。タリバンが関心を持つ要素があるとすれば、外国軍の完全撤退をガニ政権側が受け入れることだろうが、それは政権側にとって自殺行為に等しい。

2017年の米軍増派は、和平合意交渉に引き出すためにも、一時的であればタリバン側に軍事的な打撃を与えることが必要だという見込みにもとづいてなされた。しかしそのもくろみは失敗した。タリバン側の勢力は、衰えるどころか、むしろ拡大した。

ISIS-K(イスラム国ホラサン)の台頭によって勢力を減退させたタリバンが、一気にその勢力を復活させたのは、ISIS-Kの伸長を恐れたロシアやイランがタリバン支援に動いたからでもある。アフガニスタンにおけるアメリカの影響力の減退は、またしてもロシアやイランに好都合な状況を作り出す。

7000人の規模に戻した場合、米軍に行うことができるのは、せいぜい無人機などを使った限定的な航空戦力の提供と、政府軍支援くらいだろう。ガニ政権は、カブール及びその他の幾つかの主要都市の防衛に専心せざるをえず、アフガニスタン情勢の劇的な展開は見通せない。

しかし、そうだとしても、1年以上にわたって増派の効果を見極めたうえで、最低限の規模に戻すというトランプ大統領の判断は、必ずしも破綻したものとは言えない。単に現実を見据えた対応であるにすぎない、とも言える。

やはりマティス路線とトランプ路線の対立は、「対テロ戦争」を遂行するにあたっての姿勢の問題であり、どちらかが正しく、どちらかが間違っている、というほどのものではない。

■アメリカの介入主義の終わり

マティス長官の退任は、トランプ政権内部の最も介入主義的な部分の減退を意味する。今後の外交政策に大きな影響を及ぼすだろう。

ただしだからといってトランプ大統領が「対テロ戦争」から全面的に撤退するわけではないだろう。いわゆる「孤立主義」の純粋な形に進もうとしているわけでもない。

マティス長官は、「対テロ戦争」におけるアメリカの勝利を目指し続けていた。テロリスト勢力の完全な駆逐を目指し続けていた。トランプ大統領は、そのようなものは目指していない。アメリカ本土への攻撃を行う余裕を与えない程度に、テロリスト勢力の伸長を警戒するが、それ以上の目標を掲げて政策を遂行することはしない。

今後は、中国への警戒心を露わにした演説を行ったマイク・ペンス副大統領の影響力が一層高まると思われる。中国とにらみ合い続けるための外交政策に、より多くの資源が投入されるということだ。アメリカとともにインド太平洋戦略を掲げて中国をけん制する日本にとっては、より構造的な課題を見据えた外交が求められてくる。

今後もアメリカは、「対テロ戦争」は続行する。ただしアメリカは、それを介入主義的ではないやり方で、もはや勝利を目指さないまま、続行することになるだろう。

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篠田英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社)、『ほんとうの憲法―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。

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(東京外国語大学教授 篠田 英朗 写真=AFP/時事通信フォト)

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