地味な喫茶店がカンブリアに出られたワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月17日 23時15分
■長期に密着取材する「カンブリア宮殿」
「カンブリア宮殿」という、テレビ東京系の経済情報番組がある。
2006年4月から始まり、今年で14年目の長寿番組だ。毎週木曜日の夜10時から放送され、作家の村上龍氏と女優の小池栄子氏が進行役を務める。企業に密着取材した様子をVTRにまとめ、そのうえで経営者らに話を聞く。
1月17日の放送では、茨城県に本店があるサザコーヒーの鈴木誉志男会長(以下、鈴木氏)と、息子の鈴木太郎副社長(以下、太郎氏)が登場した。テレ東の看板番組であり、企業選定の基準は厳しい。密着取材は数カ月にわたる。それだけの長期取材に耐える「ネタ」がなければ、放送には至らない。
筆者は7年前からサザコーヒーに注目し、取材を重ねてきた。その成果は、このプレジデントオンラインや雑誌「プレジデント」などで報じている。サザコーヒーは地方の個人店(個人経営の店)だが、複数の担当編集者が経営理念や企業姿勢に共感し、筆者の企画を取り上げてくれたのだ。その結果、「カンブリア宮殿」に登場するまでになった。
■「おいしいコーヒー」にこだわり、半世紀続いた
今回、サザコーヒーに経済番組が注目した理由を考察すると、次の5つの点に整理できるように思う。
(2)毎年「パナマ・ゲイシャ」など世界最高級のコーヒー豆を落札
(3)コロンビアで自社農園を20年運営し、近年は品評会で優勝や入賞を果たす
(4)「おいしいコーヒー」を追求し続ける
(5)創業50年、昔も今も人気が続く「老舗喫茶店」
(1)から(3)はここ10年余の「成果」で、プレジデントオンラインでも紹介してきた。だが、それを培ったのは(4)と(5)の「本質」だ。今回はここを中心に紹介したい。半世紀の間、喫茶店の基本である「おいしいコーヒー」にこだわった結果、注目メディアが増えたのだ。
そもそも、日本でコーヒーが一般人の飲み物として浸透したのは、戦後の高度成長期以降になる。「不易流行」の視点でいえば、時代とともに「消費者が好むコーヒーの味」は変わるが(流行)、コーヒー好きな人が「おいしいコーヒーを飲みたい」思いは変わらない(不易)。後述するサザの目立つ活動も、ほとんどがコーヒーについてだ。店が長年続いたのは、基本の軸足を踏み外さなかったのが大きい。
■いわば「昭和の喫茶店マスター」の出世頭
サザコーヒーの開業は1969年で、日本は高度経済成長期だった。喫茶店も「町の個人店」が中心の時代。当時は個人で開業する人が多く、男性店主は「マスター」、女性店主は「ママ」とも呼ばれた。
店主と常連客との人間関係は今よりも濃密で、「みんなで温泉旅行に行って親睦を深める」といったことも珍しくなかった。企業系のコーヒーチェーンが増えるのは1970年代からで、「ドトールコーヒーショップ」の出現は1980年、「スターバックス」上陸は1996年だ。
だが、昭和時代に人気を呼んだ多くの個人店は残っていない。理由はさまざまだが、多かったのは、業績の下降と後継者の不在。特に店主や常連客の高齢化によって、店を閉じた。
つまり、鈴木氏が会長、妻の美知子氏が社長を務めるサザコーヒーは、昭和の「喫茶店マスターとママ」の出世頭なのだ。なぜ出世頭になれたのか。
■「コーヒーへのこだわり」と「話題性」
それは「コーヒーへのこだわり」(モノづくり)と、「話題性のある仕掛け」(コトづくり)の両輪が機能した結果といえよう。手法はビジネススクール的ではなく、商人道に近い。
鈴木氏はもともと映画館経営者の息子として育ち、現在のサザコーヒー本店(ひたちなか市)は「勝田宝塚劇場」という映画館だった。大学卒業後、東京楽天地に就職して映画の興行プロデューサーを数年務め、帰郷して映画館の一角に「7坪・15席の店」を開いた。
「映画が斜陽産業となり、その打開策として喫茶店を始めた」と鈴木氏は語る。半世紀の間、喫茶店一筋ではなく、若い頃はラーメン店も経営した。コーヒーの焙煎を専門誌で勉強し、海外の生産地も訪問。地元・ひたちなか市の煎餅店で焼き方を学んだ時期もあったという。
サザコーヒーは100種類を超えるコーヒー豆を販売している。「徳川将軍珈琲」や「五浦(いづら)コヒー」など話題性のあるコーヒーのほか、現在最高級のコーヒー豆「パナマ・ゲイシャ」も扱う。ゲイシャに目を付けたのは太郎氏だ。日本人として最も早い時期にゲイシャの価値を評価しており、いまでは海外の品評会に国際審査員として招かれている。そうした新しもの好きの社風に、コーヒー好きの若手社員が集まるようになった。
商品開発や話題性については、鈴木氏の次の言葉が興味深い。
「東京楽天地時代、映画館にお客を呼ぶためには、話題性をつくることの大切さをたたきこまれた。公序良俗に反しない限りは何を仕掛けてもよい、という教えでした」
「映画が人々にもたらすものには、感激と感動があることを知りました。『感激』は画面が直接もたらすもの、『感動』は見終えても余韻として残るもの、といえます。映画人時代の経験をコーヒーの仕事にも応用しているのです」
■「派手な動き」の父子を支える人たち
「カンブリア宮殿」では、そうした鈴木氏と太郎氏の活動に焦点が当たったが、それができるのも舞台裏の役者(従業員)の存在あってのことだ。
あまり表舞台に出てこない社長の美知子氏だが、「本店がきちんと機能するのは妻(母)の存在が大きい」と鈴木父子も一目置く。本店には約100坪の中庭があるが、ほぼ毎日、そこを清掃するのは美知子氏の役割だ。東京など離れた場所で勤務する店舗スタッフも、本店研修時に黙々と庭を掃除する社長の姿を目にしたという。
本店の従業員は女性が多く、店長は吉成百合子氏。パート勤務から社員となり、店長となった。副店長は20代の遠西由佳氏だ。JR勝田駅に近い「勝田駅前店」も、スタッフはほぼ全員が女性で、20代の松田奈子(なみ)氏を中心に運営する。サザコーヒーの店には男性スタッフもいるが、筆者の取材経験からは「女性が運営するカフェ」という印象が強い。
一方、コーヒーの焙煎業務は黒澤順一氏、輸入業務は石原俊太郎氏という40代男性が中心となって行う。「コーヒー文化学会副会長」(鈴木氏)、「日本スペシャルティコーヒー協会理事」(太郎氏)といった社外活動を行う父子の足元を、こうしたスタッフが支える。
■「カンブリア宮殿」の放送後こそ正念場
在京キー局の地上波の経済番組で紹介されたサザコーヒーは、前途洋々に見えるが、筆者は、しばらく「正念場」が続くと思う。
番組の反響が高ければ高いほど、新規のお客さんが店に殺到する。その時に、今までと変わらない接客、いつものコーヒーや飲食を提供してお客さんを満足させられるか。
たとえば、サザのコーヒーは85℃の温度で提供される。これは試行錯誤した末に生み出された同社流の「適温」だが、コーヒーは嗜好品で好みも人それぞれだ。冬の時期にもっと熱々のコーヒーが飲みたい人もいる。混雑した店で行列になった時、席を待つお客さんから苦情が出るかもしれない。
「そうした懸念は社内でも持っています。テレビで取り上げられる機会が増えた今、基本に立ち返って、謙虚な商売や仕事をしなければなりません」(営業部長の小泉準一氏)
■「不満はネットで万里を走る」
すっかり社会生活のインフラとなったインターネットの存在もある。「悪事千里を走る」ということわざに倣えば、ネット社会の現代は「不満はネットで万里を走る」だ。
ここでいう「不満」には、根拠のない話や嫉妬も含まれる。有名になるほど、そうした反発も高まることが多い。その対抗策は、地道な営業を続けることしかないだろう。
創業50年という歴史の中には、何度かの正念場や土壇場もあったはずだ。サザコーヒーの店名の由来である「且座(さざ)」は、もともと茶道の言葉で、「座って茶を飲みましょう」の意味だと聞く。お客さんに心地よく「お茶を飲んでいただく」店としてあり続けられるのか。今後も同社の活動を見つめ、折に触れて報じていきたい。
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経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之 写真提供=サザコーヒー)
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