相続争いの火種"不動産鑑定"ここでモメる
プレジデントオンライン / 2019年2月2日 11時15分
■「結果が違うのは、ある意味で当然」
遺産分割協議において、遺族の“分け前”に直結する不動産の価値の見積もりは火種になりやすい。誰に頼むのかは大問題だ。単純に相談できるのは不動産業者。マーケットにも通じているし悪くない選択だが、不動産業者の査定は売却の売値を決める価格なので、法的な責任は問われない。
「相続人の親族間の仲がうまくいっていれば、それでもお互い納得するのでしょうけど、こじれて裁判になれば、不動産鑑定士に依頼するしかありません」
大手デベロッパー出身の渡辺晋弁護士が言う。
不動産鑑定士は「不動産の鑑定評価に関する法律」に基づく国家資格。不動産の経済価値についての専門家だ。依頼料が数十万円から100万円超とあって、国土交通省などの公共機関や金融・デベロッパーなど民間企業が主な依頼者だが、相続を争う裁判ではしっかりした「鑑定評価額」が必要となるため、個人でも弁護士、税理士、司法書士など士業経由で依頼が舞い込むケースもあるという。
匿名の不動産鑑定士(A氏)が語る。
「依頼してくる個人の方の多くは、地主さんなど大きな資産のある方ですが、普通の方からも『きょうだい間でもめているので、実家の不動産を鑑定してほしい』という依頼はあります」
不動産鑑定士は、現地調査や資料収集から分析・作成した「不動産鑑定評価書」を依頼者に発行する。そこには、客観的な立場から理論的に算出した「鑑定評価額」が記載される。この鑑定評価額が、裁判の行方を大きく左右することになるわけだ。
しかし、一般に馴染みの薄い不動産鑑定士の「評価額」は、いったいどれだけ信用できるものなのだろうか?
■依頼者への“忖度”はあるのか?
相続争いの裁判では、「一方が出した鑑定評価額に相手方が納得せず、別の鑑定評価額を提出することがある」(アクト法律事務所・岩井重一弁護士)が、この2つの金額は往々にして一致しない。渡辺氏は、
「鑑定の手法自体は国土交通省の『不動産鑑定評価基準』である意味確立されていますし、不動産鑑定士の方々は、個々の事柄にものすごく精緻で理論的です」
と言うが、調査で得た材料のどれをどう使うかは、専門家としての彼らの裁量に委ねられる。入手する資料、地域の状況や市場の将来動向、不動産の競争力や収益性を分析・判断する知識や経験には、必然的に個人差がある。「不動産鑑定士によって結果が違うのは、ある意味で当然なんです」(渡辺氏)。
価格差が出やすいのは、どんなポイントか。
「差が出るのは、定量化されている駅への距離や道路の幅等ではなく、不動産鑑定士の主観が入ってくる項目。例えば住環境や、商業地の栄え方などは、価格で5%、10%といった差をつけるような客観的な基準がありません。この辺りの違いが細かく積み重なって、だんだん差が広がってしまう」(A氏)
一定規模の大きな更地や、道路に面していない旗竿物件、近くに墓地や火葬場、ゴミ置き場といった忌避施設がある土地などは評価が難しい(表参照)。
さらに気になるのは、“森友問題”ではないが、依頼者への忖度だ。依頼者から相続争いの背景を聞く過程で、その意向はどうしても耳に入ってしまう。不動産を相続する人は低く評価してもらいたいし、代償金をもらう人は高く評価してもらいたい。それぞれの意向に沿った“配慮”が働いてしまうのでは? という疑問が湧く。
■依頼者プレッシャー通報制度の存在
「クライアントの立場で動くことはありうる」という岩井氏に対し、先のA氏は「監督官庁や税務署等の第三者に鑑定評価書の内容を確認されるケースもあるので、説明のつかない配慮はいたしません」と断言する。日本不動産鑑定士協会連合会は2012年、「依頼者プレッシャー通報制度」を設け、依頼者から不当な働きかけを受けた場合は同協会に速やかに通報・調査請求するよう呼びかけているが、想定しているのはもっぱら公共機関や民間企業から請け負ったケースのようだ。
相続争いの裁判において、双方の主張する評価額に差があって決着がつかない場合は、裁判所が指定した不動産鑑定士が登場する。都合3名分の「不動産鑑定評価書」が法廷に持ち込まれるわけだが、その最後の1人の鑑定が「尊重されて」最終的に決着がつく。
“最後の1人”の選び方については、「最高裁として何らかの基準は持たず、候補者の資格・勤務経験などについても同様」(最高裁判所広報課報道係)で、個々の事案ごとに裁判官らが適任者を選んでいるという。
「結局、不動産鑑定士を信用しなかったら、不動産取引、今の社会の仕組みが成り立ちませんからね」(渡辺氏)
差額はともあれ、裁判所の仲裁であれば納得するほかない、というわけか。
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山下・渡辺法律事務所
1956年、東京都生まれ。80年一橋大学法学部卒業、三菱地所入社。89年司法試験合格。90年退社。92年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。著書に『最新 借地借家法の解説』ほか。
アクト法律事務所
1945年、長野県生まれ。68年中央大学法学部卒業。69年司法試験合格、72年弁護士登録。2004年東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。著書に『日本人の心得―裁判員になったら読む本』ほか。
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(篠原 克周 撮影=初沢亜利 写真=PIXTA)
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