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寝たきりの人は"帰還直後の宇宙飛行士"

プレジデントオンライン / 2019年2月3日 11時15分

写真=iStock.com/bee32

頑固になった、キレやすくなった……。そのとき「年寄りはそういうものだ」とあきらめてはいけません。対処が遅くなれば、事態はより悪化します。今回、3つのテーマに応じて、専門家にアドバイスをもとめました。第2回は「運度不足で寝たきり」について――。(第2回、全3回)

※本稿は、「プレジデント」(2018年9月3日号)の掲載記事を再編集したものです。

■宇宙飛行士も寝たきりと闘っている

金井宣茂宇宙飛行士が、国際宇宙ステーションでの半年近いミッションを無事に終えて、2018年6月に地球に帰還したことは、皆さんもニュースなどでご存じでしょう。金井宇宙飛行士は地球に帰ってきてから、宇宙航空研究開発機構(JAXA)筑波宇宙センターで約3週間、身体機能のリハビリテーション(以下、リハビリ)に取り組みました。

日本人宇宙飛行士のリハビリは、これまでは主にNASA(米国航空宇宙局)が主導して行っていたのですが、徐々にJAXAの主導で行うようになり、リハビリ科専門医を長年務めてきた私も宇宙飛行士のリハビリを担当しています。

ところで、宇宙飛行士になぜリハビリが必要なのか、疑問を持つ人もいるかもしれません。宇宙飛行士は、基本的に若くて健康な人間しかなれないし、大ケガをして地球に帰還するわけでもありません。実は、無重力(厳密には微小重力)の宇宙空間に長期滞在すると、いわゆる老化と同じように身体機能が低下する加齢現象を起こします。

■宇宙では筋肉や骨は衰えてしまう

皆さんの中には、地球に帰還したばかりの宇宙飛行士が周りの人に体を支えてもらいながら移動している姿を見たことがあるかもしれませんが、それは一種の加齢現象も影響しています。地球上では、体に重力がかかっているため、体を支えながら自由に動き回れるように筋肉や骨の量や質を一定に維持しようと体が働きます。

ところが、宇宙空間では体にほとんど重力がかからないため、特に体を支えようとする筋肉や骨はあまり使われなくなり、衰えてしまうわけです。宇宙旅行がこれから実現していくといわれていますが、医学的にみれば、まだまだ解決しなければならない課題は多くあるのが実情です。

宇宙飛行士は身体機能の低下を防ぐため、国際宇宙ステーション滞在中に1週間に6回、1回当たり2時間半程度のトレーニングを欠かしません。それでも筋力は半年で10~20%減少するので、地球に帰ってきた直後は、自力で立って歩くことが困難になります。そのため、リハビリをして筋肉や骨をほぼ元の状態まで回復させる必要があります。

■宇宙飛行士と高齢者の共通点とは

宇宙飛行士の地球帰還後の状態に似ているのが、実は、寝たきりの人に大きく関わっているといえる「廃用症候群」です。横になったまま体を動かさないでいた結果、宇宙空間に長期間滞在したときと同じように、筋肉が萎縮して骨量も減少してしまいます。廃用症候群によって、自分で体を起こすことができなくなるという悪循環に陥り、さらには心肺機能や認知機能が低下するなど、全身にも悪影響を及ぼしていきます。廃用症候群は、大ケガ等で長期入院していた若者でも起こりますが、高齢者に認めやすいです。

日本人は世界有数の長寿国(平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳)ですが、元気に生活できる、いわゆる「健康寿命」とは約10年前後の乖離があるといわれています。つまり、平均寿命と健康寿命の間の約10年間は、寝たきりの状態を含め日常生活が制限されているというわけです。

高齢者が寝たきりになる要因の代表的な疾患としては、脳卒中後遺症や認知症、転倒による骨折などが挙げられます。リハビリ科専門医の視点に立つと、脳卒中や骨折で入院を余儀なくされても、正常な身体機能の廃用が進行しないうちに、なるべく早期からリハビリを行うことで寝たきりを防ぐことは可能です。皆さんもご両親や身近の方が脳卒中になったり、骨折してしまったりした場合、ぜひ早期からのリハビリを勧めてください。

ただし現在の医療では、原則として患者さんが元通りに動けるまで入院することは推奨されておらず、居宅や施設である程度の生活ができるような目途が立つと退院の説明が始まり、在宅や施設でもリハビリを続けるよう指示されます。そのため、実は在宅や施設でリハビリをきちんと続けられるかどうかが、寝たきりになるかどうかの人生の分かれ道になる場合も少なくありません。

■高齢者もできる、宇宙飛行士流トレーニング

当たり前のようですが、寝たきりを予防するリハビリの大きな柱をなすものに運動と食事が挙げられます。今回はこの2つ、特に運動について触れたいと思います。

宇宙飛行士のリハビリには特殊な運動機器やプールなども使っていますが、今回はいつでも、どこでも、手軽にできるトレーニング法を4つご紹介します。体力に自信がない高齢の方であっても取り組みやすいように自身の体重と椅子のみを使う医学的研究に基づいたトレーニング法です。私が長年勤務していたクリニックでも患者さんに勧めてきました。宇宙飛行士のリハビリに取り入れることを検討中のものもあります。

今回取り上げるトレーニング法は、下半身と体幹の筋肉、とりわけ、人間が直立歩行したり姿勢を保ったりするための「抗重力筋」の筋力強化に役立ちます。また、比較的継続しやすい運動として考えれば、骨粗しょう症の予防にも効果的であると言えます。

「スクワット」は、主に太ももから腰部にかけての大きな筋肉を鍛えるトレーニング法です。写真のように椅子の背もたれに手を置いて行えば安全であると同時に、体の重心をコントロールしやすくなります。「カーフレイズ」は、ふくらはぎの筋力増強に効果的で、ひざ痛の人でも簡単に行えます。「ニートゥーチェスト」は座りながらできる腹筋のトレーニング法です。負担が軽いと思える方は、両足を揃えて動かすとより効果的ですが、片足ずつの運動でも十分です。

■トレーニングは週2~3回程度で効果を出すことが可能

「プランク」は、背筋や腹筋を中心とした体幹の筋肉に対して効果的で、実際に宇宙飛行士もリハビリで取り組んでいます。ただ、強度を高めようとして、姿勢を保つ時間を長くすると、かえって負荷がかかりすぎる場合もあるので注意しましょう。30秒以内に留め、きついと感じた方は20秒程度でもいいでしょう。無理をしすぎないことも大事なトレーニングの考え方です。

最初の3つのトレーニング法では、自身の体重を利用して、1方向あたりの動作を4秒ほどかけてゆっくり行うことと、動作の切り替え時に1秒しっかりと止めることが大事なポイントです。特に「スクワット」では、ひざ関節を伸ばしきらないことが大変重要なポイントです。

このような一連のポイントを押さえることで、筋肉中の血流が制限され、成長ホルモンの分泌も高まり、筋肥大が促進されます。トレーニングは週2~3回程度で効果を出すことが可能です。できれば、休みの日を挟みながら行うのがいいでしょう。体が痛いときや体調が悪いときは、無理をせずに休みを取りましょう。

次に食事についても、簡単にご説明します。筋肉を増やすなら、原料となるたんぱく質を肉や魚、大豆などから摂りましょう。骨を丈夫にするなら、骨の成分であるカルシウムも牛乳や乳製品、小魚などから摂取しましょう。キノコや魚などに多く含まれるビタミンDを併せて摂ってはじめて、カルシウムがスムーズに体内へ吸収されます。

これらの栄養素は食品から摂るのが望ましいのですが、どうしても不足していることが明らかであれば、サプリメントからの摂取を検討してもいいかもしれません。ちなみに宇宙飛行士が国際宇宙ステーション内で口にする宇宙食は、これらの栄養素をしっかりと摂取できるように管理されて作られています。

■これから解明! 宇宙にある健康長寿のヒント

私はJAXAのフライトサージャン(航空宇宙医学専門医)として、リハビリ医学の専門性を活かした宇宙飛行士の健康管理に取り組んでいますが、宇宙医学の見地から得られた成果を地上での寝たきり予防に活かす視点は大変重要だと感じています

。宇宙飛行士は比較的年齢が若く、国際宇宙ステーションに滞在中も作業が多いことから、例えば廃用症候群の一部である「関節拘縮」(関節が硬くなり動かしにくくなること)を認めることはあまりありません。ただ、一部の宇宙飛行士の実感として、体幹の筋肉が硬くなった感じがあるようです。

このように宇宙飛行士の一言一句を拾える健康管理は、フライトサージャンにとっての大事な任務です。そして、その一言一句の中に宇宙飛行士の健康管理をよりよくするヒントが隠れているはずです。宇宙医学の見地から得られる積み上がった成果が、ひいては地上に住む多くの人類の健康長寿につながっていくと考えています。

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速水 聰
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)主任医長
リハビリテーション科専門医。リハビリ専門クリニック等での勤務を経て、現在はJAXAで宇宙飛行士のリハビリ等の健康管理を担う。
 

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■▼JAXA医師が教える寝たきり予防トレーニング

(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)主任医長 速水 聰 構成=野澤正毅 撮影=岡田晃奈 写真=iStock.com)

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