JOC竹田会長"贈賄疑惑"は仏の報復なのか
プレジデントオンライン / 2019年1月19日 11時15分
■不正を全面否定する文書を読み上げ、すぐに退席
わずか7分の記者会見には唖然とさせられた。国内外の報道機関70社、記者やカメラマンら140人を集めながら、一切質問に応じずに終わらせてしまう。集まった報道陣の背後に多くの読者や視聴者がいることを考えないのか。記者会見によって社会に訴える術があることを知らないのだろうか。
東京五輪の招致活動をめぐる不正疑惑で1月15日、当時の招致委員会理事長だった竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長(71)が東京都内で記者会見した。フランスの検察当局は、竹田氏が贈賄に関与したとの容疑で本格的捜査に乗り出している。これに対し記者会見を開いた竹田氏は、不正を全面否定する文書を読み上げただけで、そのまま会場から姿を消してしまった。文書は竹田氏の一方的な言い分だった。
この日、ニュース番組では、報道陣から「質問を受けて下さい」「なぜ答えないのですか」という声が次々と上がって騒然とする会見場の様子を放送していた。
■「7分会見」の竹田氏は甘くて愚かだ
実は、記者会見直前の15日未明にJOC広報からメディアに「フランス当局が捜査中なので質問を控えてほしい」という内容のメールが届いていた。さらに会見でも再度、同様の内容が告げられた。
質疑応答を行わない旨は、事前に通知されてはいた。とはいえ、たった7分で会見を打ち切るのは非常識だ。捜査中だから対応できないというのは逃げの常套句だ。なぜ、きちんと説明責任を果たそうとしないのか。これでは世論の反発を買う。立場を悪くするだけである。日本国内だけではなく、世界が注目している。国際世論は国内の世論以上に手厳しい。「旧皇族で明治天皇のひ孫」という血筋に甘えたのか。竹田氏は甘すぎる。
せっかく大勢の報道陣が集まったのだから、それをテコに自らの正当性を伝える絶好のチャンスだった。きちんとアピールできれば、世論が味方に付いてくれたかもしれない。竹田氏は愚かだった。
■「フランスの報復説」が浮上しているが……
冒頭部分でフランスの検察当局が本格的捜査を始めたと書いたが、フランスでは検察の予備的捜査を経た後に重大な事件と判断されると、今度は判事が公判前に自ら捜査する「予審」という手続きに入る。判事はこの予審を経て容疑者を刑事裁判の被告として起訴するかどうかを決める。
フランスの有力紙ルモンドなどによると、フランスの検察は昨年12月10日に予審の手続きに入った。竹田氏には東京への五輪招致が決まる直前、日本円に換算して2億3000万円の不正なお金が動く贈収賄事件に関与したとの容疑がかかっている。
そこで浮上しているのが、フランスの報復説である。日産自動車のカルロス・ゴーン前会長に対する日本の検察の捜査に対し、フランスの検察当局が反発して竹田氏を血祭りに上げようと画策しているとの見方だ。
■捜査協力を求めた相手国の邪魔をするとは考えづらい
しかしこの報復説は筋違いで、間違っている。
なぜなら本格的捜査の予審手続きに入ったのは、贈収賄という強い事件性を認識したからだ。司法制度が確立した国であれば、本格的捜査に着手するは当然だ。
フランスの検察当局が東京五輪招致疑惑の捜査に乗り出したのは、遅くとも2016年である。ゴーン氏が逮捕されたのは昨年11月だ。フランスは3年という長い時間をかけて疑惑解明の捜査を続けてきたわけで、ここにきて急に捜査に着手したわけではない。
しかも2017年2月には、東京地検特捜部がフランスの検察からの捜査共助の要請を受け、竹田氏に対して事情聴取を行っていたことが判明している。協力を求めた相手国の捜査機関の足を引っ張るような行為を先進国のフランスがするだろうか。フランス政府は反日感情を煽る韓国政府やしたたかな外交を展開するロシア政府とは違う。
最近、フランス政府は自国の大手自動車メーカーのルノーに対し、会長兼最高責任者(CEO)にとどまるゴーン氏を解任するよう求めたという。日本の検察の捜査にフランス側が理解を示した結果の動きだと思う。
注意しなければならないのは、フランスと日本の司法制度の違いである。フランスでは民間同士の賄賂に関しても贈収賄罪が成立する。そこがJOCにとって大きな落とし穴となる可能性が強い。
■2億3000万円で開催地を決めるための票を買収か
そもそも竹田氏に対する不正疑惑は、どこから火が点いたのだろうか。その導火線をたどってみよう。
これまでの報道を総合すると、端緒はロシアの組織ぐるみのドーピング問題だった。フランスの検察当局は2015年にセネガル人で国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏とその息子がドーピングを黙認する代わりに多額の現金をロシア側から受け取っていた容疑で捜査を始めた。
IAAFの本部がモナコにあったことなどからモナコと密接な関係にあるフランスの検察当局が捜査を担当。その捜査の過程で東京五輪の招致疑惑が出てきた。ラミン氏は日本が招致活動を行っていた時期、国際オリンピック委員会(IOC)でかなり力のある委員だった。
フランスの検察当局は、竹田氏が理事長を務めていた東京五輪招致委員会が2013年、シンガポールのコンサルタント会社に2億3000万円を支払い、その一部がラミン氏側に渡り、東京でのオリンピックの開催を決める票の買収に使われたとみている。東京開催が決まったのはこの2013年だった。
竹田氏はコンサルタント会社と契約して、2億3000万円を送金したことを認めてはいるものの、「契約は一般的なものだ」と正当性を強調。2016年9月1日には、JOCが調査チームの報告書を公表し、「契約に違法性はない」と結論付け、不正疑惑を否定した。竹田氏は2017年と昨年12月10日の計2回、フランス検察当局から事情聴取を受けている。
今年1月15日の7分記者会見も、この報告書に基づいて自らの正当性を主張するものだった。
■「可能な限り質疑に応じるべきだった」
新聞各紙の社説は問題の7分会見をどうみているのか。1月16日付の読売新聞の社説はこう指摘する。
「五輪招致に関する疑惑が払拭されていない以上、丁寧な事情説明が必要となる」
「相場よりかなり高いとされる、2億円余の支払いは適正だったのか。コンサル会社は、それに見合うどんな活動をしたのか。こうした疑問点について、16年の調査報告書は説明が不十分だった。より明確な回答が求められよう」
そのうえで主張する。
「それにもかかわらず、竹田氏の会見は、質問を受け付けず、書面を読み上げるだけで終わった。捜査中で詳細を語りにくい事情はあるにせよ、可能な限り質疑に応じるべきだったのではないか」
読売社説はその冷静さに定評があるが、この社説も捜査を受けている竹田氏やJOCに配慮しながら質問に応じる姿勢を求めている。
■「東京五輪のイメージが傷つきかねない」
毎日新聞の社説(1月16日付)も「五輪招致の正当性が問われる事態をどうとらえているのか。対応に疑問が残る記者会見だった」と書き出し、「招致を巡る裏金との疑念がもたれている以上、コンサルタント費の使途についても責任ある説明をする必要がある。このままでは東京五輪のイメージが傷つきかねない。情報公開に進んで応じるべきだ」と締めくくっている。
毎日社説も読売社説と同様、冷静に竹田氏側に対して適正な情報の公開によって説明責任を果たすよう求めている。
■「組織の責任者としての自覚も資質もない」
やや感情的なのは1月17日付の朝日新聞の社説である。
「あきれたのは会見した竹田氏の振る舞いである。疑惑を否定するメモを読み上げただけで質問に応じず、わずか7分間で席を立った。国内はもちろん、外国メディアも一斉に批判した」
「竹田氏は会見で、五輪準備に影響を与えかねない状況を招いたことを謝罪したが、説明責任を放棄した自身の行動が、事態をさらに悪化させていると認識しなければならない」
「あきれた」「放棄した」「認識しなければならない」など強い語調で竹田氏を批判する。沙鴎一歩は決して竹田氏に与すわけではないが、朝日社説には品性が要求される社説の在り方を再考してほしい。
さらに朝日社説は「竹田氏は会見で『私自身は契約に関し、いかなる意思決定プロセスにも関与していない』と釈明し、最後に書類に押印しただけだと述べた。組織の責任者としての自覚も資質もないことを、明らかにしたに等しい」とも書く。
あの7分会見の劣悪さを考えると、朝日社説が「自覚も資質もない」と批判するのは理解できる。
■読売社説は報復説を臭わせるような書きぶり
読売社説で気になるのは次の点だ。
「竹田氏は、賄賂の支払いを許可したという疑いを持たれ、仏司法当局が昨年末、起訴に向けた『予審手続き』に入った」と書き、「この時期に仏当局が予審を始めた理由は明らかではない」と指摘する。
なぜ読売社説は「この時期に」の一文を添えたのか。読売社説がその情報をつかんでいなければ添える必要はないはずだ。それを書いた。杞憂かもしれないが、報復説を臭わせるような書きぶりだ。
ただそうだとしても、刑事捜査は事実を積み重ねて真実を導き出し、法律に照らして違法性があれば起訴して裁判所の判断を仰ぐ。民主主義の先進国ならどこの国も流れは基本的に同じはずだ。つまりたとえ報復であったとしても、結果的にそこに違法性があれば司直の判断が下される必要がある。
■招致活動に不可欠な「コンサルタント」をどう扱うか
「オリンピックは不正な資金にまみれている」とはよく耳に話である。この点に関し、読売社説はこう書く。
「招致を巡っては、02年のソルトレークシティー冬季五輪で買収疑惑が生じ、招致都市はIOC委員への接触が困難になった」
「招致活動の制約が厳しくなった結果、情報収集などを担うコンサルタントの有用性が増した。このため、彼らなしでは十分な招致活動ができない面もある」
毎日社説もこう指摘する。
「02年ソルトレークシティー大会招致に際しての買収疑惑を契機に、開催地決定の投票権を持つIOC委員の立候補都市訪問は禁止された」
「その分、ロビー活動を請け負い、IOC委員と立候補都市との仲介役を果たすコンサルタントの役割が重要になっている」
コストが増すコンサルタントをどう扱うのか。来年の東京五輪をめぐっても経費が膨らむなど大きな問題がいくつも出た。東京五輪の開催を契機に日本が先頭にたってオリンピックの正常化に尽力すべきだ。それには日本が国際的に力を付けるしか道はない。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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