"シニアは使えない"と企業が誤解するワケ
プレジデントオンライン / 2019年1月24日 9時15分
第4次安倍改造内閣は「全世代型社会保障」への改革を最重要課題として位置づけ、そのための優先施策に高齢者就労の促進を挙げている。わが国は先進国のなかでも最も速いスピードで少子・高齢化が進んでおり、労働力を確保するためにはシニアの活躍が必要である。
国民一人当たりの負担を抑えつつ必要な社会保障ニーズを充足するためにも、できるだけ多くの高齢者が働き、給付を受ける側から負担する側に回ってもらうことが重要だ。個人サイドから見ても、体力的にはこの20年足らずで5歳程度若返っており、生き甲斐のためにも65歳を超えて働き続けることが望ましい。
また、高齢化が進展すれば、引退世代と現役世代のバランスから、年金をはじめとする老後生活の公的保障機能は低下せざるを得ず、ゆとりのある老後生活のためにもできるだけ長く働くことが求められる。
■企業に強要すればシニアの能力を殺す
実は、わが国は主要欧米先進国に比べて高齢者が働く割合の高い国であり、とくにここ数年で働くシニアの数は大きく増加している。言うまでもないが人手不足の深刻化が追い風になっており、2012年から2017年の5年間で、60歳以上の就業者は11.2%増え、65歳以上でみれば35.4%も増えている。
つまり、高齢者雇用は「量」的にはかなり促進されているのだが、その「質」の面には問題がある。シニアの能力を十分に活かすことができているのか、そして、その貢献度に見合った処遇が適正に行われているのか、という点に大きな課題がある。処遇面からみてみよう。
年齢別の賃金プロファイルの国際比較を行うと、欧米諸国では40歳代が概ねピークとなるが、その後の賃金も大きくは切り下がらない。一方、わが国はいわゆる年功賃金のもとで50歳代がピークになり、60歳代には大幅に切り下がるという特徴がみられる。
定年前後での仕事の変化をみると、約8割が定年前と同じ仕事に就いている(※1)。もっとも、そのうち半分程度は責任の重さが変わっており、必ずしも仕事対比処遇が低くなったとは断言できない。しかし、賃金低下と整合性をとるために補佐的な立場に追いやられ、その能力が十分発揮できていない高齢者は少なくないように思われる。
こうした背景には、政府が公的年金の支給開始年齢を引き上げるにあたり、企業に雇用確保を求めてきたという事情が影響している。年金制度改革により、老齢厚生年金の定額部分は2001年度から2012年度にかけて60歳から65歳に段階的に引き上げられ、報酬比例部分についても2013年度から段階的に、支給開始年齢を65歳に引き上げていくことが決まった。
これに呼応して、2000年に高年齢者雇用安定法が改正され、定年後再雇用を中心とした「高年齢者雇用確保措置」が事業主の努力義務(後に義務化)とされた。当時の日本経済は不況で企業には余剰人員があった時期であり、政府は実効性を考え、企業が非正規雇用への切り替えで賃金を大きく減らすことを許容したのである。企業は経営的必要性よりも、政策的必要性からシニアの雇用確保を求められたわけであり、60歳代前半期の雇用は「福祉的雇用」というべき形で進められてきた。
こうした点を踏まえれば、政府が70歳までの就業を目指すことは大いに賛同できるが、それを雇用確保措置の延長を企業に強要することで実現するようなことは、避けなければならないことが明らかである。
■「シニアの戦力化」と「組織の若返り」というディレンマ
もっとも、その後景気が回復し、人口減少も進むことで人手不足が深刻になり、シニアの労働力に頼らなければ、多くの職場は回らなくなってきている。今後を展望すると、人口減少とともに急激な高齢化が進むため、労働者に占めるシニアの割合は一層高まっていく。
労働政策研究・研修機構の推計では、2025年に60歳以上の就業者は1376万に増加し、彼らは職場の5人に1人以上を占めることが予想されている(※2)。そうした状況になると、シニアが「福祉的雇用」の扱いでは職場全体のモラールが持たなくなる。60歳以上のシニアも「戦力化」することが不可欠になっている。
ただし、ここで悩ましいのはシニアの活躍を進めると「組織の若返り」が問題になることだ。実際、60歳で非正規雇用への切り替えをせず、定年そのものを延長した企業では、この問題が一番の課題と認識されている(※3)。ではこうしたディレンマをどう解決すればいいのか。その有力な方策は、中高年層での転職を増やすことだ。必要とされる会社に移籍できるのであれば、それにより本人は「福祉的雇用」で“飼い殺し”にされることはなく、“年下の上司がかつての部下”というやりにくさも避けられる。
ここで注目したいのは、転職経験がある人の方が、60歳後半期以降に働くケースが多くなることだ(※4)。そもそも事業環境の変化が速くなり、会社や事業の「寿命」自体が短くなる傾向にある一方、個人の就業する年数が増えるのだから、同じ企業で働くことが難しくなるのは当たり前といえよう。
これからは、一企業での雇用確保ではなく、社会全体での雇用確保の発想で、企業の壁を超えたジョブマッチングと能力・成果と処遇の一致を図っていく必要がある。つまり、シニアの活躍には、終身雇用・年功制を軸とする日本型雇用の在り方の見直しが避けて通れないのである。
(※1)労働政策研究・研修機構(2016)「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」によれば、60歳代前半層の継続雇用者の仕事内容については、「定年前(60歳頃)とまったく同じ仕事」とする企業割合が39.5%、「定年前(60歳頃)と同じ仕事であるが、責任の重さが変わる」が40.5%になっている。
(※2)2019年1月15日開催の厚生労働省「雇用政策研究会」に提出された労働政策研究・研修機構「労働力需給推計研究会」による推計の「経済成長と労働参加が一定程度進むケース」。
(※3)高齢・障害・求職者雇用支援機構『定年延長、本当のところ』に掲載されている「定年延長実施企業調査」(調査時点2017.12.15~2018.1.26)によれば、定年延長後の課題として、34.1%の企業が「組織の若返り」を指摘しており、回答選択肢のうち最も高い割合になっている。ちなみに2位は「65歳以上の雇用」で26.4%。
(※4)労働政策研究・研修機構「中高年者の転職・再就職調査」(調査時点2015.1.22‐2.23)によれば、65歳以上の男性の就業率は、64歳以下で転職経験のある人の40.5%になっているのに対し、転職経験のない人の場合は26.5%にとどまる。女性でも転職経験ありの就業率が31.5%に対し、なしが19.2%にとどまる。
■フリーランスという選択肢
もう一つ、シニアの活躍を進める方策は「フリーランス」を増やすことである。OECD34カ国のデータを用い、60歳以上の就業率の決定要因を分析すると、(1)労働需給、(2)高等教育比率、(3)年金支給開始年齢のほか、(4)自営業主比率の影響も受けることがわかる。とりわけ、英国やスウェーデンなどでは近年、自営業主比率が上昇傾向にあり、シニア就労を支える重要なファクターになっている。
これに対し、わが国では自営業主比率は低下傾向が続いている。それは農業や個人商店を典型とする伝統的自営業が減少しているからであるが、いわゆるフリーランスと呼ばれる新たな自営業の増加があまり進んでいないからでもある。そうしたわが国の状況は、早くから失業問題に悩まされ、多様な就労の受け皿創造のために、起業的な自営業の促進策を進めてきた欧州の状況に遅れをとっている。欧州でも必ずしも期待された効果は得られていないのだが、全体でみれば、農業での自営業の減少をサービス業での自営業主の増加で概ね補うことはできており(※5)、国によっては自営業数が増えているのだ。
シニアになれば子供は独立し、一定の蓄えも形成される。収入は不安定になるが、経験や技能を活かし、フリーランスとして独立して働くことのメリットは増えていくはずだ。だが、わが国ではいわゆる終身雇用・年功制のもとでの「就社型」の雇用が基本であり、独立のベースとなる特定分野での高い専門性の確立や、社外の人間との広い人脈形成ができている人が少ない。ここでも日本的雇用慣行がシニアの就労の足かせになっている。
(※5)Eurofound(2017)"The many faces of self-employment in Europe"
■「ハイブリッド人事」と「かわいいシニア」
以上のように、シニア活躍のためには、終身雇用・年功制といういわゆる日本型雇用のあり方を大きく見直していくことが必要になる。特定分野の専門性を高めてキャリア自律を行い、賃金も能力・成果に応じて支払われるようになることが、転職・独立を容易にするからである。
ただし、ここで留意すべきは、日本的雇用の良さもあることだ。とくに、若いときにしっかりした雇用保障と緩やかだが着実に上がる賃金のもとで、様々な仕事を経験し、失敗を恐れずチャレンジできることは、長く働き続けるための基本能力を身に着けるうえで重要である。
問題は中堅・中年以降の働き方で、特定分野の専門能力を高めることを覚悟し、報酬も実力主義賃金とする、プロフェッショナル型の雇用・賃金の仕組みにシフトすることが必要である。端的に言えば、若いときは日本型、中堅・中年以降はプロ型という、「ハイブリッド」人事制度への転換が、シニアの本格活躍には望ましい。
ちなみに、高齢者の人材管理の専門家である高木朋代・敬愛大学教授の研究(※6)によれば、企業が求めるシニア人材のキャリア形成の特徴として、(1)同一職能内で長期の経験を積んでいること、(2)困難性を伴う起伏のあるキャリアを経験していること、が挙げられるという。まさに「ハイドブリッド」人事の有効性を示唆しているといえよう。
■企業に残る「シニアは使えない」という思い込み
ただし、こうした人事・報酬制度の改革には一定の時間がかかる。すでにシニア・ミドルになっている人はどうすればよいのか。それには、企業と個人双方の意識改革が必要になる。企業サイドについては、「シニアは使えない」という思い込みがなお多く残る。リクルート・ジョブズの調査では、3分の2以上の企業がシニア層の採用に消極的であるが、その理由をきくと「特に理由はない」と答えるケースが4割前後を占める(※7)。
他方、シニア層の採用に積極的な企業の4~6割が「求める人材像にあっていれば、年齢は関係ないから」、2~3割が「現在就業中のシニア層従業員が優秀なため」と、その理由を回答している。実際には「使える」シニアが多いのだが、「食わず嫌い」の思い込みでシニアの活用ができていない企業が多く存在することが示唆される状況にある。
個人サイドも的確な自己認識を得ることが重要である。キャリアの棚卸や対話型の外部セミナーなどへの参加がそのきっかけづくりとして有効である。そのうえで、過去にとらわれず、水平的な人間関係を構築できる「かわいいシニア(高齢者)」(今野浩一郎・学習院大学名誉教授)になる努力をすることだ(※8)。もっとも、「かわいさ」がキャリア形成にとって重要なのは年齢を問わない。専門性を有するのは出発点に過ぎないのであって、それを鍛えて高めていくには、多様な人々との幅広い交流が不可欠といえるからである。
(※6)高木朋代(2008)『高年齢者雇用のマネジメント‐必要とされ続ける人材の育成と活用』日本経済新聞出版社
(※7)リクルートジョブズ・ジョブズリサーチセンター(2018)『シニア層の就業実態・意識調査2018-企業編』
(※8)リクルートワークス研究所(2018)連載・コラム『人生100年時代の働き方』「福祉的雇用」から「仕事ベースの処遇」へ 世界が注目する高齢化先進国の実験。なお、本稿本文中の「福祉的雇用」も今野氏のネーミングによる。
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日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)
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(日本総合研究所 主席研究員 山田 久 写真=アフロ)
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