中学受験"まさかの合格"親のミラクル語録
プレジデントオンライン / 2019年1月24日 9時15分
■中学受験では第一志望校に合格できるのは3人に1人
2月1日より、都内・神奈川の国・私立中学入試が始まる。
近年は中学受験市場が再び活況を呈している。都心部の小学生数が増加傾向にあること、また、2020年度より本格的に実施される大学入試改革への不安などがその要因である。だからこそ、人気校を中心に中学受験では大激戦が繰り広げられる。
第一志望校に合格できる子は「3人に1人」程度と言われている。裏返せば、第一志望校に届かず涙に暮れる子が「3人に2人」程度いることを意味する。そのような中学入試で2つのタイプの「まさか」がある。
1つは、模擬試験などで良い結果を残し、第1志望校合格を確実視されていた子が「まさか」の不合格になってしまうケース。そして、もう1つは、第1志望校合格はなかなか難しいとされていた子が「まさか」の合格を勝ち取るケースである。
両者にそれぞれの共通点はあるのだろうか。具体的な事例を紹介しつつ、中学入試本番に臨む親子のあるべきスタンスを提唱したい。
■厳しい結果に直面し「感情的」になった親の末路
いまから十数年前の話。当時、わたしはある大手進学塾で志望校別対策の責任者として教えていた。わたしが対策・指導に携わった学校は女子御三家の一角「女子学院(JG)」である。この学校は2月2日の昼に合否発表掲示をおこなうのだが、わたしにとって忘れられない思い出がある。
その日、わたしは女子学院に惜しくも手が届かなかった子に一声かけようと学校前で待機していた。
すると合否発表の会場から泣きながら出てくる1人の女の子を見つけた。その隣にはうつむく母親がいる。間違いない。わたしが日曜日の志望校別対策授業で指導をしていた子である。
声をかけようと近寄ったそのときのこと。母親はわたしをすごい形相でにらみ付けたかと思うと、こう言い放った。
「受からなかったんだからもういいでしょ! こっちに来ないで!」
その子はこちらをちらりと見たが、そのまま母親に引きずられるようにして行ってしまった。第1志望校に合格できなかったわけで、母親がこちらに憎悪の目を向けるのは理解できる。担当講師であるわたしが責められるのは当然だろう。しかしながら、母親が子の眼前で感情を爆発させた結果、その子にどのような心的影響を及ぼすのか、わたしはそれが心配になった。
実際、翌日以降のこの子の受験結果は良くないものになってしまった。
■泰然自若としている親の子は「逆転合格」する
当時のわたしはまだ若かったとはいえ大きな後悔がある。いまなら、母親に激高されようが、ひるまず声をかけるにちがいない。子は親の顔色をうかがい、物事の善悪を判断するものである。そして、親の言動はその場にいる子の感情を決定づけてしまうことがある。
あのとき、こちらをちらりと見遣ったその子の表情には「おびえ」が走っていたのだ。
同じ日の女子学院の合否発表の場。やはり、校内からうなだれて出てくる子がいた。目を真っ赤に腫らしている。わたしの指導していた子である。わたしの姿を認めるや否や、親子でこちらにやってきた。
隣にいた母親は穏やかな表情で言った。
「矢野先生、この子のためにお時間を取ってもらってもよろしいでしょうか? わたしは先に帰って、翌日の入試の準備をしていますので」
そして、泣いているわが子に対してこう語りかけた。
「先生に励ましてもらって、パワーをもらって帰ってきなさい。待っているね」
そのあと、わたしは20~30分間くらい励ましのことばをかけるとともに、明日以降の入試の心構えについてじっくり話をした。
「先生、ありがと!」
そう言って帰途に就くその子は目を真っ赤に腫らしていたものの、満面の笑顔に変わっていた。数日後、その子から電話をもらった。また、泣いていた。今度は「うれしい涙」である。
「先生、わたし豊島岡(豊島岡女子学園)に合格したよ!」
女子御三家各校と比肩するレベルの難関校に合格したのだ。この合格はあのときの母親の泰然自若としたスタンスがもたらしたのだろうとわたしは深く納得したのだ。
■合格発表板の前で「女優」になりきった母親の「声かけ」
もうひとつ、わたしの経験したエピソードを紹介したい。
以前、大手テスト会の模擬試験で4科目ともに偏差値70を一度も切ったことのない、かなり成績優秀な女の子を指導した。その子の学習姿勢、意欲は素晴らしく、一体どのような家庭環境の中でこの子は育ったのだろうかとこちらが興味を抱くぐらいの「非の打ち所のない子」であった。
その子が第1志望校である、女子御三家の最高峰・桜蔭中学校を受験した2月1日の夕方。わたしあてに彼女から電話がかかってきた。受話器を上げた途端、嗚咽する声が。聞けば、試験の手応えが悪かったとのこと。このまま放っておいては翌日の入試に差し支えるだろうと考え、すぐ塾まで顔を出すように伝えた。
■「終わった入試のことを悔やんだってしょうがないよ」
彼女は母親とやってきた。ふさぎ込む彼女とは正反対に、母親はあっけらかんとした態度。
「もう終わった学校の入試のことを悔やんだってしょうがない。もし桜蔭が不合格だったとしてもお母さんは(これから受験する)豊島岡も鷗友(鷗友学園女子)も好きなんだから、どこかに入学してくれればそれで満足!」
母親のその豪快さと笑顔に彼女は救われたようで、その日は遅くまで塾の自習室で翌日の豊島岡受験に向けて過去問の見直しに取り組んだ。
翌2月2日。わたしは豊島岡の校門前で彼女ら塾生を激励。付き添っていた母親は、「豊島岡って本当にすてきな学校ねえ。入試が始まるまで学校見学しちゃいましょうか」と冗談交じりに屈託のない笑みを浮かべていた。彼女からは前日の悲壮感漂う表情はすっかり消えうせ、意気軒昂として入試会場へ向かっていったのである。
豊島岡受験組の激励を終え、わたしはすぐ近くにある喫茶店で暖を取ろうとその扉を開けた。
そのとき。
喫茶店の奥の席で、涙をハンカチで拭っている女性と目が合った。そう、彼女の母親だったのだ。
■喫茶店の奥の席で涙を拭っていた母親の「胸の内」
母親はわたしにこんな話をしてくれた。
「あの子が桜蔭に憧れて塾で勉強を始めたのは小学校3年生からでした。わたしはあの子のがんばりをずっとそばで見てきたからこそ、なんとかして桜蔭に合格してほしいと願い続けてきました。だから、昨日のあの子の落胆する様子を見て、わたしは胸が張り裂けそうなほどつらかった。その本心をあの子に見透かされてはいけない。平然とふるまうことが一番の応援になると考えたのです。でも、豊島岡の入試会場に入っていくあの子を見届けたら、わたしの糸がどこかで切れちゃったみたい。先生、こんな情けない姿をさらしてごめんなさい……」
プロフェッショナルな母親とはこういう人のことだとわたしは脱帽した。
彼女の安定した成績、常に前向きな学習姿勢は母親の薫陶のたまものだと合点がいった(なお、彼女は桜蔭に無事合格、進学をした)。そうなのだ。子を合格へ導くために母親はときとして「女優」に変身することも大切なのだ。
■「逆転合格」「逆転不合格」になるのは男の子が多い
さて、個人的には「逆転合格」「逆転不合格」になるのは男の子が多いように感じている。女の子と違って精神的に幼い分、その日の感情によって「成功」「不成功」を大きく左右するなんらかのきっかけがあるのかもしれない。
入試で逆転合格を果たす男の子に多いタイプは「めげない子」である。精神的にずぶといと言い換えてもよいのかもしれない。そして、そんな子の親は明るいタイプの方がやはり多いのだ。
こんな男の子がいた。
その子の第1志望校は神奈川の難関校、浅野中学校。2月3日が受験日だ。
聞けば、2月1日・2日と苦戦が続いていたが、彼は塾の自習室へと連日やってきて、黙々と翌日の学校の過去問に取り組んでいた。その姿に悲壮感は全く感じられない。
「だって、俺、一番行きたいのは浅野だもん。ギリギリまで勉強します!」
果たして、彼は2月3日の浅野に見事に合格した。そんな彼に合格の「秘訣」をたずねたら、こんな回答が得られた。
「浅野に向かう電車の中でも勉強してたんです。で、そのときに算数の教材に登場していた問題がそのまんま本番で出題されてビックリ! これで受かったなと思いました」
もちろん、この1問で合否が決まったとは考えられない。しかし、彼は自分に有利な条件を見出したことで気分がよくなり、結果として全科目に渡って実力を存分に発揮できたのであろう。
「めげない」の「めぐ」とは古語で「こわれる」という意味を持つ。そう、どんな困難に直面しても「心がポキリと折れない」子が良い結果を自ら引き寄せることができるのだ。
■親子で「笑顔の春」を迎えるための「親の心の準備」
親としてはわが子が第1志望校に合格することを願うもの。それは当然である。
しかし、冒頭でも触れたが、第1志望校に合格できるのは3人に1人だ。わたしはプロの塾講師として切言したい。親は「良くない事態」をしっかりと想定しつつ、感情的にならずに、わが子の入試に温かく付き添ってほしい。そのスタンスこそわが子が合格証書をたぐり寄せる原動力を生み出すのだとわたしは確信している。
中学入試が終わるまであと少し。これまで多くの時間をかけてお子さんは中学受験勉強に打ち込んできたことだろう。みなさんに笑顔の春が到来することを心より願っている。
(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平 写真=iStock.com)
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