尾畠春夫さん「一番怖いものは自分」
プレジデントオンライン / 2019年2月1日 9時15分
■なぜ、行方不明の男児を探せたか
スーパーボランティア・尾畠春夫さんは、山口県周防大島町で行方不明となった2歳の男の子藤本理稀(よしき)ちゃんを捜索開始から約30分で発見した当時をこう振り返った。
「小さい子が3日も食ってなくて生きていたのは、水分だけはとっていたということ。水深が浅いところの水ってどうやって飲むかわかる?」
プレジデント誌取材班が「しゃがんで水を手ですくう感じですかね」と答えると、
「それだと、泥が水に混じってしまうんだ」「そういった(水深の)浅いところの水を飲むには、地べたにうつ伏せに寝る。頭は上流に、足は下流のほうに向けて。そうしないとうまく飲めない。だから、それをあの子はきちんとできていたってことだ。すごいことだよ、それは」と話す。
プロの救急部隊が何日間もまったく見つけられなかった子どもを、いとも簡単に発見した。
「経験から幼い子は上に登るというのはわかっていた。でも発見できたのは、私の力は20%ぐらい(しか果たしていない)。あとはお天道さまのおかげ。お天道さまはあのときも私の足元を照らして『ずっとこの道を行きなさい』と私を導いた。少し歩くと『僕、ココ!』という子どもの声が私の耳には聞こえた。本当は聞こえるわけがないはずなのに、五感を研ぎ澄ますことで、自然の風が私の耳まで届けてくれたんだな」
2018年6月28日から7月8日にかけて、台風7号と停滞した前線によって西日本を中心に広い範囲で記録的な大雨が降った。特に広島県の被害は甚大で、土砂崩れなどによる死者は108名(全国で221名)にのぼった。取材時(2018年8月29日)時点でも、困窮している住民が呉市にはいた。多くの県の災害ボランティアが次々と活動を終了する中、呉市では引き続きボランティア募集が実施されていた。尾畠さんは、そんな状況の呉市天応地区で土砂の運び出しなどをしているのだ。
■尾畠さんが一番怖いもの
尾畠さんのヘルメットには大きく「絆」という漢字が記されている。
「私はボランティア仲間や被災した人たちとのつながりを大事にしている。出会って最初のうちは向こうは警戒しているし、こっちも緊張している。でも敬語を使わずに、目を見てお互いモノを言えるようになるまで一日一日を大切にしていく。(ボランティアした)結果をみて、(ボランティアを)させてもらったところのオヤッサンやネエサンが、こんなことまでしてくれたのかと喜んでくれるのが最高の瞬間だ」
尾畠さんが寝泊まりする軽自動車には、近隣住民とボランティア仲間が絶え間なく訪れ、冗談を言い合ったり、尾畠さんに相談ごとをしたりしては帰っていく。その中には、小学校1年生の女の子・ゆうなちゃんが、母親と毎日訪れていたという。
おばたさん さっきはあめとじゅうすとたくさん ありがとうございます うれしすぎてたべるのがもったいないです☆ おばたさんだいすき ゆうなより
という尾畠さんの似顔絵入りの手紙が軽自動車に貼ってある。別の女の子が「尾畠さーん」と声をかけると「わあ、お人形さんみたいに可愛い子だね」と大袈裟に接してみせる尾畠さん。子どもに囲まれる尾畠さんをみたボランティアが「モテますね(笑)」と声をかけると、
「私のところなんか来なくていいのに。こんな私みたいなバカなおっさん……」と顔をクシャクシャにして照れる。取材班が、
「報道で尾畠さんを知って、尾畠さんのライフスタイルにあこがれを持つ人が出てきていますね」と言うと、
「テレビもラジオもみないし、聞かないから何が何だかまったくわからない。ただ毎日ボランティアをさせてもらっているだけ。そうしたら、町内の人やら報道関係の人が、みなさん訪ねてきてくれるので、ここに座って話しています。来る人拒まず、去る人追わず。声をかけられたら『ありがとう』だし、仕事が終わったら『お疲れ様』です。当たり前でしょ。テレビの人だってみんな相手にしなくていいと言うけど、重いカメラを背負って頑張っているんです」と尾畠さん。
一日の疲れがピークに達したであろうときにですら、どんな相手に対しても分け隔てなく、時には「オヤジギャグ」を交えながらハキハキと言葉を交わす姿に「そこまでしなくても……」と問いかけると、
「正直言えば、私は私が怖いんです。放っておくと悪いことをするのではないかという恐怖です。毎日自分を振り返っては、自分自身が悪いことをしたととにかく叱りつけている。これからも私は常にボランティアをして、感謝を続けるしかないんです」
■月5万5000円年金の使い道
尾畠さんのボランティア作業のモットーは「自己完結」だ。宿泊場所は自分の軽自動車の車内。昼食は、地元大分の激安スーパーで買った5袋158円のインスタント麺、パックのご飯に梅干しだ。作業道具も自ら持ち寄り、メンテナンスを繰り返す。着ている服は拾ったもの。特別扱いを心底嫌い、プレゼントは受け取らない。
「現場で、カッターの切れが悪くなったら、どうやって研ぐか知っている?」と尾畠さんは私たちに問うた。答えがわからないので、当てずっぽうで「現場に落ちている石を使うのですか」と返すと「違う!」とハリのある声で教えてくれる。
「カッターはコンクリートで研ぐ。そうするといくらでも切れるようになる。昔、魚屋を開こうと考えていたとき、お金を貯めるために東京で鳶職をしていたことがあって、そこでの経験が生きている。今日も現場で、重たい土砂をどうやって運ぶかっていうときに、ここにあるフックをうまく使って運び出した。『物は有限、知恵は無限』。これは大事な言葉だと思う」
そう言うと、尾畠さんは、ジッと私たち取材陣を強い目でみながら、日本社会に警鐘を鳴らした。
「日本で原油が出るって知っていますか。新潟です。新潟で出るんです。でも少ししか出ない。とても足りない。日本は物がない国。だけど『物がないからできない』じゃない。物がないなら知恵を使うのです」
尾畠さんは、1カ月5万5000円の年金生活だ。そこから、電気代、ガス代、水道料金、ボランティアへ駆けつける車のガソリン代などの維持費、家の固定資産税を払う。一切、人の世話にはならない。お金が足りなくなれば食費を削って「調整する」という。
「私にしてみれば、梅干しとパックのご飯、そして、フランス料理を食べたいなって思ったときは、そこのインスタントラーメンを食べるのです(笑)。私は美味しいものなんて食べない。体にいいものを食べる。体にいいものかどうかをどう判断するか? それは人間に備わった五感です。日本人が忘れてしまっている五感を頼りにするんです。あなたがた、そこに生えている草でどれが食べられる草か、あなたわかりますか」
なんとなく柔らかそうな草を指差す取材班。
「この三つ葉のクローバーでしょうか」と聞くと、
「そう。正式名称はシロツメクサ」
と、尾畠さんはシロツメクサをとって食べ始めた。取材班も恐る恐る口にしてみる。
「昨日、ここで猫がしょんべんしたかもしれんね(笑)。美味しい?」
と、尾畠さんが問うので、
「……はい。美味しいです」
と、答えると、
「美味しいわけないだろ! こんなものが美味しいわけがない。私は美味しいものなんて食べない。体にいいものを食べる。あなたもシロツメクサをみただけでこの草が食べられると言ったけど、五感を使わないといけない。目でみて、においを嗅いで、トゲがないか触って、食べるか決める。親からせっかくもらった体があるのに、見た目だけで判断、聞いたことだけで判断、これが一番危ない。日本人が忘れてしまっていること。お金がなくても、物がなくても、五感を大切にして、知恵を出すこと。『なせば成る、なさねば成らぬ何ごとも。成らぬは人のなさぬなりけり』という言葉通りだと思う」
■ボランティアの前にボランティアをする
尾畠さんの一日を、尾畠さんの近くでボランティアをしていたという人に教えてもらった。彼は尾畠さんの存在を知って、東京からボランティアをしにやってきたという。
「朝は9時に呉ポートピアパークで受付をし、そのあと呉市の天応市民センターで、作業の内容と場所が決まり、15時まで作業をします。尾畠さんはいつも一番大変そうな作業を率先してやると手をあげています。先ほど雑談をしていたら、昨日の睡眠時間は3時間だそうです。朝5時に起きて、川に流されてしまったという子どもの捜索をしていたのです。捜索のあとで、通常のボランティア活動をし、15時が過ぎても作業を止めずに17時まで居残りで黙々と頑張っています」
「現在の作業は、重機が入れないような住宅の床下の土砂をひたすら外に出すことです。作業前に、『連絡係』というリーダー的な存在を決めるのですが、尾畠さんは自分から手をあげることは私の前ではなかったです。連絡係にならないと、必然的に尾畠さんは、自分より2回りも3回りも若い人の指揮系統下にはいることになります。尾畠さんが自分より若い人の話をきちんと聞き、深々とお辞儀をしているのをみると胸が熱くなります。尾畠さんは常々『リーダーは女性がいい』とおっしゃっています。とは言うものの、抜群の経験と能力がありますから、現場では、みんな、尾畠さんに頼ることになってしまうのですけど」
■尾畠春夫という生き方とは
2年前に起きた熊本地震で、尾畠さんとともにボランティア活動をした深作光輝ヘスス氏は、尾畠さんが「(ボランティアを)やらせていただきます」「(若い相手に向かって)ご指導ご鞭撻ください」と平身低頭して発する言葉に感銘を受けたという。
「被災地は肉体的にも精神的にもギリギリのところまで追い詰められます。ある社会協議会の職員は、自らが被災者であり、父を亡くしたにもかかわらず、『支援者』でもありました。父の葬儀のために一日休んだのみで3カ月無休の勤務を続けていました。それが被災地の現実なのです。
一日の作業を終えたあとで、尾畠さんが、その日壊れた機材を修理し、ハンマーなどのメンテナンスを終え、整理整頓し、何もやることがなくなったことを確認したあとで、スタッフに『明日もやらせていただきます』『ご指導ご鞭撻ください』と深々とお辞儀をする姿を、疲れ果てて休んでいた私たちボランティアは何度も目にしました。
被災者、そして若いボランティアたちは、慣れない生活、業務、被災地の現実に直面しながらも、尾畠さんのひたむきな支援の姿勢、そして何も文句を言わずにできることをまっとうしようとする後ろ姿に勇気づけられるのです。『尾畠春夫』という生き方そのものが、他者の力になっていくのだと信じています」
(プレジデント編集部 写真=深作光輝ヘスス、プレジデント編集部)
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