霞が関では「長」が付くと仕事の鬼になる
プレジデントオンライン / 2019年1月31日 9時15分
霞が関では、上司は上位にあればあるほど自らの仕事に打ち込んでおり、部下からみれば異常なほどその仕事に執念を燃やしているのだという――。東京都千代田区の財務省本庁舎 ※写真はイメージです(写真=iStock.com/7maru)
※本稿は、久保田勇夫『新装版 役人道入門 組織人のためのメソッド』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■官僚の世界では、上司は仕事に本気である
おそらく役所に入ったばかりや、入省後1、2年の役人にとってわかりづらい上司の特性は、上司の自らの仕事に対する深い思い入れであろう。特に課長や局長といった「長」と名のついた人にとっては、当人が長年やりたいと思い続けたポストにようやく就いたわけであるので、ここで乾坤一擲(けんこんいってき)、自らの役人人生を賭けて仕事に打ち込むのである。
世の中では、役人は自らの省の利益のために懸命に仕事をするのだという説が流布されているがそうではない。後に述べる通り役人は文字通り命を削って仕事をしているが、自らの属する省の利益のために命を削る者はいまい。その背後にあるのは、国益を守るという意識と自らの仕事を完遂しようとする役人としての生きざまであるように思う。斜に構えてものを見たり、人が努力をするのは本人の利益のためであるはずだとする社会一般の雰囲気のなかでこういうことを理解することは困難かもしれないが、これは厳然たる事実である。
筆者が係長であった頃、大蔵省の地下の食堂で遅い昼食をとり始めていた財政投融資計画担当の課長補佐氏に局長からの伝言を伝えたところ「有難う、よく知らせてくれた」とただちに食事を中断して執務室に戻られたのをみて、「食事ぐらい済ませてからにすればいいのに」と思ったものであった。が、1、2年経った後、自らもそういう行動パターンをとるようになってしまった。
また、主税局の課長補佐であった頃、局長のお供をして与党の国会議員の人々に法案の説明(いわゆる根回し)に回ったが、その際車の隣の座席にいる筆者の耳に「ハーハー」と局長の荒い呼吸音が聞こえてくるので、大変心配したものである。文字通り身体を張って仕事をしておられた。そういう状態は現在でもあまり変わっていない。
役人生活の中で、本当に責任をもって自らの判断によって物事を決めて仕事を行ないうる期間は限られている。役人生活の大部分は、係長、課長補佐、審議官として、課長または局長を補佐する立場である。補佐する立場にある以上、その決定権者が決めたことについては(もちろん決めるプロセスには参加するものの)たとえ自分の考えと異なっていても従わなければならない。
ところが、局長や課長のポストにいる間は、最終的に自分の考える方向で仕事ができるのである。当人たちはそのポストにいたるまでの間に、自分がそういう立場になったらあれもしたい、これもしたいと考え研鑽を積んできたはずである。
特に有能といわれる役人にいたってはその日に備えて密かに勉強をし、その実行の戦略も考えてきたはずである。その成果を比較的短い在職期間になんとか実現したいと考えるのも当然であろう。もちろんそれを実現することによってさらなる昇進を目指すという考慮も働いているであろう。
部下として心得(う)べきことは、自分の上司は、上位にあればあるほど、その仕事に対し打ち込んでおり、部下からみれば異常なほどその仕事に執念を燃やしているということである。したがって、部下としては、これらの上司が下すさまざまの指示や宿題にはその格別の思いが込められていることを知らなければならない。「ああ、またつまらない宿題が出た」などとは、あだや疎かに思ってはならない。
■上司を使ってやりたい仕事を成し遂げる
ここまで読んでこられた読者は、「なんだ、『役人道入門』の説く上司への仕え方というのは、ただひたすらその上司の意向を忖度し尊重してそれに仕えよと説くだけではないか」という疑問をもたれるかもしれない。ところが、部下と上司との関係はそれほど一方的なものではない、部下は上司をうまくリードすることによりその上司の持ち味を十分引き出してうまく仕事をさせることができる。のみならず、部下は上司を使うこともできる。
これを理解するためには、役人の組織の下では、そのランクが低いときであっても、現実の政策決定に予想以上に大きな影響力を発揮することを自覚することが必要である。事実、係長、課長補佐ともなると、自ら気づかなくとも、その同僚や上司から思いがけないほど頼りにされており、時として、その上司は、局長といえども、その部下の判断を踏まえながら行動しているのである。
筆者が主税局の課長補佐の時代に新しい道路整備5カ年計画のための財源のあり方について検討していたときのことである。そのときのテーマの1つは、地方の道路、すなわち県道や市町村道の建設について、国が負担する割合が少な過ぎるのではないかということであった。その際、国が負担している財源としては、国が徴収して地方に渡しているガソリン税(税目としては地方道路譲与税)および自動車重量税の一部(自動車重量譲与税)を意味していた。そしてこれらの税の金額が少な過ぎるのではないかということであった。
それに対して筆者は、国から地方へ渡される税収は、このような道路関係の財源のみならず、法人税、所得税、および酒税といった国税の一定割合が地方に使途を定めずに一般財源として交付されている事実があるので、道路建設のために地方が負担していると称している資金の一部は結局は国が負担していることになっていると考えた。
ここで、こういう要素も考えて国の負担割合の実情を考えるべきだと時の課長に進言した(この計算方式によれば国の実際の負担割合はもっと高いことになるはずであった)。課長は「うん、そだな」とあまり気乗りしない返事であったが、筆者はその作業を続けた。そのうち仕事がきわめて多忙になり(増税をしようというのであるから当然である)、結局このアプローチは活用されなかった。
年末にいたり、税制改正の大綱も決定され一息ついたところで、課長にどうしてあのアプローチに興味を示されなかったのか聞いたのである、これに対する返事は「自分は君の考え方に賛成だった、だが、途中で君がその件を言わなくなったのでそういう作業がうまくいかなくなったと思ったんだ」とのこと。この間もう少し上司とコミュニケーションを良くしておくべきだったと反省するとともに、上司も部下をみながら仕事をしているということに気がついたのである。あわせて、部下は自分が気づいていないところで意外なほど影響力を行使していることを感じたのである。
先に上司を使うと述べたが、その趣旨はもちろん上司をアゴで使うという意味ではない。政策について自らの考えていく方向に導くということである。上司にその政策に賛同してもらい、その線に沿って動いてもらうということである。
ただそのためには、自らの提唱する政策の方向が正しいものでなければならない。また、政策の提言がタイミングよく行なわれなければならない。そこで、上司を使おうとするならば、常日頃から格別の勉強をして上司のそれを上まわる良い結論を得ておかなければならない。
たとえば、円の国際化についていえば、なぜそれが進まないのか、その阻害要因は何か、具体的な促進策は何か、その促進策をどういう手順で打ち出し世のコンセンサスにもっていくのか、などを密かに練っておくのである。そしてひとたび時期が到来し皆がその策について考えあぐねているときにこれを示し、上司にその具体策を実行させるのである。
■名捕手のように上司の実力を引き出す
上司がその果たそうとしている役割を上手に果たせるようにリードすることも、時として部下の役割である。この役割は課の全体的な仕事を補佐する総括課長補佐や、局全体の動きを円滑に行なうことをその役割の一部とする各局総務課の総括課長補佐の場合に期待されるものである。ちょうど野球のキャッチャーがそれぞれのピッチャーの特色を上手に引き出して相手バッターを打ちとるように、ピッチャーたる課長の特技を最大限生かせるようにリードするのである。
課長によっては、アイデアは出るがその措置がベストかどうか十分に検討することなく作業の指示を出し、後でまずかったと再考する人がいる。こういう人の場合は、内容にいささか疑問がある場合には直ちにはその命令を実行せずに放置しておく。2、3日たってから「オイ、君、あれはちょっとまずいのではないかな」と言われる場合に備えるのである。
また、交渉にあたって先方に必要以上に強くあたる癖のある上司もいる。どうせ後で大幅な妥協をするのであれば、当初に不必要に強く出て相手に不快感や恐れを与えるようなことは避けるべきだと思うが、人によっては、そういうことが習い性になっている。こういう人との組み合わせになった場合には、最後にはうまく決着をつけるのであまりあわてないようにと先方に密かに告げるのも部下の役割である。
課長とともにベストの仕事をすることになればそれでよいのである。ただしこういうふうなことをやれるためには、自分の上司の性格をよほどよく知っており、かつ、上司の信頼が格別に厚いことが前提である。
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西日本シティ銀行会長
1942年生まれ。福岡県出身。66年、東京大学法学部卒業、大蔵省(現・財務省)入省。69年、オックスフォード大学経済学修士。税制改正、財政投融資計画、省内調整などを手がけた後、サミットなどの国際金融交渉にかかわり、議長として95年の日米金融協議をまとめる。国際金融局次長、関税局長を経て国土庁事務次官を最後に退官。現在、西日本シティ銀行会長および西日本フィナンシャルホールディングス会長。著書に『新しい国際金融』(有斐閣)、『日米金融交渉の真実』(日経BP社)など。
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(西日本シティ銀行会長 久保田 勇夫 写真=iStock.com)
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