「敗戦国」のままなら北方領土は戻らない
プレジデントオンライン / 2019年1月24日 9時15分
■本当に北方領土は日本に戻ってくるのか
「開けて口惜しき玉手箱」とは、期待が外れてがっかりすることのたとえに使われることわざである。竜宮城から帰ってきた浦島太郎が、乙姫さまからもらった玉手箱を開けると、中から白い煙が出てきただけだったというあの昔話をなぞっている。蛇足だが、煙を浴びた浦島はあっという間に年を取ってしまう。竜宮城の時間とこの世の時間の流れの速さが大きく違っていたのだ。
1月22日夜(日本時間)、ロシア・モスクワのクレムリン(大統領府)で行われた安倍晋三首相とプーチン大統領の会談は、まさに「開けて口惜しき玉手箱」だった。
今度こそ、北方領土問題の解決に大きな進展があるはずだと、日本の国民に期待させながら、ふたを開けてみると、白い煙どころか、安倍首相とプーチン氏が日露の平和条約交渉を本格化させることを再確認し合っただけ。北方領土問題の解決には何ら進展がなかった。本当に北方領土は日本に戻ってくるのだろうか。
■交渉進展に必要な「プーチン氏の弱点」とは何か
昨年11月20日付のプレジデントオンラインの「北方領土2島先行で崩れる安倍首相の足下」との見出しを付けた記事の中で、沙鴎一歩は次のように指摘した。
「プーチン氏は一筋縄ではいかない。かなり手ごわい相手だ。このままでは得意技の払い腰をかけられ、1本取られるかもしれない。払い腰とは、相手を自分の腰に乗せて脚で払い上げる技だ」
会談終了後に行われた安倍首相とプーチン氏の共同記者会見では、会談の具体的内容は明らかにされなかった。安倍首相はプーチン氏から1本取ることができたのか。それとも逆に払い腰で1本取られたのか。
北方領土交渉の先は長い。交渉中に手の内をさらけ出すようなことは許されないだろうが、安倍首相がどんな技をプーチン氏にかけたかぐらいは国民の一人として知りたい。
外交交渉では相手国の弱点を突いて揺さぶることが重要である。それではプーチン氏の弱点とは何か。
■ロシアは日本から大きな経済協力を引き出したい
ロシアは5年前のクリミア半島の併合を欧米各国から強く批判され、現在も経済制裁を受けている。ロシアは孤立状態にある。そこがプーチン氏の最大の弱点だ。時折見せるプーチン氏の物寂しげな表情が、それを物語っている。
22日の日露首脳会談後の共同記者会見で、プーチン氏は経済効果を強く口にしていた。あの口ぶりなどから判断すると、プーチン氏の狙いは北方領土問題を先送りにして平和条約を優先的に締結し、その結果、日本から大きな経済協力を求めようというところにあるようだ。
もうひとつの弱点が、北方領土への在日米軍の駐留である。ロシアは北方領土を返還した場合、在日米軍の駐留が実施されると懸念している。プーチン氏は昨年12月の記者会見で沖縄の在日米軍基地について「日本にどこまで主権があるのか分からない」と牽制している。ロシアは米国が怖いのである。そこでロシアは日本との平和条約交渉で日本とアメリカの関係にくさびを打とうとしている。この辺りがロシアの本音だろう。
日本はそんなロシアの思惑を逆手にとってこれからも続く交渉に生かしていきたい。
■日ソ中立条約を破って、北方四島を奪った
ここで択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島の北方四島の歴史を簡単に振り返っておこう。
第二次世界大戦で日本は、ドイツ、イタリアと三国同盟を結ぶとともに、ソ連とは中立条約を結んで、米国や英国と戦争を始めた。ところが1945年2月にソ連(スターリン首相)が、ヤルタ会談で米英両国の首脳と協定を結んだ。ソ連の対日参戦の見返りとして千島列島をソ連の領土とするという密約だった。すでに日本の敗戦が目に見えていただけに、ソ連にとっては棚から牡丹餅だった。
ソ連は中立条約を無視して8月9日に対日参戦した。ソ連は日本がポツダム宣言を受諾して降伏した14日以降も侵攻を続け、さらに日本が降伏文書に署名した9月2日以降も攻撃を止めなかった。そして北方四島を占領した。
これが歴史的な事実だ。ソ連が弱り切った日本に対し、日ソ中立条約を破って攻撃し、その結果、日本固有の領土だった北方四島を奪ったのである。四島返還こそが、本筋なのである。
それなのにどうしてロシアは北方四島を日本に返そうとしないのか。返還すれば日ソ中立条約を破った事実を認めることになるからだ。
■敗戦したがゆえに北方四島を取られても何も言えない
ロシアはヤルタ会談を持ち出して「大戦の結果だ」と主張してやまない。言い換えれば、日本が敗戦したがゆえに北方四島を取られても何も言えないのである。敗戦という事実は、いまだに日本の外交に暗い影を落としている。日本が国際連合(国連)の主要機関である安全保障理事会(安保理)の常任理事国になれない現状を考えればよく分かるだろう。
ちなみに国連安保理は、戦勝国の5カ国(米国、ソ連、英国、フランス、中国)の常任理事国と、2年ごとに国連総会で選出される10カ国の非常任理事国で構成されている。日本は2017年12月に任期が切れて11回目の非常任理事国を退いた。日本に対してはここ数年前から常任理事国に入れるべきではないかとの議論が国連にはある。
日本が北方四島を常任理事国のロシアから取り戻すことができれば、敗戦国という負い目を克服したことになる。日本の外交において大きな追い風である。
それゆえ安倍首相は焦ることなく、北方領土交渉を続けてほしい。自分の任期中に何とか形にしようとすればするほど、間違いなくしたたかなプーチン氏に足下を見られる。
繰り返すが、北方領土交渉に成功すれば、日本の外交力は増す。世界が敗戦国と見なさなくなるからだ。国連安保理の常任理事国という立場を得る可能性も強くなる。日本はまずロシアとの北方領土交渉を、目先のことにとらわれずに長い目で続けていくことが大切である。
■「(日本は)大戦の結果を世界で認めていない唯一の国だ」
1月21日付の毎日新聞が「露外相の北方領土発言 交渉の基盤を危うくする」という見出しの社説を書いている。書き出しはこうだ。
「ロシアのラブロフ外相が年頭の記者会見で、日本が北方四島の領有権を主張するのは『国連憲章の義務に明白に違反している』と述べた」
「日本の国内法で『北方領土』という呼称を使っていることを批判し、『第二次大戦の結果を世界で認めていない唯一の国だ』とまで言った」
国連憲章に違反していると言い、北方領土の呼称も許さない。揚げ句の果てが敗戦を認めない国だと批判する。勝手な言い分である。これが大国ロシアの主張なのかと思うと、開いた口もふさがらなくなる。
さすがの毎日社説も強く反論する。まず国連憲章の義務違反かどうか。
「ラブロフ氏が例示したのが国連憲章107条だ。しかし、これは国際法上、ロシアに北方領土の領有権を認めたものではなく、日本に従うべき義務を定めたものでもない」
「大戦の結果として『敵国』に対してとった行動は『無効』となるものではないという趣旨で、個別の降伏条件について国連は責任を負わないことを目的にした条文とされる」
次に第二次大戦の結果について。
「ロシアは『大戦の結果』として北方四島がロシア領になったと主張する。その根拠とするのが1945年の米英ソ首脳によるヤルタ協定だ」
「だが、ドイツ降伏後のソ連の対日参戦と千島列島引き渡しを示し合わせた密約に過ぎず、国際法としての拘束力はない。日本は当事国ではなく拘束される義務はない。米国も後に密約を『無効』と宣言している」
■北方四島を奪ったロシアこそ国際規範違反
毎日社説は理不尽なロシアの主張にさらに反論する。
「ソ連は終戦間際に日ソ中立条約を破って北方四島に侵攻し占拠して領土拡大を試みた。これこそ国際規範に反する行動だ」
「日露の平和条約交渉は互いに『法と正義』を重視してきた。ロシアが法的な裏付けを欠く主張を続けるのなら、交渉の基盤が根底から覆る」
毎日社説の指摘を待つまでもなく、ロシアのかつての行動は国際規範違反であり、根拠のない主張を繰り返しているだけなのである。
「ラブロフ氏は先の河野太郎外相との会談でも、北方領土への『ロシアの主権』を認めるよう迫った。一方的な態度では交渉は前に進まない」
かたくななロシアにどう立ち向かったらいいのか。日本の国益を最優先にして一歩も譲らない態度を強く示すべきである。
今後の交渉で心配なのは、ロシア国内の世論である。四島を引き渡すことに反対する抗議デモまで起きている。ロシアのアンケート調査だと、8割近いロシア国民が返還に反対している。世界最大の領土を保有する国だけに、領土問題には国民が強く反応するのかもしれない。
■「結果は惨憺たるもので、ロシアの増長ぶりが目に余る」
次に1月14日の日露外相会談を受けて書かれた産経新聞の1本社説(「主張」、1月16日付)を読んでみよう。産経社説は四島返還を強行に主張している。沙鴎一歩は四島返還には賛成である。
「河野太郎外相とロシアのラブロフ外相がモスクワで平和条約交渉を行った。日露首脳が昨年12月、両外相を交渉の責任者に指名して以降で初の会談だった」
「結果は惨憺たるもので、ロシアの増長ぶりが目に余る」
「日露首脳は昨年11月、日ソ共同宣言(1956年)を基礎に交渉を加速させることで合意した」
「しかし、共同宣言に基づく『2島返還』戦術の破綻は鮮明だ」
「北方四島の返還を要求するという原則に立ち返り、根本的に対露方針を立て直すべきである」
日露外相会談の結果を「惨憺たるもの」と手厳しく批判し、2島返還戦術を「破綻」と指摘する。そのうえで四島返還を求める「原則に立ち返れ」と主張する。
北方領土交渉に関し、産経社説は傾倒する安倍政権をも批判する。その姿勢はぶれない。そこが産経社説らしさだ。
しかし外交交渉は相手が一方的な主張を繰り返せば繰り返すほど、先が読みにくくなる。仮に四島返還が現実離れしてきたときに産経社説はどう対応するのだろうか。四島返還の姿勢を崩さずにいられるか。そこまで考えておくべきである。
■「『2島返還』への方針転換だと受け取られた」
産経社説は「ロシアがかくも強気に出ているのは、安倍晋三首相が四島返還の原則から離れ、日ソ共同宣言重視を打ち出したためだ。これは『2島返還』への方針転換だと受け取られた」と指摘する。
見出しも「『2島』戦術破綻は鮮明だ」「日本の立場毅然と表明せよ」である。
さらに産経社説は指摘する。
「日ソ共同宣言は、平和条約の締結後に色丹、歯舞を引き渡すとしている」
「だが、共同宣言は、シベリアに不当に抑留されていた日本人の帰還や国連への加盟、漁業問題の解決という難題を抱えていた日本が、領土交渉の継続を約束させた上で署名したものだ」
■「国民に対する説明責任もきちんと果たしてほしい」
安倍首相は昨年11月のプーチン氏との会談で、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意している。同宣言には歯舞と色丹の二島しか明記されていない。四島返還の原則を放棄したものとロシアに受け取られかねない。だが、産経社説によれば、同宣言は領土交渉の継続を約束させたものだ。沙鴎一歩は四島返還の原則に戻るのは賛成である。
最後に産経社説はこう主張して筆を置いている。
「法と正義に基づく日本の立場を、毅然と表明するのが筋だ。安倍政権には、焦ることなくロシアと交渉し、国民に対する説明責任もきちんと果たしてほしい」
安倍首相は焦ることなく、四島返還を目指すべきである。相手は竜宮城に住む異邦人である。時間の流れも大きく違う。そんな相手だからこそ、初心と原則を忘れず、しっかり交渉を進めてほしい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=AFP/時事通信フォト)
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