米中貿易戦争で日本企業は"一人負け"する
プレジデントオンライン / 2019年1月30日 9時15分
※本稿は、江崎道朗『知りたくないではすまされない ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■米中貿易戦争で日本企業にもダメージ
トランプ大統領の登場によって、これまでの国際政治の仕組みは大きく変わろうとしている。必然的にビジネスも、トランプ政権の意向に大きな影響を受けるようになってきている。その代表例が、米中貿易戦争だ。
トランプ政権は、知的財産を盗んだり、ダンピング輸出をしたりしているとの理由から中国に対して制裁関税をかけ、米中貿易戦争を始めたが、その動きはエスカレートしている。代表例が、アメリカの市場から中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の製品を排除しはじめたことだ。しかもトランプ政権はイギリスやドイツ、日本などの同盟国にも、ファーウェイ排除を求めている。
ファーウェイが国際市場から排除されて、「中国企業もたいへんだ」では済まないのが日本だ。なにしろファーウェイは、多くの日本製品を使っている。ファーウェイの業績が悪化すれば、それは日本企業にただちに跳ね返ってくるのだ。
■「完全に油断していた」
2018年12月18日付「産経デジタル」はこう指摘する。
「中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を排除する動きが世界に広がり、日本企業に打撃となる可能性が出てきた。華為の製品には、多くの日本の部品メーカーのものが使われており、調達企業数は80社超に上る。調達額は年々増えており、2018年の年間見通しでは前年比36%増の約6800億円に達することが見込まれている。日本企業にとって無関係とはいえない規模だ」
具体的に、どの企業が影響を受けるのか。
「華為は、パナソニック、村田製作所、住友電気工業、京セラ、ジャパンディスプレイ(JDI)の5社から部品・モジュールなどの供給を受けていることに加え、新製品・新技術の共同開発・開発も行っているとされる。このほか、安川電機は『工場向けの産業用ロボットを納入』(広報・IR部)。TDK、ソニーなども納入しているとみられる。17年は日本企業と5000億円規模の取引実績がある」
ここで紹介されている企業の関係者に話を聞いたら、「完全に油断していた」として、こう語ってくれた。
「トランプ政権が米中貿易戦争を仕掛けてきたので、まずいかなぁとは思っていたが、ファーウェイとの取引額は大きいし、いまの経営陣も中国との関係強化で業績をあげてきた人が多い。社内では、『米中貿易戦争が早く終息しますように』と願うばかりで、まさか貿易戦争がファーウェイ排除へとエスカレートするなんて思っていなかった」
要は、トランプ政権による米中貿易戦争の行方をなすすべもなく眺めているだけで、「どうしたらよいのか」と頭を抱えている状況なのだ。
■貿易戦争の準備を周到に進めたアメリカ
おそらく今後、中国と取引している日本企業の多くが、中国経済の低迷に伴い、業績悪化に苦しむことになるだろう。そして、その責任の一端は、日本のマスコミと日本政府にもある。
![](https://president.jp/mwimgs/3/8/-/img_38056f8e30ebb6a562ccfe6cba95d590188901.jpg)
というのも、トランプ政権は大統領選挙中だけでなく、政権奪取後も、中国の位置づけをこれまでの「友好国」から「敵対国」へと変更することを、繰り返し周知していたからである。2016年の大統領選挙においてトランプ候補は「アメリカの地方経済がダメになったのは、中国による不正なダンピング輸出のせいだ」と批判し、中国をやり玉にあげていた。そして2017年1月に発足したトランプ政権は12月18日、「国家安全保障戦略」のなかで、中国とロシアを力による「現状変更勢力」と名指しで非難し、中国敵視戦略を明確に打ち出した。
その4日後の12月22日、トランプ政権は、税制改革法案(「TaxCutsandJobsAct,H.R.1」)を成立させ、次のような大規模減税に踏み切った。
■政権が国内経済環境を整えてくれていた
第1に、個人に対する減税だ。個人所得税率を引き下げ、児童税額控除も拡大した。一世帯あたり年間約30万円も可処分所得が増えるという試算もある。米中貿易戦争で消費者物価が上がることを想定し、あらかじめ可処分所得を増やしたのだ。
第2が、法人税減税だ。連邦法人税率を35%から21%へと、じつに14%も引き下げた。これにより地方法人税(カリフォルニア州)を含めた実効税率は40.75%から27.98%へ引き下げられた。おかげで雇用環境は劇的に改善され、2017年末のボーナスも増加し、国内消費も活発になってきている。
第3が、国際課税だ。全世界所得課税から領域主義課税に原則的に移行することに伴い、1986年以降に国外で稼得・蓄積された資産に対し、一度限りで、現金性資産に対しては15.5%、それ以外の資産に対しては8%の課税を行うこととした。
こうやってアメリカ企業と消費者に対して資金的な余裕を与えたうえで、トランプ政権は翌2018年7月6日、中国からの輸入品のうち、鉄鋼・アルミ、半導体・通信衛星などに10%の制裁関税をかけたのだ。
このためアメリカでは、多くの企業が、いずれ米中貿易戦争が始まる、つまりこれまでとは国際社会の仕組みが変わることを事前に知って、その準備をすることができた。しかもトランプ政権は、国内消費の拡大と法人税減税で、中国との貿易が減ってもある程度、大丈夫なように国内経済環境を整えてくれていた。
■先を読むことができなかった日本企業
一方、日本のマスコミは、トランプ政権の対外政策を「保護主義」と批判するばかりで、トランプ政権が米中貿易戦争を本気で仕掛けることをほとんど紹介してこなかったし、日本政府も、米中対立が深刻になるとの見通しを示そうとはしなかった。もちろん、トランプ政権のように減税も含めた対応もしてこなかった。
要は、日本企業は何の事前告知ももらえず、日本政府からも対策を講じてもらえなかったわけだ。
むしろ逆に、米中貿易戦争が勃発した直後の2018年10月、安倍政権は2019年10月の消費税増税を明言し、国内消費を冷やす行動に出た。
日本市場が先細りになっていくという見通しのなかで、日本企業の多くはやむをえず、中国企業とのビジネスに期待を抱き、米中貿易戦争が始まったにもかかわらず、中国への投資を増やしてきたのである。
■勝ち組「アメリカ」のエリートの思想法
かくして、アメリカを中心とした国際政治の動向とビジネスとの関係を真剣に考えてこなかった日本企業の多くは今後、ますますエスカレートする米中貿易戦争の前に、どうしていいのかわからずに立ちすくむことになるだろう。
この日米の違いは何か。米中貿易戦争をどう捉えたらよいのか、そもそもトランプ政権は何をめざしているのか。このことを理解し、前向きに対応するためには、たんなる知識だけではダメなのだ。
Diplomacy(外交)、Intelligence(インテリジェンス)、Military(軍事)、Economy(経済)の四分野で国家戦略、国益を考えることをその頭文字をとって「DIME」というが、この思考法こそ外国、特にアメリカのエリート層の常識なのである。
一方、日本のエリート層といえば、国家戦略、国益という発想がまず存在しないし、日本のマスコミを筆頭に、先の戦争の敗北のためか、軍事アレルギーが強く、軍事についてはほとんど知識をもっていない。スパイ工作を含むインテリジェンスのことも学校教育では教わらないし、政治家もビジネスマンもその多くが自社の利益を追求することに忙しく、国際経済の動向さえきちんと追っている人は多くない。
このままでは、日本企業の多くが負け組になるだろう。それが嫌な人は、トランプ政権の国家戦略と、その理論的な枠組みの基礎である「DIME」を理解してもらいたいと切に願う次第である。
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評論家
1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、月刊誌編集、団体職員、国会議員政策スタッフを務めた。安全保障、インテリジェンス、近現代史などに幅広い知見を有する。著書に『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)などがある。
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(評論家 江崎 道朗 写真=iStock.com)
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