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城マニアが天守より"お堀"に注目する理由

プレジデントオンライン / 2019年1月29日 9時15分

山中城(静岡県三島市)の障子堀

世は空前の城ブームだ。「城めぐり」のどこが面白いのか。城を舞台にした歴史小説をいくつも発表し、全国600以上の城を訪ねたという作家の伊東潤氏は「城を紹介するホームページに載せる原稿を作っているうちに、専業作家になってしまった。城めぐりには『歴史との対話』という楽しみがある」という。観賞のポイントを解説してもらった――。

■クリスマスイブに老若男女2万人を集めた「お城EXPO」

ここ数年、空前の城ブームが訪れています。書店には城に関するさまざまな本が積まれ、テレビでも関連番組が毎週のように放送されています。

メディアだけではありません。昨年12月22日から24日にかけて横浜で開催された「お城EXPO2018」は、3日間の来場者数が約2万人と過去2回を上回るほど盛況でした。

出展ブースコーナーには、地元の城をPRしたい自治体や「お城グッズ」を販売する出店が軒を連ねたほか、城にまつわる貴重な遺物や古文書の展示、有識者による講演会(私も「関東戦国史と城郭攻防戦」というテーマで登壇)、小中学生による自由研究コンテストなど、城をテーマにした催しが開かれ、大いに盛り上がりました。

■ブームのきっかけは「日本100名城」スタンプラリー?

現在の城ブームの嚆矢(こうし)となったのは、2006年に公益財団法人日本城郭協会が発表した「日本100名城」だと思います。それまで城めぐりというのは一部の好事家(こうずか)だけの趣味でしたが、スタンプラリーを開催して「100城クリア」という数値目標を設定することにより、チャレンジしてみようという人が格段に増えました。日本人は数値目標を与えられ、それを成し遂げることで達成感を得られるものが大好きなのです。

そのスタンプラリーの過程で城の面白さに魅了された方々が、100名城以外にも行き始めたのが昨今の城ブームのベースになっていると思われます。最近では、城めぐりから入って歴史好きになった方も出てきているほどです。

私が昨年から主宰している「伊東潤の城めぐり」の会でも、参加者は中学生から75歳の年配者、さらには外国人の方など多岐にわたっていますが、皆さん目を輝かせて遺構を見学し、私の解説にも耳を傾けてくれます。

■現在のトレンドは華麗な天主ではなく、山城の堀や土塁

特に近年人気となっているのが、姫路城や熊本城など華麗な天守を擁する近世城郭ではなく、戦国時代に各地の大名によって築かれた中世城郭です。その多くは小高い山頂に築かれた山城や平山城ですが、昭和の宅地開発ブームにさらされなかったそんな城でこそ、堀や土塁などの素晴らしい遺構を見ることができます。

城に興味のない人や「城の魅力=天守(てんしゅ)」という固定観念の強い人からすれば、「天守や展示物のない城に行って何が面白いのか」と思われるかもしれませんが、最近では老若男女問わず、多くの方々が天守のない山城に詰めかけています。城ブーム到来前から城めぐりをはじめ、これまで全国600以上の城を訪ねたことのある私にとっては、まさに隔世(かくせい)の感がします。

私の場合、作家になる前にドライブ途中に立ち寄った山中城(静岡県三島市)の障子堀の美しさに魅せられたことが、城めぐりに耽溺(たんでき)するきっかけでした。城を紹介するホームページを作り、原稿を書いているうちに小説になってしまったという経緯から専業作家になった私のキャリアの原点には、城があります。

城めぐりの楽しみ方は人それぞれで構いませんが、まだ城めぐりの面白さをご存じない方々のために、私なりにその魅力をお伝えしたいと思います。

過去最大の約2万人を動員した「お城EXPO2018」

■「歴史と対話できること」こそが最大の醍醐味!

長年にわたって城めぐりをしていて、私が最も大切だと思うのは、ただ城に行くだけではなく、その城にまつわる歴史的背景や戦略的位置づけを事前に頭に入れておくことです。

歴史的背景や戦略的位置づけを調べてから城に行くと、そこに生身の人間がいたことを実感できます。

たとえば、落城という悲劇的な最期を遂げた城主家族の城なら、城跡にたたずみ、その諸行無常をかみしめることもできますし、縄張り(城の設計)で優れた城なら、築城家の考えに思いをはせることができます。こうした人間の息遣いを感じることこそ、城の魅力を倍増させます。

特に戦略・戦術面での城の位置づけを事前に頭に入れてから城に行くと、楽しさが倍増します。

まず大切なのは、「領主は、なぜこの地に城を築いたのか」という戦略的視点です。城には防衛拠点、侵略拠点、監視所、狼煙場、交通遮断拠点、補給基地、宿泊施設、関所、船舶停泊地といった目的が課されています。そうした築城目的によって、城の地選(立地)、規模、縄張りなどが決まってきます。さらに、そこから史料や研究本を調べていくことで、特定の作戦におけるその城の位置づけまで見えてきます。

また中世古城は自然地形を利用して築かれますが、堀や土塁などの遺構は、築城家の意図を反映して築かれた人工物です。「なぜここに堀や土塁があるのか」「この馬出(城の出入り口を守る小曲輪(くるわ))はいかなる目的で築かれたのか」という戦術的視点を探っていくことで、築城家の意図を読み解くのも楽しみの一つです。

城跡には、そこに生きた人々の目的や意図が反映されています。それを念頭に置き、築城者が置かれた状況に思いをはせることができると、また別の風景が浮かんできます。

数百年前、そこで懸命に生きていた人々の息遣いを感じることこそ、「歴史と対話する」第一歩なのです。

■城を単体ではなく「ネットワーク」でとらえてみる

城めぐりの上級者編として、単体の城を見るだけでなく、いわゆる「城郭ネットワーク」という視点で近隣の城を含めて見ることをお勧めします。

中世の城は山頂に築かれることが多かったので、1つの城に登れば近くにある別の城も見ることができます。城ごとの距離感もつかめるし、諸城が果たした役割にも理解が及びます。

たとえば、長野県上田市の真田本城からは、真田氏が本領とした上田平が一望の下に望めるのですが、諸城の位置関係をつかめると、上田合戦における真田昌幸の構想が手に取るようにわかります。また逆に上田平の戸石城から真田本城のある真田盆地方面を望むと、真田昌幸がいかに周到な軍略家だったかを知ることができます。

城とは、戦国大名のさまざまな戦略目標を達成するために作られます。それを地形と共に読み解くことで面白さは倍増します。

唐沢山城(栃木県佐野市)の高石垣

■自軍の強みを城づくりにも活かした戦国大名たち

籠城戦のイメージが強いためか、城は「守りに徹するための拠点」という通念がありますが、そればかりではありません。

たとえば、甲州武田氏は他国への侵略を得意とした攻撃型の戦国大名でしたが、武田氏が築いた城は陣前逆襲を常に意識しています。つまり敵が攻めて来たら、縄張り(城の設計)の妙で敵を損耗させた上で反撃を行うという前提で築かれています。武田氏は、自分たちの強みである「攻撃力」を意識した城造りをしているのです。

籠城戦に耐え、本国から後詰(ごづめ)決戦にやってくる主力部隊を待つというセオリーが成り立たない場合、つまり何らかの事情で本国から後詰勢がやってこなかった場合でも、単体の城だけで敵を損耗・撃退できるようにしてあるわけです。

一方、武田氏のライバルの北条氏は、拠点である小田原城を中心に巨大な城郭ネットワークを構築し、その蜘蛛の巣の中に敵を引き込むことで、敵に損耗を強いて撃退するという戦い方を編み出しました。北条氏は、「チームワーク」という自分たちの強みを生かした戦い方を徹底しようとしたのです。

この城郭ネットワークにより、北条氏は上杉謙信と武田信玄の来襲にも耐え抜き、両者を関東から追い落とすことに成功しました。ところが、さすがに天下軍を組織し、無類の兵站(へいたん)補給力のある豊臣秀吉にはかないませんでした。豊臣家の兵力と兵站能力が、北条氏の城郭ネットワークによる防衛構想を打ち砕いたのです。

このように、城といっても戦国大名ごとに多様性があり、その多様性は自らの強みに裏打ちされていることが多いのです。これはビジネスも同じで、ライバルをいかに自分の強みに引き込むかで、事業やプロジェクトの成功確率は格段に違ってきます。

■初心者は一人ではなく仲間と行ったほうがベター

以上、城めぐりの魅力について私の考えの一部を披歴しました。

伊東潤(著)西股総生(監修)『歴史作家の城めぐり』(プレジデント社)

最近は城めぐりに関する本もたくさん出ていますし、インターネットからも豊富な情報を得ることができるようになりました。しかし、初心者が一人で行くのは効率的と言えません。城跡によっては入り方がわからず、迷いに迷った末、たどり着けないという悲劇もままあるからです。

私も、最初は「城に行きたい」という衝動が知識の吸収についていけず、せっかく遠くまで足を延ばしても、効率よく城跡にたどり着けなかったり、見どころの遺構を見落としてしまったりしたことがありました。

これから城めぐりを趣味にしようと思っている方々にお勧めしたいのは、最初のうちは城に詳しい人と一緒に行ったり、自治体や有志が開催している城めぐりの会に参加したりすることです。遺構を見る目が養われていないうちは、先輩から現場で説明を受けると理解が深まります。

しかし、そうしたイベントが都合よくあるわけではありません。皆、多忙な中で時間を見つけて城をめぐっているので、どうしても単独で行かねばならないときもあります。

そんなとき、城めぐりのガイドとして拙著『歴史作家の城めぐり』は最適です。初心者向きのガイド本とは異なり、その城の歴史的背景、戦略的位置づけ、合戦があったならその経緯、さらに構造が複雑な城の場合、最適な見学順序まで書いておきましたので、読むだけでも楽しい上、ガイドブックとしても役立ちます。

城めぐりのお供として、『歴史作家の城めぐり』をぜひお持ちください。

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伊東 潤(いとう・じゅん)
作家
1960年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に長らく勤務後、文筆業に転じ、歴史小説や歴史に題材を取った作品を発表している。『黒南風の海――加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』で第1回本屋が選ぶ時代小説大賞、『国を蹴った男』で第34回吉川英治文学新人賞を受賞、『義烈千秋 天狗党西へ』で歴史時代作家クラブ賞作品賞、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を受賞。『峠越え』で中山義秀文学賞を受賞。近刊に『男たちの船出』がある。

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(作家 伊東 潤 構成=プレジデント社書籍編集部)

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