現役外科医が"謝金公開"にこだわった理由
プレジデントオンライン / 2019年2月7日 9時15分
■製薬企業から医師への「謝金」を公開
ジャーナリズムNGOのワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所は、2019年1月15日、製薬企業から医師に支払われた謝金の詳細について、特設ホームページにおいて、一般無料公開を開始しました。
製薬会社は医師個人にさまざまな形で金銭を支払っています。薬や疾患の解説をする「講師謝金」、製薬会社へのパンフレットなどでの「原稿料」、新薬開発へのアドバイスなどの「コンサルタント料」などです。これらの「謝金」を、今回のようにまとまって公開するのは、日本で初めての試みです。対象となったデータは、2016年度に、主要な製薬企業から医療者に支払われた講師謝金やコンサルティング料などのデータ24万5千件です。
私たちの解析によると、公開13日目(1月27日)時点で、すでに6万人以上の方々が、ホームページを閲覧してくださっています。ページビューは120万件を超えました。今回の取り組みに対して、私たちが当初想定していた以上の反響があり、大変驚いています。
■これまでの公開データは分かりにくかった
実のところ、業界団体である日本製薬工業協会(以下、製薬協)に所属する71の製薬企業も、2013年度から、医療者への謝金の詳細を公開してきました。しかし、製薬企業によって公開されたデータは、必ずしも使いやすいものではありませんでした。最大の原因は、謝金のデータが、製薬企業の間で統合されていなかったことにあります。
例えば、ある医師が、全ての会社から受け取った合計金額を明らかにしようとすると、全ての会社のホームページに個別にアクセスして、自分たちでデータを抽出・統合する必要があります。また、以前JB Pressに掲載された記事(「医師への謝礼金を公開したがらない日本の製薬企業」)でも紹介したとおり、それぞれの製薬企業のホームページで謝金のデータにたどり着くためには、自らの個人情報の入力やアカウントの発行といったプロセスを経る必要があり、非常に煩雑でした。
加えて、実際に公開されるデータは、エクセルなどの使い勝手のよいフォーマットではありません。大多数は、文字を識別できないような画像データとして、公開されています。このような状況ですから、患者さんやその家族が、それぞれの製薬企業の公開情報から意味のある情報を得ることは、ほぼ不可能だったと言えます。
■「誰でも簡単にアクセス」できるように
製薬協が、製薬企業から医師への謝金の公開を開始した理由として、そのホームページには、以下のような文言が掲載されています。
「患者さんや国民の生命・健康に大きく関わり、また国民皆保険制度のもとにあるわが国の製薬産業においては、他の産業以上にその活動の透明性を確保し説明責任を果たすことが重要です」
非常に素晴らしい理念ですが、前述したように、実際の製薬企業の情報公開体制とは、ギャップが存在します。そこで、「製薬企業から医師に支払われた謝礼について、誰でも簡単にアクセスできるようにすること」を目的に、謝金についてのデータベースを作成するという一大プロジェクトを開始したのです。
今回のデータベースの公開においては、患者さんや一般の方々の目線に立って、使いやすさを追求しました。結果として、納得したものを作るために、1年半、延べ3000時間以上の作業を要しました。この度、なんとかホームページの一般公開にこぎつけましたが、ここから先は皆様からのフィードバックも参考に、さらにホームページを良いものにしていきたいと考えています。実際、今回データを公開した後も、改善すべき点について、皆様からさまざまなお声を頂き、その都度修正を加えています。
■「2000円程度の食事」でも医師が選ぶ薬に影響
では、このホームページは、どのように利用するのがよいのでしょうか。まず知っていただきたいのは、製薬企業が、2000円程度の食事を医師に振る舞うだけでも、医師が処方する薬剤に影響を及ぶ可能性があるという事実です。この知見は、米国で行われた大規模な調査により、明らかとなっています。製薬企業と金銭関係にある医師は、自分でも意識しないうちに、製薬企業に有利な処方をしてしまう可能性があるのです。
「医師が私に処方してくれている薬剤は、本当に自分にとって最善の薬なのか。」
「テレビや雑誌で、ある薬剤に肩入れをするような発言をしている医師の発言は、本当に信頼できるのか。」
このような疑問を持った際、ぜひ私たちのホームページを利用していただきたいと思います。製薬企業と医療者の金銭関係について理解することで、主治医や有名医師の言葉をより的確に判断できるようになると考えるからです。
今回、われわれの集計の結果、「全製薬会社別 支払額ランキング(講師謝金、原稿料、コンサルティング料に限る)」をつくることができました。1位は第一三共で20.1億円、2位は中外製薬で11.8億円、3位は田辺三菱で11.7億円、4位は武田薬品工業で11.6億円、5位は大塚製薬で11.4億円でした。製薬会社はそれだけの「謝金」を医療者に支払っているのです。
このホームページは、医療者と患者さんの関係をより「フラット」なものにする手助けになるでしょう。
■医療界への社会的信頼を回復させたい
一方で、私が医師として、今回のように、「医療者を売る」ことにつながるような仕事に関わることを、訝しむ方が多くいらっしゃることも事実です。製薬企業と医療者の金銭関係に積極的に関わるようになっておよそ一年半になります。その間、「そのようなことをやっていると、キャリアを台無しにするよ」といった言葉を受けることも少なからずありました。医療界の一般的なキャリアパスを考えると、あながち間違っていないかもしれません。
しかし、私個人は、医療界の中にいる者が、このような取り組みに率先して関わることは極めて重要だと考えています。医療界は、悲しいかな、不祥事が極めて多い業界です。ここ最近の事例でも、入学試験における女性差別、医師による痴漢、医療事故の隠蔽など、枚挙に暇がありません。また、ノバルティス事件を代表として、製薬企業と医師との過度な金銭関係を背景に起きた研究不正も存在しています。
残念ながら、その多くは外圧がかかることで、初めて情報が外に出てきており、医療界自らが、率先して、その解決に取り組んできたというケースは少数です。このような現状は、確実に、医療界の社会的な評価を悪化させています。反対に、今回のように、これまでタブーとされてきた領域において率先してその解決に取り組むことは、長期的には医療界全体への社会的な信頼を回復させることにつながると、私は信じています。
■患者や社会がフェアに判断できるように
そもそも、製薬企業から医師が謝金を受け取ることについては、一般の方々の評価は分かれる可能性があると思います。例えば、製薬企業からたくさんの謝礼を受け取っている医師の方が、謝礼を受け取っていない医師よりも信頼できると考える患者さんもいらっしゃるでしょう。実際、大学教授など社会的に立場のある医師の方々の方が、講演などの話が多く回ってくることも事実です。いずれにしても、患者さんや社会がフェアに判断できるように、医療界が変わっていく必要があるのではないでしょうか。今後、医療者は、今まで以上に、情報をしっかりと開示し、説明責任を果たしていく必要があると思います。
その点、私たちが強調したいのは、このデータベースは、すでに社会の公共財であるということです。もし、読者の方々の中に、ジャーナリストや研究者の方々がいれば、ぜひこのデータを使って、さまざまな調査を計画・実行いただければと考えています。そして、一連の問題が、より多くの方々の関心事となることを願っています。
そして、最後にみなさんに一つお願いをさせてください。それは、寄付です。今回の一連の調査には、データの抽出と入力、データの整理などのプロセスで、膨大な時間とコストがかかっています。基本的にはワセダクロニクルに出入りする学生さんが関わってくれているため、安価に抑えられていますが、その経費は、原則として全て寄付で賄われています。来年以降も、このような情報公開を続けていくために、ぜひ皆様のご協力をお願いいたします。ご協力いただける方は、ホームページをご覧ください。
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外科医
2010年3月東京大学医学部卒業。同年4月~国保旭中央病院 初期研修医、2012年4月~一般財団法人竹田健康財団 竹田綜合財団 外科研修医、2014年10月~南相馬市立総合病院 外科、2017年1月~大町病院内科、2017年7月~ときわ会常磐病院乳腺外科。研修医時代に経験した東日本大震災に大きな影響を受ける。2012年4月からは福島県に移住し、一般外科診療の傍、震災に関連した健康問題に取り組んでいる。専門は乳癌。製薬企業と医療者の金銭問題の是正に、現場から取り組んでいる。
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(外科医 尾崎 章彦 写真=iStock.com)
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