認知症と老年期うつは"似て非なる"病気だ
プレジデントオンライン / 2019年2月9日 11時15分
※本稿は、「プレジデント」(2018年9月3日号)の掲載記事を再編集したものです。
■要注意! 増加している、高齢者のうつ病
皆さんの中には、お盆や夏季休暇に実家に帰り、ご両親と久しぶりに再会したという人も多いでしょう。そのとき、ご両親の様子に、次のような変化はないでしょうか。
「父は若いとき、新聞やテレビが好きでよく見ていたのに、帰省してみたら、新聞は読まずに積んだままになっていて、テレビもつけていなかった」
「父はゴルフや釣りが趣味で、社交的な明るい性格だったのに、昨年に母を亡くしてからは、人付き合いがめっきり減って、ゴルフや釣りにも行かなくなった。家では、昼間からお酒を飲むようになった」
「母は昔、家事が得意だったのに、実家に行ってみると、ゴミや洗濯物がたまっていた。炊事も面倒になり、出してくれた料理も出前で頼んだもの。最近では、近所のスーパーにも行っていないらしい」
「しばらく見ないうちに、母がげっそりとやせていた。聞いてみると、夜はよく眠れず、食欲もないという」
もし、そうした変化があったとき、「もう年だから仕方がない」と済ませていないでしょうか。しかし、もしかしたら、「うつ病」になっているかもしれません。
慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の三村將教授は、うつ病は高齢者にも多いと次のように語る。
「うつ病というのは全年代にあるような病気で、高齢者も例外ではありません。最近は高齢者の人口が増加しているので、うつ病も高齢者の患者さんが増えています」
うつ病は10人に1人の割合でかかると言われているほど身近だ。年を取れば取るほど心の耐性も弱まるうえに、うつ病の発症のきっかけが増えていくため高齢者のほうがリスクは高いと言える。
■配偶者の死別やペットロスで、うつ病が発症
うつ病が発症するきっかけの1つは「喪失体験」だと三村教授は説明する。
「うつ病はきっかけがなくてもなる病気ですが、当たり前ですが、きっかけがあったほうがなりやすい。高齢者は身近な人と死別するなどの喪失体験が多くなり、ストレスがかかってうつ病にかかりやすいと言えます」
典型的なのが、長年連れ添った配偶者を亡くすケース。精神的な衝撃は大きく、毎日の生活も一変する。年の近い兄弟や親友が亡くなっても、心理的に強いダメージを受ける。最近では、かわいがっていたペットの死で「ペットロス」に陥る高齢者も目にするようになった。
「大病を患って体が不自由になり、生きていく自信を失って、うつ病になってしまう高齢者もいます。また、定年退職した男性は、生きがいだった仕事から遠ざかり、職場の人間関係も切れて孤立してしまうため、うつ病を発症するケースが少なくありません。生活環境の大きな変化も、精神的なストレスとなり、うつ病の引き金になります。子どもと同居したり、介護施設に入所したりするために、住み慣れた家から引っ越しをした後で、うつ病になる高齢者もいます」(三村教授)
三村教授は続けて、うつ病の症状について説明する。
「1つは抑うつ気分で、気持ちがひどく落ち込んで、何ごとにも悲観的になります。もう1つは、『何もやる気が起こらない』『何をしてもつまらない』といった生気感情の喪失です。不眠や強い不安感、食欲不振なども、代表的なうつ病の症状と言っていいでしょう。うつ病が進行すると、自分を無価値な人間と感じて自殺願望を抱くこともあり、注意が必要です」
■治らない不調、本当の原因はうつ病かも
高齢者の多くは、ほかの病気も抱えていて様々な症状や体の不調を訴えるので、若者と比べて、うつ病なのかを見極めるのが難しいことも少なくないと三村教授は指摘する。
「高齢者の場合、精神症状よりも身体症状のほうが強く現れることもあります。腰痛や頭痛、耳鳴りといった症状が、内科等で治療を受けても一向に改善しないが、精神科を受診したら『うつ病』と診断されるケースもあります」
また、高齢者の場合に特に注意したいのが、本当はうつ病なのに、認知症と勘違いしてしまうこと。というのも、うつ病と認知症は症状が類似していることが多い。例えば、うつ病でよく見られるアパシー(無気力状態)や不眠が、認知症でも現れることがある。また、物忘れなどの記憶障害、計算の間違いなどの認知機能の低下は、認知症の典型的な症状だが、うつ病でも起こりうる。
「うつ病と認知症というのは完全に区別できるというよりは、うつ病から認知症に移行することがよくあります。実際に診察をしていて、最初はうつ病だけだったけれど、徐々に物忘れがひどくなり、認知症を併発することは少なくありません」(同)
とはいえ、うつ病と認知症の症状に違いはないのだろうか。違いの1つが妄想の種類だ。うつ病でも、認知症でも、妄想が現れることがよくあるが、うつ病の妄想の大半はささやかな妄想(微小妄想)だ。微小妄想の主なものは、自分が周りに迷惑をかけているといった自責の念が強くなるタイプ、資産家なのに「お金がない」といった悩みを訴えるタイプ、がんではないのに「もう助からない」と思い込むというタイプがある。それに対して、認知症では、大事な持ち物を失くして、「嫁に盗まれた」などと言い張る「物盗られ妄想」が典型的な症状。認知症の中には、幻覚や幻視も起こりやすく、実際には誰もいないのに人影を感じて、「浮気をした」と配偶者を責めたりする「嫉妬妄想」が見られる場合もある。
このように、うつ病と認知症は違う点があるが、2つの病気は密接に関係していることに変わりはない。認知症ではなく、うつ病だったとしても、「うつ病は“心のカゼ”だから、認知症と違って治るよ」という話ではない。
「重要なのは、うつ病にせよ、認知症にせよ、病態を正しく把握して、早いうちから適切な治療を受けることです。症状があるのに放置をしてしまうと、悪化して、最悪自殺をしてしまうリスクも高まります。そういったことを防ぐためにも、心配な症状があれば、医療機関に相談することをお勧めします。精神科への受診を嫌がるようでしたら、高齢者を多く診察しているかかりつけの医療機関に相談するのもひとつの手です」(同)
■高齢になったら、健康的あきらめ思考法に変える
医療機関ではどういう治療が受けられるのか、三村教授は説明する。
「高齢者のうつ病の治療では現在、薬物療法と精神療法が主流になっています。精神療法の中心は認知行動療法といって、物事の考え方や行動パターンを変えようとする治療法。ほかにも、薬でよくならないような症状の場合は、電気けいれん療法を行うこともあります。通電療法と言うこともありますが、慶應義塾大学病院でも年間500件ほどの治療を手掛けています」
薬物療法で一般的に使用される抗うつ薬には種類があるが、いずれも神経伝達物質を脳内で増やし、脳の機能を改善する仕組みだ。しかし、薬は副作用が付き物で、過度に依存するのは問題があるため、精神療法も活用されている。
精神療法の中でも特に有効なのが、「認知行動療法」で、医師や臨床心理士などの専門家の指導を受けながら行われ、高齢者でも取り組むことができる。例えば、うつ病になりやすい思考パターンのひとつに「べき思考」がある。若い頃の当たり前を引きずって、「こうあるべき」と理想を掲げたけれど、年を重ねてできなくなって挫折し、うつ病に繋がることが少なくない。そこで、努力してもどうにもならないことがあるという思考パターンに変えて、何かできないことがあっても、「ここまでできたのだから十分だ」という考え方にして、心を楽にして過ごせるようにするわけだ。
また、妄想や自殺願望など、症状が重く、抗うつ薬が効かない場合に行う「電気けいれん療法」は、1カ月程度の入院が必要で、10~12回程度の治療を行う。重症例でも顕著な回復が見られるそうだ。
家庭でできる老親のうつ病予防法や治療法について、三村教授はこう説明する。
「まずは誰かとよく話をすることが重要です。自分の気持ちを話せずにいるとストレスを溜めてしまいがちです。それから、規則正しい生活。睡眠や食事をしっかりとり、体も動かしましょう。体操や散歩でも十分で、朝の太陽の光を浴びることも簡単に始められます」
日常生活では、生活リズムを整えることを意識することが大切。「病気がちだから」と家に引きこもらないで、外に目を向けよう。無理のない範囲でボランティア活動に取り組んだり、勉強会・講演会などに参加してみたりして、人間関係を広げることは、うつ病の改善に有効だ。
また、うつ病の予防や治療では、家族の協力が欠かせないと三村教授は説く。
「ご家族の方は、親御さんの話を面倒くさがらずに聞いてあげましょう。嫌なことを言われても決して説教をしたり、自分の意見を押し付けたりしないでください。対話のコツは、聞き役に徹することです」
老親との会話の中では、「体調が悪い」と言われることが多いが「辛いよね」と共感し労ってあげたい。「死にたい」などの死にまつわる話題も拒まずに「死んでほしくない。大変でも生きていてほしい」と伝え、何が気にかかっているのか聞き取ってあげよう。実家が離れていて実際に会って話をすることが少ないのなら、電話でもいいので、コミュニケーションの機会を増やそう。親がうつ病にならないよう、またうつ病になってしまったら一日も早く元気になれるように、根気よくサポートしてあげてほしい。
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慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室教授
『認知症と見分けにくい「老年期うつ病」がよくわかる本』(講談社)を監修。
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■▼【図表】一目でわかる! 老年期うつ病リスク
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(ジャーナリスト 野澤 正毅 撮影=むかのけんじ 写真=amanaimages、iStock.com)
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