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中国のIT企業が「GAFA」になれないワケ

プレジデントオンライン / 2019年1月30日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/maybefalse)

デジタル覇権をめぐる米中の「経済冷戦」。中国の国家一体となった経済システムは成功するのか。中部大学特任教授の細川昌彦さんは、「中国は米国のGAFAをコピーした『BAT』で成功したが、国家主導が行き過ぎて、欧米の対中警戒感を強めてしまった。このままでは中国の『デジタル覇権』は失敗する」という――。

※本稿は、細川昌彦『暴走トランプと独裁の習近平に、どう立ち向かうか?』(光文社)の一部を再編集したものです。

■中国3大ネット企業「BAT」の躍進

中国の「デジタル覇権」を担う代表的な民間巨大企業が、3大ネット企業のバイドゥ、アリババ、テンセントだ。

これらの3社は頭文字をとって「BAT(バット)」と呼ばれている。これらの躍進ぶりはすさまじい。いずれも利益率は20%を超え、海外留学からの帰国組など優秀な人材を惹きつけて急成長している。中国国内、海外ともに急速に事業拡大しており、連日そうした報道には目を見張るものがある。最近は日本の政財界もこうした企業への訪問に殺到しているのが実情だ。

これまでのデジタルの世界では、米国のグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルが代表格であった。これらの企業はITを使った各種サービスの共通基盤になるインフラを提供する巨大事業者で「ITプラットフォーマー」と呼んでいる。そしてその4社の頭文字をとって「GAFA(ガーファ)」と呼ばれている。

国際的には、これらのITプラットフォーマーが巨大な顧客データを収集、蓄積することによって絶大な力を持つことへの懸念はかねてから指摘されているところである。

■だが実はGAFAをマネしているだけ

実は中国のBATは、米国のGAFAのビジネスモデルを真似た「コピー・モデル」だ。中国政府はこれまで米国のGAFAに対して、さまざまな規制を設けて、中国市場での自由なビジネス展開を許してこなかった。これは「デジタル保護主義」だと指摘されている。

例えば、クラウドサービス事業については外資規制をしている。そうした中国政府によって作られた「国境の壁」に守られて、BATはGAFAとの競争を回避できて、14億人の巨大市場の中で急成長していった。

そして国内で保護されながら十分成長して巨大になったうえで、海外でのビジネス展開に打って出ていることについては後述することにしたい。

問題は、中国のBATは中国政府との密接なつながりの下に成長していることだ。共産党政権の意向に沿ってビジネス展開している限りは、政権によって保護を受けて高収益力で成長する。いわば「国家と一体となった」成長モデルと見られている。

■ビッグデータによる社会統制を進める中国

さらに、こうしたBATは巨額の資金力で、あらゆる分野のベンチャー企業に投資して、自らの支配下に囲い込もうとしている。中国のベンチャー企業の多くはデジタル分野だが、その資金供給源になっているのだ。2017年にアリババ、テンセントが出資した企業数はそれぞれ10社、80社を超える。

企業価値が10億ドルを超える未上場企業を「ユニコーン」と呼ぶが、世界に250社あるうち、中国には米国の120社に次いで多い70社がある(2018年8月末時点)。中国はこうしたユニコーンを国を挙げて支援している。日本はたった1社であるので、中国の躍進ぶりは目を見張るものがある。BATは潤沢な資金を背景にこうしたユニコーンの3分の1の会社に出資している。

そして、こうして囲い込んだ多数のさまざまなベンチャー企業のビジネスを通じてもデータが集まるようになっている。こうしたベンチャー企業はさまざまな生活や事業分野で多様なウェブサービスを展開している。その結果、BATはGAFA以上に多様な種類の豊富なデータを蓄積することができるのだ。

しかし、そこにはデジタル分野特有の深刻な問題をはらんでいる。

中国政府はBATが収集した膨大なビッグデータにアクセス可能だ。後述する「サイバー・セキュリティ法」には公安機関への協力義務も規定されている。こうしたデータをAIで分析すれば、「国家による社会統制システム」になり得るのだ。

■飛躍的に普及する「モバイル決済」

例えば、中国ではスマホを使ったモバイル決済が急成長して、米国の10倍以上にまで普及している。中国に行くと驚くのが、このキャッシュレス社会だ。その一翼を担うのが、アリババが提供する電子決済システム、アリペイだ。飛躍的に普及しており、日本にも進出している。

このアリペイは個人情報を提供させて個人の信用力を点数化して、顧客ごとにどの程度の優遇をするかを決めるようになっている。こうして自然に個人情報のデータが集まる仕組みだ。このようにして収集された個人に関するデータに国家はアクセスできる。ちなみに、アリペイやテンセントなど民間の銀行決済システムは、2018年の6月からは全て人民銀行の統一決済プラットフォームにつなぐことになり、その結果、官民一体の巨大ビッグデータが中国政府下にある。

■「デジタル・シルクロード構想」の猛威

さらに注目すべきは、2018年4月に北京で開催された、ある重要会議だ。「全国サイバーセキュリティ情報化政策会議」である。習近平主席以下、中国政府首脳が集まって「ネット大国化」への大方針が決定されたのだ。

情報化を中華民族に訪れた千載一遇のチャンスと位置付けて、「ネット強国」建設をめざすとされた。注目すべきポイントは4つある。

(1)共産党政権によるネットの統治を形成する
(2)サイバー企業を強大化する
(3)サイバー分野での「軍民融合」を進める
(4)「一帯一路」を活用した「デジタル・シルクロード」の建設で海外展開する

要するに、共産党による統治、軍事力の高度化、海外への展開がキーワードになっている。

プレーヤーは前出のBATという民間の巨大ネット企業でも、そこには色濃く「国家主導の統治システム」の一環であることを打ち出しているのだ。そしてその中国モデルのシステムを「一帯一路」の協力を通じて、その沿線国を取り込んで、広げようとしている。例えば、マレーシアには中国の警察用特殊カメラを、エチオピア、ケニアの治安機関には中国の顔認証システムが導入されている。

■習近平が目指す「中国による国際的なネット秩序圏」

「デジタル・シルクロード」を建設することで、中国はデジタル政策を共有する経済圏の拡大を目指している。

2017年12月には80カ国、1500人が参加して、「世界インターネット大会」を開催している。ここで習近平主席はこれらの国々に対して「サイバー空間運命共同体」を作ろうと呼び掛けているのだ。まさに「運命共同体」という名の「中国による国際的なネット秩序圏」を目指している。その手段が、「一帯一路」を活用したデジタル分野での協力なのだ。

米国のシンクタンクであるカーネギー国際平和財団はこう警鐘を鳴らしている。

「デジタル・シルクロードは中国の通信企業にインフラ建設を認めるもので、ポータルサイトや電子商取引サイトなど、あらゆるデジタル媒体へのアクセス権を与えるもの。非常に長期間にわたって中国の足跡が残ることになり、そうなった時には他の選択肢は残っていない」

欧米諸国の見方はこうだ。中国は、「国家の政策でBATを成長させ、そして成長したBATを活用して国家の統治を進める」といった、国家とBATが一体となったデジタル覇権戦略を進めている。

そして中国は国家自らが国内のデータを囲い込んで国外には出させず、他国のデータは積極的に入手して、いわば一方通行の「デジタル保護主義」でデータ争奪戦を制しようとしている。しかもそれが国家による統治強化につながっている。

そうしたデジタルを巡る中国の経済システムそのものに強烈な警戒感を抱いているのだ。

■米中経済冷戦は覇権だけでない「秩序間競争」

ここまで見てきた中国の国家主導の経済システムは、戦後、欧米主導で築いてきた自由、民主主義、市場という価値観、秩序と相容れないものだ。WTOが認定する「市場経済国」とは到底言えない、国家が一体となった経済体制である。

こうした秩序は強権的な国々にもなじみやすいことから、海外にも広がりかねない。確かに民主主義国家に比べて、国家主義の経済システムの方が効率的で、変革へのスピードの上で圧倒的に優位に見える。中国も自らの中国モデルが戦後の欧米主導の秩序に優越することに自信を持ち、これに代わる統治モデルとして提唱しようとしている。そうした動きが世界の経済システムを大きく左右することになりかねない。

これは決して米国だけの認識ではない。欧州でもこうした認識が政府、識者の間で広がっていることに注目すべきだ。

日本の論者の中には、米中間での経済冷戦を「米中の覇権争い」「ハイテク覇権」と称して、100年前に英国から米国に覇権が移ったことになぞらえる向きもある。

「このような技術覇権を巡る主役交代は1930年代に英国から米国へ起こっており、100年経った2030年頃に米国から中国への主役交代を予感させる」と。

そういう面もあることは否定しないが、これは一面的だ。今起こっている本質は単なる「覇権争い」ではない。秩序が異なる体制同士の「秩序間競争」だ。

あえてこうした基本認識を指摘したのは、これによってどう対応すべきかが違ってくるので大事だからだ。

■中国の危機感は深まりつつある

「覇権争い」ならば単に覇権国を巡る米中間の戦いと見ていればよい。ところが「秩序間競争」ならば、戦後築き上げた秩序を維持、強化するために価値観を共有する日米欧が連携することが大事になってくる。

米国のクドロー国家経済会議委員長やライトハイザーUSTR代表が最近、日米欧による「対中有志連合」に熱心になっている理由はそこにある。

一方、中国は最近、市場開放をアピールして、中国はきちっと対応していると国際社会に訴えている。

しかし、これで事態を乗り切れると見るのは甘い。

米国の根深い対中警戒感に基づいた攻め口に対して、中国の人民日報が「米国は、中国政府が支える経済システムそのものの解体を狙っている」とまで書くほど、最近になってやっと中国の危機感は深まりつつある。これは習近平主席が当初読み違えたものともいえる。これは中国の政権内部で、正確な情報、助言が習近平主席に届かなくなっていることも起因しているようだ。

しかし以上述べてきたことは中国の国家主導システムの根幹に関わるものだけに、根本的に見直すわけにはいかない。中国共産党の統治を支える仕組みでもあるからだ。これが共産党政権を維持するためには必要だと長年信じ、中国政府は必死に取り組んできた。ある意味、共産党統治の自信のなさの裏返しでもあるのだ。

■「平和的な台頭」路線に軌道修正できるか

細川昌彦『暴走トランプと独裁の習近平に、どう立ち向かうか?』(光文社)

かつて最高指導者、鄧小平(とうしょうへい)氏が提唱した「韜光養晦(とうこうようかい)」つまり「才能を隠して、内に力を蓄える」が中国の外交戦略であった。しかし2012年、習近平政権は大きく転換して、国威発揚をめざして、「偉大なる中華民族の復興」を掲げた。2017年にはこれを党規約に明記したのだ。対外的にマイナスがあっても、国内統治のためには、あえてそうせざるを得なかったとも見ることができる。

その産業版として掲げた「中国製造2025」は習近平主席肝いりの看板政策だけに、面子と統治のために下ろすに下ろせない。

中国がこうした国家主導の市場歪曲的な経済システムを軌道修正せざるを得ないことに気づいたとしても、共産党政権の国内統治の手段になっているだけに、どこまでそれをやり切れるか。「平和的な台頭」路線に軌道修正できるかどうか、恐らくそこが今後の歴史的に重要なポイントだろう。

中国にとって内外ともにいまだ着地点の見えない長い戦いが始まった。

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細川昌彦(ほそかわ・まさひこ)
中部大学 特任教授
1955年生まれ。77年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。通商政策局米州課長、貿易管理部長など通商交渉を最前線で担当した。在職中にスタンフォード大学客員研究員、ハーバード・ビジネス・スクールAMP修了。また、中部経済産業局長として「グレーター・ナゴヤ」構想を提唱。日本貿易振興機構ニューヨーク・センター所長も務めた。経済産業省退職後、現在は教鞭をとる傍ら、自治体や企業のアドバイザーを務める。著書に『メガ・リージョンの攻防』がある。

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(中部大学 特任教授 細川 昌彦 写真=iStock.com)

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