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「9歳での結婚」はすぐやめさせるべきか

プレジデントオンライン / 2019年2月7日 9時15分

玉川大学 岡本裕一朗教授(撮影=プレジデントオンライン編集部)

イスラーム圏には、9歳前後で結婚させられる少女たちがいる。これはやめさせるべきなのか。『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)を上梓した玉川大学の岡本裕一朗教授は、「少女の権利を無視しているという非難は、西洋的な基準にもとづいている。自分たちの考えは『一つの考えにすぎない』ことを前提にして、コミュニケーションを取ることが必要だ」と語る――。

■「西洋の文化」だけが正しいとは限らない

――『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』の冒頭では、イスラーム圏の児童婚(サウジアラビアやイラクでは9歳で成人となることを法制化しており、結婚させられる少女たちがいる)などを例に、文化相対主義の問題を取り上げていらっしゃいますね。そもそも「文化相対主義」とは、どのような考え方なのでしょうか。

文化相対主義とは「各文化には、それぞれ独自の考え方や見方がある。異なる文化間では共通の基準がなく、優劣を決めることはできない」という考え方です。19世紀までの西洋の自文化中心主義に対する反動として登場しました。

19世紀には進化論を文化に対して適用する「文化進化論」などによって、西洋文化が一番上というイメージが作られていきました。それが植民地戦争、世界制覇の動きと重なって存在していたわけですね。

これに対するひとつの反動として、「西洋の文化が唯一正しいわけではない」という考え方が、文化相対主義として出されました。第二次世界大戦が終わって植民地主義が批判されると、国連が文化相対主義を唱えたんです。

その背景には、文化人類学者が出てきたことも大きかった。アジアやアフリカ、ラテンアメリカに行って、その土地の文化を研究する人々です。そのなかでも一番大きな存在が、フランスのクロード・レヴィ=ストロースでしょう。

レヴィ=ストロースは文化相対主義者ではありませんが、彼はそれまで「低い」文化と思われていた未開の文化が、実際には高度な数学を使わなければ解明できないものであり、西洋文化と比べて見劣りするわけではないと論じました。

■「肉親が死んだら死体を食べる」は野蛮なのか

ただ、根本的な話で言うと、文化相対主義は実はギリシア時代からありました。『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』にも書いたように、ギリシア時代の歴史家ヘロドトスの『歴史』には次のような話が出てきます。

インドの部族であるカッラティアイ人は、肉親が死んだときには死体を食べる。一方、ギリシア人は火葬する。ギリシア人からすると、カッラティアイ人はなんて野蛮なことをやっているのかと思うわけです。逆にカッラティアイ人にしてみれば、ギリシア人のように肉親の体を焼いてしまうなんて、そんなおそろしいことはできない。

つまり、自分たちの文化とは異なる相手の習慣が、まったく間違っているように見えるという話です。そうした意味では、文化相対主義的な発想はギリシア時代から始まっていたといえます。

ギリシア時代には、ソフィストと呼ばれる哲学者たちがいました。自分の知識をさずけてお金をもらう、つまりお金をもらいながら哲学するというタイプです。彼らの一番の主張は「すべての知識は常に人間を中心にして考えられている」というものでした。

すべての原理は人間であり、人間は自分の原理にもとづいて、あるいは社会や文化に規定された考え方にしたがって物事を考えるということです。文化相対主義をさらに強く言えば、個人的相対主義という形になります。生まれ育った習慣や感情がそれぞれ違う個人同士で理解することは基本的に不可能、という考え方ですね。

哲学は常に葛藤・対立のなかで出てきています。20世紀の文化相対主義の議論は特別なものではなく、昔からあったものの何回にもわたった焼き直しともいえます。

■児童婚を「文化的な違い」で済ませていいのか

――イスラーム圏の児童婚の問題は、性行為による女性の身体への悪影響などを踏まえると、「文化的な違い」では済まないようにも思えます。それに対してはどう向き合ったらよいのでしょうか。

その説明で全然問題ないと思いますが、身体的な問題や自己決定権、女性の権利を無視しているといった非難が、西洋的な基準にもとづいていることも確かです。「私たちは西洋的な基準で動く文化のなかにいるので、そのなかで考える。それもひとつの考えにすぎない」ということを前提にしたうえで、違う考え方の人たちと付き合っていくのが重要だと思います。「お前は間違っている」と言ったとたんに、相手とのコミュニケーションは不可能になるでしょうから。

アメリカの哲学者のリチャード・ローティが言うように、自文化中心主義をなくすことはできません。西洋人が「自分たちが正しい」と思うようになったのも、それはそれで自文化中心主義の一つのあり方だし、国家や文化のレベルでも、その人たちにとっては自分たちのほうが正しいとそれぞれが思っている。自文化中心主義から出発するほかないんです。

自文化中心主義を乗り超えるとか、自文化中心主義に陥らないようにというのはありえず、自文化主義を前提としたうえでお互いに付き合おうねというのが、20世紀の成果でした。

■「おかしい」と思う人がいることを自覚する

イギリスの哲学者のカール・ポパーは『フレームワークの神話』という本で先ほどのヘロドトスの話をとりあげ、重要なのはお互いに「相手はおかしい」と考えているということではないと言うんですね。ポパーは、2つの部族の間に通訳がいることに着目します。通訳を交えて、相手側がどのような反応をしたのかということを、もう一方の部族に教えるわけです。そうすると自分たちの考え方もまたひとつの考えにすぎないということを、彼ら自身が自覚する。

どちらが正しいかとか、2つの習慣があっておかしいという話ではなく、自分たちの習慣を「あいつらはなんて変なことをやっているんだ」というふうに見る人が外にいるといことを自覚する、そこが非常に重要です。そうすることによってコミュニケーションが可能になる。

互いにコミュニケーションをとりながら落としどころを考えていくということしかないと思うんです。そうでないと、相手が間違っているという決めつけになる。それはあまり生産的ではないでしょう。

■“ツイッター世代”なマルクス・ガブリエル

――『なぜ世界は存在しないのか』が日本でもベストセラーになったドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルは、道徳的相対主義を捨てるべきだと主張しています(『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』)。これについてはどう考えますか。

彼はNHKで放送された石黒浩さんとの対談の中で、非常に強いかたちでロボットや人工知能に批判的な立場を表明していますよね。その際に石黒さんが面白いことを言っていました。「ヨーロッパでロボットを紹介すると、ドイツ人だけは反応がまったく異なる。ドイツ人の半数はヒューマノイド(人間型のロボット)を頑なに認めようとしない」と。

私はそれを観たときに、ああ、ガブリエルもそうなのかと思ってびっくりしたんです。ドイツ人の発想、つまりナチス・ドイツの優生政策という苦い経験にもとづく、科学技術に対する保守的な反応。彼自身、そうした自分の考え方をあまり相対化しないところがあります。「あれは間違いだ」と非常にはっきり言う。ツイッター世代だなと思うんですけど(笑)、「ハイデガーは間違っている」とか、普通はなかなか言わないことを「こうだ」と断言する点が、今風でうけているのでしょう。

■「別の可能性」を想定して考え続けるしかない

彼の試みはポストモダン批判ですから、その意味で彼が相対主義を批判するのは、それなりに筋のとおった立場だと思います。だけれども、彼の議論として、いったいどういう道徳が出てくるのか、そこがはっきりしない。

岡本裕一朗『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)

彼は『私は脳ではない――二十一世紀のための精神哲学』という本で自由の話をするときも、カント以後の自由の考え方にのっとった形で、自我を脳のひとつの過程のような形でとらえる自然主義はまちがっていると言う。それはひとつの立場ではありますが、では道徳をどういうものとして考えたらいいのか、という点については明らかに語っていません。

相対主義をとなえる必要はないのだけれど、自分の立場自体が実は相対的なのだ、ということを自覚の上でやることは必要だろうと思いますね。自分の立場の中から考えるということは、当然、自らの基準にそったかたちで物事を考えるということです。

なおかつそれがすべてではない、という点が重要で、結局この2つの緊張関係の中でしか動けない。私たちは常に別の可能性も想定したうえで考え続けるしかない、ということだと思います。

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岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
玉川大学文学部教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。

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(玉川大学文学部 教授 岡本 裕一朗 構成=早川書房編集部、撮影=プレジデントオンライン編集部)

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