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なぜゴーン氏は"日産の全権"を握れたのか

プレジデントオンライン / 2019年2月11日 11時15分

■ゴーン氏は複数のリーダーシップスタイルを使い分けていた

グローバル・リーダーシップの優れたロールモデルの一つと言われていたカルロス・ゴーン氏の逮捕が大きな話題になっています。こうしたときだからこそ、改めてゴーン氏のリーダーシップを経営理論的視点から考察してみたいと思います。

最初に確認したいのは、リーダーシップにはいくつかのスタイルがあり、どのスタイルが求められるかは、その組織の置かれた状況によって変わる状況依存的なものだということです。たとえば危機的な状況下に求められるリーダーシップスタイルと、堅実にオペレーションを回すことが大事なときに求められるスタイルは違います。ゴーン氏はグローバル・リーダーとしていくつかのリーダーシップスタイルを使い分けていたと考えられます。

グローバル・リーダーシップに必要な要素は、米国の経営学者であるジョイス・オスランド教授がまとめています。ピラミッド図がそれです。

ピラミッドの一番下は「グローバル・ナレッジ」。世界でビジネスをするためには、当然ながら世界の経済、政治、歴史、経営の知識が最低限必要です。

その上の階層が「スレッシュホールド・トレイト」。これは「起点となる資質」という意味で、リーダーはもともと起点として、「誠実さ」「高潔さ」などの資質を持っていなければならないということです。

その上が「アティテュード&オリエンテーション」と「グローバル・マインドセット」。「グローバルな考え方に基づいた振る舞い方、方向付けの仕方、心構え」というような意味です。

さらにその上が「インターパーソナル・スキル」。マインドフル(相手に配慮をした)・コミュニケーション、信頼関係を築く力など、人間関係構築力と言い換えてもいいでしょう。この点は、日産の社外から、しかも外国からやってきたゴーン氏には、日本でのネットワークも経験もなく、日本で信頼を獲得するまでには高い壁がありました。特に日本は信頼を得るまでに長い時間がかかる国です。そこで、ゴーン氏は日産にやってきた直後、500人(一説には1000人とも)の日産関係者と会って話をし、日産の現状を知るとともに信頼関係の基盤を構築してゆきました。経営者にとって最も重要な資源である「時間」を、初期の信頼構築と情報収集に投資したのです。

そしてピラミッドの頂点が「システム・スキル」。「変革をリードする」「イノベーションを育てる」など、リーダー独自の要素です。

■複雑なことを複雑なまま、認識する力とは

一番下の段の「知識」と、上の2段の「スキル」は、訓練次第で後天的に身につけることができます。しかし下から2段目の「スレッシュホールド・トレイト」を訓練で獲得することは比較的難しく、もともと持っているかどうかが重要になってきます。ゴーン氏は、スキルは素晴らしい人です。もしも「誠実さ」や「高潔さ」などの資質が欠けていたとしたら非常に残念です。

グローバル企業の経営者に必要な資質とは何か。(AP/AFLO=写真)

ちなみに日本人には、この「誠実さ」「謙虚さ」「レジリエンス:弾力的な打たれ強さ」などがもともと備わっている人が多い一方、ピラミッドの上半分を身につけている人が少ないのです。逆にいえば、後天的に身につけるのが難しい部分はすでに持っているのだから、あとは経験を蓄積したり、適切な訓練をしたりするだけ。そうすれば日本にも魅力的なグローバル・リーダーがどんどん誕生する可能性があるというのが私の認識です。

さて、ゴーン氏はピラミッドの上半分の要素を意識的に鍛えてきた人です。もし彼に「誠実さ」「高潔さ」がないとしたら、ここは鍛えにくい部分のため、そこは会社が「仕組み」で対応しなければなりません。しかし日本企業ではその点を個人の資質に頼る傾向が強く、トップが悪事をはたらくようなケースをあまり想定していません。一方海外ではトップが暴走しないように「コーポレート・ガバナンス」という名の仕組みをつくってきたわけです。

とはいえゴーン氏に本当に高潔さ、誠実さがなかったのかどうかは、2018年11月末の現時点ではまだ明らかになっていません。しかし少なくとも、彼のリーダーとしての会社への過去の貢献は、明確です。彼の逮捕と、過去の貢献とは分けて考え、われわれが学べることを抽出してみましょう。

まずゴーン氏の貢献の1つ目は、日本企業に新たなグローバル・リーダーの姿をわかりやすく提示したことです。グリーバル・リーダーの1つのロールモデルを見せてくれました。

2つ目は何よりも日産の業績を大きく改善させたことです。忘れている人が多いようですが、ゴーン氏が来る前の日産は赤字続きで、売り上げは現在の半分程度、株価も現在の半値以下でした。日本人のトップが幾度となく再生プランに挑戦しては、達成できずじまいだったのです。

そしてルノーとアライアンスを組んだことで、世界トップ2のグループ企業をつくったことも大きな貢献です。過去平均の収益率がマイナスだった会社を、規模感でいえばグループとして世界トップ2に押し上げたという業績は公正に評価すべきでしょう。

3つ目は、やや特殊とはいえ、ルノーと提携することで国境を越えた企業協調の新しい形を提示したことです。ピラミッド図の「アティテュード&オリエンテーション」の中に「コグニティブ・コンプレキシティー(認知的複雑性)」という要素があります。これは「複雑なことを複雑なままで認識できる能力」のこと。ビジョンを考えるリーダーには、とても重要な能力です。混沌と絡み合った複雑な現実をそのままとらえ、そのなかから、「どこへ向かうべきか」というビジョンを示すのです。この能力がないリーダーは、「お前、右か左か、どっちなんだ」というように、自分に上がってくる情報を単純化することを要求しますが、本当に優れたリーダーは複雑なものを複雑なまま理解・把握し、「右に行こう!」というようなシンプルなビジョンを示すことができるのです。

■複雑かつ絶妙なバランス感覚があった

ゴーン氏は、ルノーと日産のアライアンスを、買う・買わないというシンプルな買収にせず、「戦略的アライアンス」という微妙な位置付けをとりました。つまり形式要件と運用を分けたわけです。形式要件でいうと日産はルノーの子会社ですから、本当は買収です。しかし運用はアライアンス型で、「日産を尊重する」という姿勢を維持してきました。これをマネージできたのは、ゴーン氏の認知的複雑性の能力が高かったからだと考えられます。

これがもし完全な買収だったとしたら、日産の社内では「なぜ日産より規模が小さいルノーのいうことを聞かなければならないんだ」という反発が当初から生まれ、日産側はやる気を失ってしまっていたでしょう。日産もルノーも、業界競争構造上、単独で戦うことは難しいのですが、この複雑かつ絶妙なバランスを維持することができたからこそ、両者とも現在のポジションを獲得できたと思われます。

グローバル企業のリーダーには、大気圏くらい高いところから地上を俯瞰的に見下ろす力と、必要に応じて地に足をつけて現実を見る力の両方が必要です。日本の経営者は地面に立つのは比較的得意なのですが、大気圏から地表を見下ろせる人が多くないようです。ゴーン氏は大気圏と地面の両方を自由に行き来できる稀有な人です。とはいえ、最近のゴーン氏への現場の情報は、細く限定的になっていたとも耳にします。もしそれが事実であれば、それは経営者の交代の時期ということなのかもしれません。

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池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)
早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学商学部卒業。一橋大学より博士号(経営学)を取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2016年より現職。編著書に『カルロス・ゴーンの経営論』。

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(早稲田大学ビジネススクール教授 池上 重輔 構成=長山清子 写真=AP/AFLO)

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