業種・職種別「サービス残業ランキング」
プレジデントオンライン / 2019年1月31日 9時15分
※本稿は、中原淳+パーソル総合研究所『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)の一部を再編集したものです。
■1位が運輸、2位が建設、3位が情報通信
Aさん「中原先生、今日の講義もよろしくお願いします。ところで、日本で一番残業の多い業種ってどこなんでしょう?」
Aさん、冒頭から元気の良い質問をありがとうございます。
皆さんいかがでしょうか。各自予想してみてください。残業の多い仕事と聞いて、真っ先に何が思い浮かびますか?
……では図表1をご覧ください。
まず、残業が多い業種は想像通りかもしれないですが、1位が運輸業・郵便業、2位が建設業、3位がIT企業などの情報通信業でした。どこも人手不足が伝えられており、皆さんもニュースでよく目にするでしょう。職種で見ても、1位が配送・物流、2位が専門職種(不動産関連、建築・土木系、金融系など)、3位がIT技術・クリエイティブ職となっていて、業種のランキングとおおよそ重なります。ちなみに、この調査における「残業時間」とは休日出勤も含め「所定労働時間を超えて働いた時間」を指しています。
表内の時間数を見ると意外と少ないように思えるかもしれませんが、この結果は業界の「平均値」です。どの職場にも、「常に残業をしない人」が一定の割合で存在しますよね。例えば時短勤務の人など、何らかの事情で残業できない人です。「残業を少しでもしている人」に限定して集計すると、平均時間は4~5時間程度増加します。ですので、残業が常態化している業界においては、図表2のようになります。
■1位が運輸、2位が建設、3位が情報通信
見ての通り、残業をしている人だけに限れば数字が増えるのです。例えば運輸業・郵便業は平均37.4時間、建設業は29.8時間。人によっては、これらの数字がより実感をもって受け止められるかもしれませんね。
「うちの上司はもっと残業している」という声も聞こえてきそうですが、先ほどのデータは、役職のない一般従業員だけのものです。残業をしている上司層(主任クラス以上)を対象にした調査(図表3)では1位は運輸業、郵便業、2位が建設業、3位が不動産業、物品賃貸業となり、現場の部下たちが帰った後にもう一仕事する管理職たちの姿が浮き彫りになります。さらに部下に比べて上司の残業の比率が高い業種をピックアップしてみると、医療・介護・福祉や金融業・保険業、教育、学習支援業などがあがってきました。これらの業種では、マネジャーたちが部下の約1.5倍も残業しているようです。
■明らかになった「サービス残業」の実態
Bさん「私は家に仕事を持ち帰って、子どもが寝た後にやることも多いです。これってサービス残業ですよね? サービス残業の実態はどうなってますか?」
Bさん、ありがとうございます。確かに、持ち帰りの仕事をやむなくしている人も少なくないですよね。
社会では、残業代が支払われる残業だけでなく、違法ではありますが実際には残業代がつかない「サービス残業」が横行していることもまた事実です。Bさんのように、やむなく仕事を持ち帰っている方も少なくないでしょう。従来のこの手の調査では、企業の人事部を通して従業員に質問紙を送付していたため、「サービス残業」の実態はあまりわかっていませんでした。私たちは残業問題の真実を把握するため、敢えて「企業を通さず」調査を行いました。それにより、企業を通しての調査では難しい、サービス残業についての設問にもしっかりと答えてもらうことができました。
いったい、サービス残業が多いのはどんな仕事でしょうか。これもまずは、皆さん予想してみてください。
調査の結果、残業時間の中でもサービス残業の割合が多い業種として浮かび上がったのが、教育・学習支援業、不動産業、物品賃貸業、宿泊・飲食サービス業でした(図表4)。
教育・学習支援といっても、今回の調査に公務員は含まれていないため、主に民間の学習塾などがあたります。教育事業に多いのは、授業前後に個人指導をしても、時間外業務、残業とみなされないケースです。ちなみに、幼稚園教諭や保育士、介護福祉士・ヘルパーなどの、人間に直接関わる職種は、残業時間自体は長くないものの、サービス残業率が高いです。これらの職種はいずれも離職率が高いのですが、サービス残業が多いことも一因となっている可能性があります。
■残業が生まれやすい職種の共通点
また、サービス残業時間が多い職種は1位が医療系営業(MR、医療機器など)、続いて講師・インストラクター(学習塾など)、ドライバー、幼稚園教諭・保育士となっていて、ここでも人に直接関わる教育系の仕事にサービス残業が多いことが見てとれます(図表5)。
これらの業種・職種のサービス残業時間は1人あたり月平均10時間を超えていますが、こちらもあくまで「全体平均」です。先ほど同様に、「サービス残業を少しでもする人」に限定すれば数値は跳ね上がり、「教育、学習支援」で24.4時間、「不動産、物品賃貸」で22.3時間にのぼります(図表6)。サービス残業を毎月20時間超というのは、単純計算で1人あたり月に4万円程度、年間48万円以上の残業手当を受け取っていない推計になります(割増込み時間給を2000円に仮置きして推計)。
職種、業種をまたがった大規模調査によって、「どのような職務特性(仕事上の特徴)が残業時間を増やしているのか」も見えてきました。最も残業時間を増やしていたのは「突発的な業務が頻繁に発生する」職務で、こうした特性が一番高い職種は介護福祉士・ヘルパーです。その後には、「仕事の相互依存性(自分の仕事が終わらないと他の人も終わらない性質)が高い」「社外関係者・顧客とのやり取りが多い」といった職務特性が続き、人との関わりが多い職種に残業が生まれやすいことがわかりました。
■横浜市教員は「1日12時間労働」が通常
図表7、図表8では、残業時間、サービス残業率の調査結果を業種別、職種別のマップにしてみました。
これを見ると、また別のことがわかります。残業時間の多い運輸業・郵便業ですが、それらの業種は比較的、残業代は支払われていることがわかります。そして右下にくるグループは、残業時間は平均するとさほど多くないですが、残業代が支払われない、つまり「残業した場合はサービス残業になる割合」が高い業種・職種です。業種では教育・学習支援業、宿泊・飲食業、職種では講師・インストラクター、幼稚園教諭・保育士など、人に直接関わる仕事にサービス残業率が高いという特徴が見えてきました。これらの職種は、仕事が属人的(ある業務を特定の人が担当し、その人にしかやり方がわからない状態)になることも多く、ひとたび業務過多に陥(おちい)ると、残業代なしで多くの労働が発生してしまう危険性が高そうです。
とりわけ厳しいのは、教育にまつわる仕事です。なぜなら「子どもの将来のため」という「パブリックミッション」を帯びている仕事であり、子どもの幸せを思うあまりどうしても労働時間が長くなってしまう傾向があります。教育や保育などの現場では、子どものためを思えばどこまでも仕事を作れてしまいます。この献身性と仕事の無限性こそが、労働時間を長くしてしまう理由のひとつです。
実際横浜市教育委員会と中原淳研究室が2017年に行った調査によると、横浜市の教員の労働時間は、1日あたり11時間42分でした(直近3日間の平均)。また、1日あたりの労働時間が12時間以上の教員も、全体の42.0パーセントいました。極めて厳しい調査結果です。横浜市のみならず全国の教育委員会、学校でこの事態の改善のために様々な試みをしているところです。
(立教大学経営学部 教授 中原 淳)
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