人気冷食"握れるカレー"が軽減した罪悪感
プレジデントオンライン / 2019年2月8日 9時15分
■「これまでにないおにぎり」に挑戦した冷凍食品
「今日はカレーのおにぎり」――。2017年3月、発売後に投入されたCMは、嵐の櫻井翔氏がナレーターから、カレーのおにぎりを作るという「無茶振り」をされる場面から始まる。手のひらにラップを敷いてご飯を乗せ「無理でしょ」と笑いながらドロドロのカレーと格闘する櫻井氏。満を持して登場するのが「おにぎり丸」だ。
「おにぎり丸」はおにぎりの「具」を冷凍した商品だ。カップ状のパッケージを逆さにすると、丸い形に凍った具材がご飯の上にポトンと落ちる。あとは握って、ご飯の熱で自然に解凍されるのを待つだけ。炊きたてご飯なら15分、保温ごはんなら20分ほどで食べられる。「おにぎり丸」を担当する開発マーケティング部の竹岡千賀氏は「これまでにないおにぎりができるもので、同時にこれまでにない冷凍食品でもある。それを訴えるのが当時の狙いでした」と語る。
発売から2年で堅調に売り上げを伸ばし、具材の種類は当初の5種類から9種類に増えている。「豚カレー」「牛すき焼き」「牛カルビと3種のナムル」「鶏の梅あえ」……。一見すると定食屋のメニューのようなラインアップは、「あのおかずがおにぎりに!」というキャッチコピーの通りだ。
「単におかずを凍らせただけではなく、ご飯となじみやすいしっとりとした食感や、冷めてもおいしい味付けにこだわりました」(竹岡氏)
■1日100個のカレーおにぎりを試食
開発を始めたのは2014年頃から。特に苦労したのが冒頭のCMでも登場した「握れる」カレーの実現だ。汁気の多いカレーを、凍らせて固形にする。アイデアさえ浮かんでしまえば簡単そうにも聞こえるが、商品化への道のりは困難を極めた。
「口当たりの滑らかさだけを追究してしまうと、解凍したときにご飯からルーが染み出してしまう。かといって粘度を濃厚にし過ぎると、ご飯となじみにくかったり、満遍なく溶けなかったりしてしまう」(竹岡氏)
試作を重ね、開発当時の担当者は1日に100個のカレーおにぎりを食べ比べたこともあったという。同社の冷凍技術の蓄積がなければ、「おにぎり丸」は日の目を見なかっただろう。
■「昼食はおにぎりに限定」のスポーツクラブも
しかし、なぜそこまでして、おにぎりの「アップデート」が必要だったのか。原点は、主なターゲット層である子育て世帯の声だった。
個別インタビューなどを交えた市場調査を実施すると、保護者たちは具材のマンネリ化や、それに伴う栄養バランスの偏りに頭を悩ませていることが分かった。特に地域のスポーツクラブなどに参加している子供について調べると、屋外での食べやすさなどを理由に、昼食はおにぎりにするよう指定されている例も目立った。
コンビニエンスストアで見かけるおにぎりこそ、近年は「オムライス」や「卵かけご飯」などの変わり種も増えている。だが、家庭で保護者が手作りするおにぎりといえば、かけられる時間や手間も限られ、具材は梅干しや鮭、佃煮などが定番になる。
「おにぎり丸」は数十種類のおかずの中から試作を繰り返し、発売時の5種類まで絞りこんだ。「ご飯との相性の良さはもちろん、肉と野菜を入れ、栄養バランスを考えた組み合わせにしました」と竹岡氏。
グループ企業である味の素では「トップアスリートやがんばる人」をサポートする食事プログラム「勝ち飯」の取り組みを推進している。メニュー開発では、その「勝ち飯」を担当する管理栄養士の協力も得た。さらに「子供が喜んでくれるような『ワクワクする』ラインアップ」を意識。出来立ての瞬間を凍らせることができる冷凍技術の強みを存分に生かすことで、ご飯とおかずをギュッと一つにした新型おにぎりを生み出したのだ。
■「握る」ひと手間はあえて残した
現在のところ、競合と認識している製品はないという。ただ、冷凍おにぎりといえばポピュラーなのは「焼きおにぎり」だ。いっそのこと、同様にご飯の部分まで凍らせてしまった方が手間を省けるのでは? そんな疑問が浮かぶ。だが、それも「あえてやっていること」なのだという。
「保護者の皆さんとしては、『既成のものをそのまま出す』という事実に対して罪悪感を抱いてしまいがちなんです。『愛情を込めて握る』という、おにぎりの根幹ともいえる『ひと手間』はあえて残しておくことで、それを軽減できる。受け入れてもらいやすくなったと思います」(竹岡氏)
日本冷凍食品協会によると、2017年の家庭用冷凍食品の国内生産額は約3020億円で、前年より4.7%増えた。10年前の2007年(約2416億円)と比べれば約25%の伸びだ。1980年代に電気冷蔵庫が普及したのをきっかけに、グラタンやピラフなどの軽食、電子レンジ対応の揚げ物、冷凍パンなど、ライフスタイルの変化を反映しながら、バラエティー豊かに発展を遂げてきた。
おにぎりは、外出先での手軽な昼食としてだけではなく、その食べやすさから小学生以下の子供の朝食や、受験生の夜食などでも重宝されている。冷凍食品市場で、「おにぎりの具」をめぐる商品開発競争が今後生まれてくるかもしれない。
■「手抜き感」のイメージを覆したい
同時におにぎり丸は、「冷凍食品へのイメージの刷新」というミッションも背負っていた。
冷凍食品が食卓に並ぶことは珍しくなくなった現在も、日本の家庭の「手作り信仰」は根強い。
「便利な反面、『手抜き感がある』といったネガティブなイメージで捉えられがちでした。冷凍食品の新領域を切り開くことで、それを覆したかったんです」(竹岡氏)
おにぎりと冷凍食品は、いずれも手間が掛からないからこそ「やるべきことを省いている」という罪悪感を伴いがちだった。それに対して同社は、両者の強みを掛け合わせ、ポジティブな「機能性」を打ち出すことを試みた。
消費者の反応を見れば、それが成功していることは明らかだ。作ったおにぎりをツイッターやインスタグラムでシェアし合ったり、「握らずに弁当のおかずとして使う」「うどんにトッピングして“カレーうどん風”にする」といった意外な利用法を編み出したり……。「後ろめたさ」を感じていれば起こり得ない現象が広がっている。
■店頭やSNSで消費者の声を拾う
SNS上の反応などを踏まえ、発売から1年たった2018年2月には商品のリニューアルも行った。
「以前はご飯で具材を覆い隠そうとすると、おにぎりが大きくなりすぎてしまうという意見が目立ちました。そこで具材の形を以前より平たく改良し、包みやすく、一般的なサイズで握ることができるようにしました」(竹岡氏)
今までなかった商品だったからこそ、消費者へ受け入れてもらうため、発売当初から開発担当自ら店頭に立ち、試食などのプロモーションを実施してきた。野球やサッカーなど子供向けのスポーツ大会にも出張し、商品を体感してもらう取り組みを繰り返した。市場での認知が高まったリニューアル以降は、CMも当初の革新性を強調するものから趣向を変更。毎日の食事の栄養バランスに悩む母親への訴求を強めるものへ刷新した。
今後も店頭での活動やSNS上でのコミュニケーションを通じ「どんな小さな声も商品にフィードバックしていきたい」と竹岡氏は語る。冷凍食品は、おやつでも軽食でもなく、毎日の食卓に並ぶものになりつつある。生活に寄り添う「課題解決型」の商品で、市場へのさらなる浸透を狙う。
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ライター・エディター
慶應義塾大学卒業後、全国紙記者、出版社などを経てライター・エディターとして独立。教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材している。
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(ライター・エディター 加藤 藍子 撮影=プレジデントオンライン編集部)
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