茂木健一郎がナニワ金融道を読み返すワケ
プレジデントオンライン / 2019年2月13日 9時15分
■実用書だけはダメ、情熱をかき立てよ
司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』が小説・マンガ部門のトップに輝きましたね。僕としては納得の結果です。
『坂の上の雲』
司馬遼太郎 文春文庫
2位 武力と知略で天下統一を目指す
『キングダム』
原 泰久 集英社
3位 日本を守るため石油に人生を懸ける
『海賊とよばれた男』
百田尚樹 講談社文庫
司馬遼太郎という人は、これも人気の『竜馬がゆく』などもそうですが、強烈な個性を放つ主人公を物語の中心に据えながらも、実はその時代を生きた人々の群像劇を描いています。歴史ものだけど、見方を変えると「コーポレート・ジャパン」つまり株式会社「日本」とでもいうべき大組織を必死に改革してきた人々の物語を描いたわけです。坂本竜馬は江戸から明治にかけて、秋山兄弟は明治から大正にかけて、この国の基礎を築き上げたネーション・ビルディングの物語として、いまも昔もビジネスパーソンを魅了し続けているのだと思います。
特にいまは企業を離れ、フリーランスになったり起業したりする人も増えています。そういう人々にとっては、坂本竜馬の脱藩精神や、組織を飛び越えて人と人とを結びつける力、大胆な発想力や企画力なども1つのモデルになりうるのでしょう。
僕は常々「ビジネス書」には2つの種類があると思っています。1つは経営学や会計学など実際のビジネスに直結するノウハウを教えてくれるハウツー本です。いまならAIやブロックチェーン、プログラミングなどが人気です。
でも人間の脳というのは実務ばかりではダメで、どこか心の情熱をかき立ててくれる熱量も求めている。それが2つ目のインスパイア系書籍だと思うんです。
■ジョブズになれなくても『スティーブ・ジョブズ』に感銘
例えばアップル創業者の伝記『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン著、講談社)や、フェイスブック創業者であるマーク・ザッカーバーグの伝記『フェイスブック 若き天才の野望』(デビッド・カークパトリック著、日経BP社)、日本人商社マンの苦悩を描いた『炎熱商人』(深田祐介著、文藝春秋)なども僕は読んで感銘を受けました。
もちろん、これらを読んだからといって僕がジョブズやザッカーバーグになれるわけでもない。でも、旧来の常識を覆し、自らの信念を貫いて大きな仕事を成し遂げた彼らの生き方にインスパイアされたいからこそ読んでいるわけです。そういう意味で、司馬遼太郎さんの作品はインスパイア系のど真ん中をいくもので、今後何十年と読み続けられていくのではないでしょうか。
そうした視点で眺めてみると、2位以下もほとんどインスパイア系ですよね。『キングダム』『海賊とよばれた男』『課長 島耕作』『オレたち花のバブル組』など。しかも作者が実際に会社という組織で働いた経験がベースになり描かれている作品も多い。
『舟を編む』も、一見、正統的な文学作品に思えますが、静かなインスパイア系とも呼べます。地味だけど、重要で根気のいる辞書編纂という仕事に人生をささげる人々の物語は、どこか古き良き日本の職人気質を髣髴させます。これを読むと、僕なんかは『新幹線お掃除の天使たち』(遠藤功、あさ出版)を思い出します。新幹線が駅に停車する7分間で、清掃のエキスパートたちが車両空間を完璧に心地良い空間に整える、その「奇跡の7分間」を実現させた道のりの記録はハーバードのビジネススクールのテキストにもなりました。
さて、こうして見てきたなかで、実はちょっと意外だったのは『コンビニ人間』でした。とても面白かったのですが、正直ビジネスパーソンの投票によるランキングの上位に食い込むとは思いませんでした。でも、考えてみると、この作品も英訳されて海外でも評判を呼んでいるんですよね。コンビニエンスストアの発祥はアメリカですが、日本で独特の発展を遂げた。いまや世界中に進出したその独特の機能的なシステムや、日本人の職業倫理を理解するうえで、1つの手がかりになっているともいえるのでしょう。
■人間心理の裏の裏まで読み尽くす
そしてここで白状しますが、実はこのリストのなかで僕が一番読み返してきた作品は、何を隠そう『ナニワ金融道』なんです(笑)。単行本はもちろん、再編集されてコンビニで並んでいるのもつい旅先で買ってしまい、読み返すたびに「やっぱり名作だわ」と感心しています。
人間くささをここまで深くえぐり出した作品はそう多くはないはずです。人間の欲や情が金と結びついたとき、建前ではない本音の部分が引きずり出される。作者の青木雄二さんに脱帽です。
金と欲といえば、ドストエフスキーの『罪と罰』も、実はギャンブルで借金まみれになったドストエフスキーがお金のために一気に書き上げた作品だといわれています。金と欲、侮れませんね。
■ビジネスにおいて重要な「隠された欲望の理解」
しかし、ビジネスにおいて、こういう隠された人間の欲望や人間くささを理解するのはとても重要なことだと思います。結局ビジネスとは、何に対してなら人はお金を払うかということに集約されますよね。商品開発にしろ、新しいサービスの創出にしろ。今後AIの時代になっても、人間の本質や、隠された欲望を理解できるのは人間だけ。およそ合理的でない心理の動きや行動をするのが人間ですから。
『課長 島耕作』
弘兼憲史 講談社
5位 社内で出向先で敵を討つ
『オレたち花のバブル組半沢直樹2』
池井戸 潤 文春文庫
6位 人間の業をディープに描く
『ナニワ金融道』
青木雄二 講談社
7位 現代日本の新しい人間観
『コンビニ人間』
村田沙耶香 文藝春秋
8位 武将や軍師がいきいきと躍動
『三国志』
吉川英治 講談社 吉川英治歴史時代文庫
9位 仕事という使命全うする悦び
『舟を編む』
三浦しをん 光文社文庫
10位 天才外科医が生命倫理を問う
『ブラック・ジャック』
手塚治虫 秋田文庫
■「バズる」に必要な2つの要素
もう1つ僕の愛読書に『ギャンブルレーサー』(田中誠、講談社)という漫画があります。こちらも賭け事まみれの競輪選手の物語なんですが、これは僕の友人の哲学者から勧められた作品です。僕はこの「人から勧められた」とか、「世間でバズっている」という作品をチェックするのが好きなんです。少し前なら『進撃の巨人』(諫山創、講談社)。最近なら映画の『カメラを止めるな!』も、わずか制作費300万円で2館上映のみだったはずが、SNSや口コミでバズった結果ここまでの大ヒットに繋がりました。およそ自分だけの力や好みではたどり着かなかったであろう作品に、人の勧めで出会える喜び。
そもそも「バズる」という現象には2つの要素が必要で、1つ目は自分が素晴らしく感動した事実、2つ目は他人も絶対に心を動かされるはずだという確信です。例えば僕は蝶が好きだけど、人がみんな蝶好きになるとは限らないことを十分知っているから、無闇に人に勧めることもしないし、結果バズることもない(笑)。でも『カメラを止めるな!』はやはり、「ぜひ観たほうがいいよ」と勧めてしまいます。
世のなかでいま流行っていることは食わず嫌いせずに試すこと、時間がないならせめて背景を知るくらいはしたほうがいい。そうでないと世のなかの流れやマーケット把握から取り残されてしまうからです。
■本の"雑食"は脳のマッサージ
もう1つ、本の“雑食”をお勧めする理由は、それが脳のマッサージになるからです。僕の本業は脳科学ですから、あらゆる文献や論文を日々読み漁ります。でもその一方で、ランキングに入っている『ブラック・ジャック』などは子どもの頃からの愛読書で数え切れないくらい読んでいますし、赤塚不二夫さんも全集を持つくらい大好き。いがらしみきおさんの四コマ漫画『ぼのぼの』や、子どもの頃から愛読している『古典落語』シリーズ(興津要、講談社)も手放せません。特にユーモアのあるものを読まれることをお勧めします。
最初にビジネス書の話をしましたが、読書には偏らずにいろんなタイプのものを読むことで、脳のバランスをとる効果もあるんです。東京大学名誉教授の養老孟司さんはミステリー小説ファン。アインシュタインはセルバンテスの『ドン・キホーテ』を生涯好みました。いずれも本業とは対極にあるような読書傾向ですが、全く異なる本を読むことで、人生のバランスをとれるということを彼らは本能的に知っているのでしょう。
1.『ナニワ金融道』
青木雄二 講談社
2.『坂の上の雲』
司馬遼太郎 文春文庫
3.『ブラック・ジャック』
手塚治虫 秋田文庫
「小説もマンガも物語性がしっかりしていないと人の心に届かないので、本質は変わらない。どちらも読めるのが正しいリテラシー」(茂木氏)。
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脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大大学院理学系研究科修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚のもつ触感)をキーワードに脳と心の関係を研究。
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(脳科学者 茂木 健一郎 構成=三浦愛美 撮影=岡村隆広)
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