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東大卒・元ライターが再興させた名門酒蔵

プレジデントオンライン / 2019年2月13日 9時15分

新政酒造 佐藤祐輔社長

今、最も入手困難な日本酒のひとつに数えられる新政酒造の「No.6(ナンバーシックス)」。新政は10年ほど前まで、生産量のほとんどを地元・秋田で消費される安価な大衆酒でしかなかった。この大変貌はどのようにして起きたのか。早稲田大学の入山章栄准教授が佐藤祐輔社長を訪ねた。

■一貫した「ジャーナリスト魂」

▼KEYWORD 第二創業

「日本酒に興味なかったんですよ」と佐藤さんは言います。創業165年の老舗酒造会社は、弟に継いでもらうつもりだったそうです。私は、そんな佐藤さんの「第二創業」の成功要因を経営学の知見から、「一貫した価値観による知の探索」と「イナーシャの破壊と再生」に求めます。

若い頃は小説家になりたかったという佐藤さん。東京大学で英米文学を専攻し、『アルジャーノンに花束を』を著したダニエル・キイスや、アーネスト・ヘミングウェイ、マーク・トウェインらに影響を受け、次第にジャーナリズムに興味を持つようになっていったそうです。そこからの生き方はかなり大胆。テレビ局の内定を蹴り、4カ月間インドや東南アジアを放浪。その後、葬儀会社、郵便局などの職を転々としたあと、フリーのジャーナリストになります。食品添加物の調査や消費者問題をテーマとし、週刊誌やネットメディアなどに寄稿していたそうです。

あるとき、佐藤さんは知人に勧められて、静岡の銘酒「磯自慢」を口にすることになります。その美味しさに衝撃を受けた佐藤さんは、日本酒の虜になり、美味いといわれる日本酒を片っ端から取り寄せ、調べ上げます。

そこでわかったのは、実は「現代の日本酒はそれほど伝統的な製法によって造られているわけではない」という事実でした。例えば、明治以降の製法改革により、「生酛(きもと)」とよばれる乳酸菌の力を用いた製法は廃れていたこと。現在では「速醸」という、少量の酸味料を用いることで乳酸菌の働きを省く製法が主流になっていること。また「普通酒」といわれる安価な酒には醸造アルコールが大量に含まれていて、糖類や酸味料が加えられていることも少なくないという現状を知るわけです。

■「まったく添加物のない生酛純米酒を造りたい」

実家である新政酒造でも、生酛どころか純米酒すらあまり造っておらず、生産量のほぼすべてが「普通酒」。そこで、佐藤さんは「まったく添加物のない生酛純米酒を造りたい」という思いに辿り着くのです。

人気の秘密はこだわり抜いた製法にあり●5代目佐藤卯兵衛の時代に発見された現存する最古の醸造用酵母「きょうかい6号」。09年度からは使用酵母を6号系統に限定。12年度には全商品を純米造りに。14年度には完全生酛造りに移行した。

さまざまな経験で「知の探索」を進めながらも、佐藤さんは「一貫した価値観」を持ち続けてきたことがわかります。それは、「嘘をつくことが嫌い」「本物を世に出したい」といった価値観です。そもそもジャーナリスト時代から企業の不正行為を暴く正義感があったように、日本酒でも「添加物だらけのものを出して日本酒と呼べるのか」と、佐藤さんは考え始めます。実際、佐藤さんは「酒造りをやっている今でも、自分がやっていることの本質はジャーナリスト時代と変わらない」とおっしゃいます。「さまざまな知の探索をしながらも価値観は一貫している」というのは、多くの成功する起業家に見られる特徴でもあります。

■債務超過間近の実家を大改革

問題意識を抱きながら、佐藤さんは国の研究機関である「酒類総合研究所」の研修生に転じます。そして1年たった頃、実家に帰って酒造りをしようと決めた佐藤さんは、父親に酒蔵の帳簿を見せてもらい、衝撃を受けます。会社の経営が大きく傾いていたのです。「売り上げに対して2割ほどの赤字が数年連続して出ていました。債務超過間近でした」。

赤字の原因は、当時、新政の売り上げの80%以上を占めていた普通酒でした。なかでも価格競争に陥っていたパック酒は、売れば売るほど赤字が増える状態だったのです。

実家の蔵の窮地を知ったことで、研修を1年半で切り上げ、2007年に32歳で秋田に戻った佐藤さんは、すぐさま大改革に着手しました。まず行ったのは、酒の造り方を変えることでした。経営を圧迫する普通酒の製造を減らし、最終的に全量を生酛純米酒とする方向性を決めました。質の高い生酛純米酒であれば価格競争に陥りませんし、何より佐藤さんのビジョンに適います。

■リストラと大胆な設備投資に着手

しかし、それは簡単ではありません。当時の新政は安価なパック酒製造に慣れきっており、技術も、組織体制も、従業員のマインドも硬直化していました。このような組織の硬直化を、経営学ではイナーシャといいます。イナーシャがある組織で、新しい方向性を打ち出すのは至難の技です。

日本酒の教科書にも登場する有名蔵だった●写真左は、酒蔵にとってのバイブルといわれる『清酒製造技術』(日本醸造協会)。その冒頭に、新政酒造が登場する。写真右は佐藤社長入社後に導入した冷却機能付きタンク。

そこで佐藤さんは、製造人員の入れ替えも含めたリストラと、一方で高級酒である吟醸酒や純米酒、また生酛造りのため大胆な設備投資を行いました。例えば、天然の乳酸菌を利用して醸造する生酛造りは、速醸とよばれる通常製法に比して2倍以上の時間と手間がかかり、知識や経験のある職人の技術も必要です。そこで佐藤さんは、高齢化した季節雇用の職人を雇う制度をやめ、代わりに廃業した日本酒蔵の職人などに声をかけ、全国から集めた若手職人4人を社員にしました。

また、吟醸酒や純米酒の酒造りは温度管理にシビアです。そのため、仕込みタンクも冷却機能のついたタンクに買い替え、保管用の大型の冷蔵庫を入れる必要がありました。佐藤さんは既存の設備を廃棄し、2億円もの設備投資を行って一気に買い替えたのです。

このような、赤字経営の中での大胆な「攻めの投資」には、周囲の反発もあったことは想像に難くありません。しかし、組織の硬直化を人員の入れ替えなどでほぐし、結果的に攻めの投資を成功させたのです。背景には、「このままでは潰れる」という危機感と、それ以上に「添加物のない生酛純米酒を造りたい」という佐藤さんの強い価値観があったからといえるでしょう。

「生酛純米」にこだわってV字回復
●本社所在地:秋田県秋田市
●従業員数:18名
●社長:佐藤祐輔(1974年、秋田県生まれ。東京大学文学部卒業後、編集プロダクションなどを経てフリーのジャーナリストに。2007年に同社へ入社。12年に8代目社長に就任)
●沿革:1852年に初代佐藤卯兵衛が佐竹藩城下町にて創業。

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入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。

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(早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成=嶺 竜一 撮影=奥山淳志)

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