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『キングダム』に学ぶ"いい会社"の見極め

プレジデントオンライン / 2019年2月21日 9時15分

雑誌「プレジデント」(2018年10月15日号)では特集「ビジネス本総選挙」にて、仕事に役立つ100冊を選出した。このうちベスト10冊を順位ごとに紹介する。今回は第9位の『キングダム』。解説者は立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長と早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授――。

■もしも羌瘣が、営業職だったら

【入山】以前、友人の起業家から「久々に会って話したい」と連絡がきました。それで「ビジネス上の相談かな?」と思いながら会ってみると、実際には2時間ずっと『キングダム』の話をして解散になったことがあります(笑)。そのくらい、『キングダム』は日本中の起業家が熱狂して読んでいるマンガなんです。

【出口】結局、ご友人の相談内容は何だったのでしょうか?

【入山】彼の会社が少し経った後に大手企業に売却されていた。もしかしたら、そのことだったのかも……。

彼は、主人公の信が率いる飛信隊の副長・羌瘣(きょうかい)みたいな営業が欲しいと言っていました。

【出口】僕も羌瘣のファンです。

【入山】えっ、出口さんもですか! 確かに羌瘣なら上司の指示がなくても、自分の頭で考えて動き、仕事をたくさん取ってきてくれるでしょう。そうやって登場キャラクター1人をとっても、話が尽きずに盛り上がる。私が日頃お会いする経営者・ベンチャー起業家の多くが『キングダム』を読んでいるから、もはや共通言語ですね。出口さんはいつ頃から読まれているのですか?

【出口】ライフネット生命保険を創業した2006年からです。ちょうど『キングダム』の連載がはじまった頃だと記憶しています。書店で『ヤングジャンプ』をパラパラめくっていて発見し、連載を読み出しました。

【入山】出口さん、そもそも『ヤングジャンプ』をパラパラめくるのですね……。

【出口】ええ、もちろんです。『キングダム』は中国紀元前の春秋戦国時代が舞台。僕は歴史が好きなのですが、秦の始皇帝は特に好きな人物。その始皇帝・嬴政の中華統一をエンタメに昇華している。「これは面白いマンガだな」と。

【入山】始皇帝が好きというのはなぜでしょう?

【出口】始皇帝は新しい社会の構造を考え出した「グランドデザイナー」だからです。彼は、世界に先駆けて中央集権国家を確立して、法治主義・文書行政のもとで官僚を使いこなす。エリート支配を徹底しました。今の中国にしても、始皇帝のグランドデザインの延長線上にあると僕は思っています。

【入山】なるほど、始皇帝は、2000年以上続く枠組みをデザインした。

早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄氏

【出口】はい。加えて『キングダム』自体はエンタメに振り切っていて面白いわけですから、読まない理由がありません。僕は歴史とエンタメは分ける必要があると思っています。なぜなら歴史は学問であり、人の役に立つものですから。先の読めない将来の教材になるのは、過去(歴史)しかありません。

【入山】ああ、なるほど。

【出口】たとえば、大震災が将来再び起こるとすれば、大震災の教訓を学んだ人と学んでいない人では、どちらが助かる可能性が高いか。当然、過去から学んだ人です。そこに歴史を学ぶことの意義があると思っています。ところが歴史物は面白くて売れるから、「安易に物語化」されているケースが少なくない。池波正太郎さんの小説のようにフィクションであると一目でわかるほどエンタメ化していれば別です。しかし、そうでなければ、史実と違ったフィクションが独り歩きしてしまいます。それがやがてはフェイクニュースの温床にもつながる。ですから僕は『キングダム』のような徹底したエンタメから入って、歴史に興味を持ってもらったほうが断然いいと思います。

【入山】なるほど。数カ月に1度、私はマンガ好きのビジネススクールの学生と集まり、毎回1つのマンガをテーマに喋り倒すという謎の飲み会を開いています。そこで、あるとき『キングダム』を取り上げました。だけど、学生の1人は『キングダム』を読んだことがなかったので、当時出版されていた四十数巻を会までに一気読みした。

それで当日、会がはじまってみると、その彼は『キングダム』を超えて、原書の『史記』を読んでいるんです(笑)。出口さんがおっしゃったように、エンタメから入って歴史にハマってしまったようなのです。

【出口】ええ、それがあるべき姿です。入山先生が魅力に感じているのは『キングダム』のどんなところですか?

【入山】私は、嬴政を失脚させようとした秦の政治家・呂不韋(りょふい)が「国家を治めるには貨幣が重要だ」と言ったり、宰相の李斯(りし)が「法とは願いである」と言う場面に痺れます。フィクションとはいえ、作者なりに大きな国家観を示してくれているところに奥深さを感じる。

経営者や起業家にとっては「出世物語」としても読めるのでしょう。主人公の信は、最初は5人の仲間からはじまり、100人、300人、1000人、5000人という集団のリーダーにステップアップしていく。言ってみれば、1万人のメンバーを率いる将軍になるのがIPOであり、上場です。

【出口】経営学の視点からはいかがでしょう。

【入山】頷けることは多いです。個人的に面白く見ているのが信のビジョンの変化です。連載当初、信は「天下の大将軍になる」ことを目指していました。しかし始皇帝の嬴政が掲げる「中華を統一する」というビジョンに触れるうちに共感していきます。私の言葉で言えば「名詞的ビジョン」から「動詞的ビジョン」に変わっていったのです。

■日本企業に足りない「動詞的ビジョン」

【出口】動詞的ビジョンとは、「大義」とも言い換えられます。行動を示すということですね。

立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口治明氏

【入山】その通りです。私は経営学者として、日本企業に最も足りないものは「ビジョン」だと考えています。しかし、そのビジョンが、経営者が「グローバル企業になりたい」という名詞的ビジョンでは、組織のメンバーに共感が生まれないんですよ。

今世界で革新を起こしている企業は、「世の中をこうしたい」「社会をこうしたい」という、動詞的な行動を明確に示すビジョンを持っています。たとえばFacebookのビジョンは「コミュニティをつくる」というもので、「つくる」という動詞があります。出口さんのおっしゃる行動を示す大義ですよね。動詞だからこそ、それがフォロワーの共感を呼ぶと思うのです。

【出口】その話で思い出したのが、グローバル企業のトップにインタビューすると、会社のビジョンとSDGs(持続可能な開発目標)が重なっているケースが多いということ。社会課題の解決が会社のビジョンになっているのです。

【入山】わかります。世界のイノベーティブな“いい会社”もそうです。

【出口】全世界で2030年をゴールとしたSDGsという大きな試みがなされている。そういう大きなうねりの中で、自分たちの会社は何ができるのかということをグローバル企業のトップは意識している。一方で、日本企業のトップは「来年はこれだけ儲かる」といった話ばかりです。大きいビジョンがない。いくら羌瘣のような人材がいても、組織が機能しなければ立ち行きませんよ。

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入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール准教授
慶應義塾大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号取得。2013年より現職。
 

出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
京都大学法学部卒業。日本生命ロンドン現地法人社長・国際業務部長を歴任。2006年ライフネット生命保険創業。18年より現職。
 

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(立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明、早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成=小倉宏弥 撮影=小野田陽一)

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