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YouTube好きの子を襲う残虐動画の恐怖

プレジデントオンライン / 2019年2月8日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/YiorgosGR)

冒頭では子供向けの健全な内容だと見せかけ、途中で殺人や暴力といった描写に切り替わる「残虐動画」が問題になっている。手口は悪質で、子供にショックを与えることが目的だとみられる。情報社会学者の塚越健司氏は「現状では完璧な対策は存在しない。注意が必要だ」と警鐘を鳴らす――。

■動画がいつの間にか「過激」になる

幼い子供のいる家庭では、子供にスマホやタブレットを渡して、自由にYouTubeをみせることもあるだろう。そこで子供向けの動画を見せていたつもりが、いつの間にかキャラクターを生き埋めにするシーン、殺人などの残虐なシーン、排泄に執拗にこだわるシーンなど、内容が過度に刺激的なものに変わっており、子供がショックを受けるケースが報告されている。

こうした動画は、最初はいたって健全なもののようにみえる工夫がされているため、YouTubeもその過激さを見抜くことが難しい。こうした動画たちは、まとめて「エルサゲート(Elsagate)」と呼ばれている。

エルサゲートは、日本では2018年から聞かれるようになった言葉だが、英語圏では少なくとも2017年には話題にされてきたものだ。語源はディズニー映画『アナと雪の女王』の「エルサ」と、スキャンダルを意味する「ゲート」が合わさったものだと言われている。

■「アンパンマン」を用いた動画もある

告発を始めたのは主に英米圏のユーザーで、次第に日本でも日本語で作成されたエルサゲートが多数確認されるようになった。内容は多岐にわたり、アニメだけでなく実写作品も確認されている。キャラクターが盗用されているケースもあり、ディズニーやマーベルなど英米圏で人気のキャラクターのほか、アンパンマンやしまじろうなど、日本人に人気の高いキャラクターが登場する動画もある。

■目的は「金銭」だけなのか

気になるのはエルサゲート製作の動機だが、残念ながら決定的な証拠は今のところ存在していない。だが、考えられる点は大きく分けて2つある。

第1に、金銭目的だ。周知の通りYouTubeなどの動画サイトは、再生回数等に応じて報酬が支払われる。有名なキャラクターを使えば、世界中からアクセスが見込めるだろう。

例えばベトナムでは、3000万以上の再生数を叩き出した70ほどのエルサゲートがアップされ、投稿者が罰金を科されるという事件があった。削除等のリスクがあっても、ここまで再生されるとなれば、それなりに収入を得られるかもしれない。実際、有名なエルサゲートには、1つの動画で1000万回を超える再生数を叩き出したものもある(もちろん、違反報告などが多く寄せられることでYouTube側が問題を認識し、削除される)。

しかしそれでも疑問なのは、エルサゲートの中には、それなりに手の込んだものもあるということだ。実写やクレイアニメは製作には時間がかかるが、削除や、場合によっては摘発されるリスクを込みで、なぜそのような動画を製作するのだろうか。経済合理性が本当にあるのかは疑問だ。

■裕福な人物の「いたずら」という可能性

エルサゲート製作の第2の理由として考えられるのは、「いたずら」である。

それなりに手の込んだ動画を製作して世界中に拡散するとは実に悪趣味だが、裕福な人物が世界中で仕事を依頼している、などの理由が考えられる。実際、海外の掲示板では、仕事でエルサゲートと知らずに動画の製作現場に携わったが、怪しさを感じてすぐにやめた、といった投稿もある。もちろん真意の程は定かではなく、当該掲示板はその性質上、創作とも考えられるが、ひとつの可能性ではある。

だがこの理由は、それこそ「陰謀論」になりかねない発想であり、現実的ではないようにも思われる。そのように考えれば、消去法的に金銭目的案が有力ということになろう。それも、誰か一人(ないしひとつの会社)が製作しているというよりは、世界中の多くの人々が、それぞれ独自に製作しているのではないかと推察される。日本のキャラクターを用いたエルサゲートなどは、少なくとも日本語や日本文化に親しい人物(達)が製作していると考えるのが妥当だろう。

■YouTubeは対策に乗り出している

では、エルサゲート対策にはどのようなものがあるだろう。

YouTubeは2017年11月に「コミュニティガイドライン」を更新。エルサゲートに代表される、子供に危険を与えかねない動画を禁止し、15万件あまりの不適切な動画を削除したと発表した。またエルサゲートはYouTubeに限定されず、「Youku」や「Tencent Video」といった中国の動画サイトでも同様のものが確認されたことから、削除が行われている。

ちなみにYouTubeはこうした問題に敏感な側面もあり、最近も2019年1月に、危険行為を冒す動画を禁止している。そのひとつに「バード・ボックス・チャレンジ」がある。2019年1月にネットフリックスで公開された人気映画『バード・ボックス』にちなんだもので、映画の主人公と同じように目隠しをしながら危険行為を冒すものだ。

■「YouTube Kids」でもすり抜けることがある

ユーザーができる対策のひとつは、「YouTube Kids」アプリを使うことだ。子供向けの動画しか見られないアプリで、不適切な動画を見る確率を下げることができる。とはいえ、それでもフィルターをすり抜ける動画もある。

YouTubeは日々アップされる膨大な量の動画のチェックを機械に任せており、違反報告などが行われた場合に限って人間がチェックしているとみられる。運営者がエルサゲートを不適切な動画だと認識できるように、接触した場合は積極的に違反報告をすべきである。

もうひとつの対策は、親が子供となるべく一緒に動画を見ることだ。これならエルサゲートに気づいた時点で、親はすぐに対応できる。とはいえ、親が子供と常に一緒にいられるわけでもない。エルサゲートという問題に対しては、その動機も対策も明確な答えがないのが現状なのだ。

■「見てしまう可能性」を踏まえてみる

子供から不適切なモノへのアクセスを完全にシャットアウトすることは不可能だ。ならば思い切って発想を転換し、最初からエルサゲートを見てしまう可能性を考慮に入れてみてはどうか。

もちろん近年のネット社会は、一昔前よりも「不適切」の度合いが増しているとも言える。現代の子供は、ごく幼い時期からアダルトなものや凄惨な事件の画像、動画などにアクセスできるような環境にある。それ故に、不幸にも子供がエルサゲートに出会ってしまった時にこそ、そのショックを中和する親の対応が必要とされるのだ。

子供は時に、日常に慣れた大人からは生じてこないような、素朴で鋭い問いを投げかけることがある。だがコンテンツに接したことから発せられる問いに、コンテンツは答えてくれない。だからこそ重要なのは、そのような子供の問いや感性に適切に関与できる親なのだ。

■親による「免疫化」で立ち向かう

そのように考えれば、エルサゲートをみてしまった場合、親には子供が何を感じ、それがどのような問題を引き起こし得るか、そしてどのような言葉をかけてショックを中和させるかが求められる。より好意的に解釈するならば「ピンチはチャンス」、つまり、そのような問題が生じたときこそ、子供の思考に親がより積極的に関与できると考えるべきではないか。

社会学者の宮台真司氏は「隔離より免疫」と述べたことがあるが、良いことも悪いことも、子供から完全に隔離することは(特にネット社会においては)困難だ。上述のように、ネットによって過激なものに接近しやすい社会にあっては、免疫を考えるより隔離した方が合理的だと考えてしまいがちにもなる。

だが、である。エルサゲートに対しては、見てしまう確率を考慮に入れた上で、万が一エルサゲートに子供が接した時に、どのような「免疫化」を行い得るかをこそ、親は考えるべきではないだろうか。例えば、予め親を中心とした関係者でエルサゲートのリスクを確認し、残虐なものを子供が見てしまったときに、どのようにその内容を否定できるかを話し合うことはできるだろう。そしてそのような話し合いは、子供の教育方針や、親同士の感覚を確認し合う作業でもある。そう考えれば、エルサゲート対策は、多くの事柄が議論できる機会とも捉えられはしないだろうか。

「何をきれい事を」と思う読者もいるかもしれない。実際そうかもしれない。しかしながら、「ピンチはチャンス」と肯定的にでも捉えなければ、被害者は一方的に被害を被るだけになってしまわないだろうか。それこそ「金儲け」や「いたずら」を目的とした、エルサゲート製作者の思う壺になってしまわないだろうか。アンパンマンマーチではないが、「そんなのは嫌だ!」。

冒頭に述べたとおり、問題の根本的な解決は難しい。だが、少なくとも免疫化という考えが、問題に立ち向かう一助になれば幸いである。

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塚越 健司(つかごし・けんじ)
情報社会学者
1984年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。拓殖大学非常勤講師。専門は情報社会学、社会哲学。インターネット上の権力構造やハッカーなどを研究。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)などがある。近刊に『アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法』(翻訳)、『愛と欲望のネット処世術』(単著)がある。

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(情報社会学者 塚越 健司 写真=iStock.com)

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