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米国は中国と「本気」で戦うつもりなのか

プレジデントオンライン / 2019年2月6日 9時15分

中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長の逮捕は、米国の対中戦略の転換を象徴している。(裁判所に出廷するため自宅を出るファーウェイの孟副会長兼CFO 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト)

トランプ政権の対中アプローチが変化を見せている。経済だけで対立するのではなく、人権や安全保障など包括的な分野で、強硬姿勢を示すように転じたのだ。その狙いは何か。日本総研の呉軍華氏が分析する――。

■米国の対中戦略は「引き入れ」から「封じ込め」に転じた

最初に、昨年10月4日に行われたペンス副大統領の演説の意味を確認しておきたい。この演説は、米国が対中戦略の転換を高らかに宣言したという点で歴史的なものだった。

演説の注目点は、ニクソン政権以来の方向転換であるということ。政権によって強弱はあるものの、米国の対中戦略は中国を国際社会に引き入れるエンゲージメント(engagement)が基本だったが、実現できるかどうかは別にしてコンテインメント(containment・封じ込め)に転じた。また、対決をしていく分野も、これまでのように経済に限定せず、人権や安全保障なども含む包括的なものへと転じた。このペンス演説がトランプ政権の対中戦略の根幹を成している可能性が高い。

まだ演説の余韻が残る12月1日、米当局の要請で中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)がカナダで逮捕され、同19日、トランプ大統領が連邦議会で可決した「チベット旅行対等法(The Reciprocal Access to Tibet Act of 2018,H.R.1872)」に署名した。さらに20日、米司法省は米政府機関、軍、企業などの情報を盗んだとして中国国家安全省につながるハッカー集団「APT10」メンバー二人を起訴した。

■人的交流を含んで対中関係を全面的に見直す

中国を代表するグローバル・ハイテク企業としてのファーウェイのステータスと孟晩舟逮捕に対する中国政府の強烈な反発等もあって、孟晩舟事件が事件と直接的な関りを持つ中国、カナダと米国だけでなく、日本を含む他の国々でも大きく注目されている。

これに比して、米国を含め、「チベット旅行対等法」が成立したことへの内外の関心が限定的である一方、中国人ハッカー提訴に対しても、もっぱらサイバーセキュリティや知的財産権の保護といった視点から分析している。

しかし、筆者は、今後の米中関係の流れを見極めるに当たって、孟晩舟事件だけでなく、「チベット旅行対等法」と中国人ハッカー提訴も今後の米中関係の流れを見極めるに当たってきわめて重要な示唆を与えてくれているとみる。

「チベット旅行対等法」の可決は米国が「対等(Reciprocal)」、つまり、米国・米国企業・米国人に対して中国の扱い方と同じな扱い方で中国の関係機関や企業、個人に対処するのを通商・経済分野だけでなく、人的交流を含んで対中関係を全面的に見直す基準として応用しだしたことを意味する。一方、中国人ハッカーを提訴したことは米国が国家レベルだけでなく、個別な組織と個人を制裁の対象に取り上げ、これによって、中国政府だけでなく、中国社会により大きなプレッシャーをかけていこうとしているのではないかと思われるからである。

ちなみに、「チベット旅行対等法」には中国がチベットに米国人の訪問を許可する状況を毎年検証するよう米国務省に求める内容が盛り込まれ、中国が米国人のチベット訪問を制限した場合、国務省がその制限を課した中国政府の関係者の米国入国を禁止する措置を取ることになっているという。

■米中関係を一言で表現すれば「冷和」

こうした判断が正しいならば、2019年の米中関係は下記の三つの特徴を持って展開されていくと予想される。

まずは、米中で展開されている激しい競争がかつての米ソ冷戦を彷彿とさせるほど先鋭化しているものの、なお「冷和」の段階にとどまると予想される。

筆者が初めて「冷和」、つまり米中間の対立が激しくなるなかでも一応の平和を保つというコンセプトで米中関係を分析したのは2015年であった。「ドラゴンスレイヤー」と称されるいわゆる伝統的な対中強硬派だけでなく、中国との融和を主張するいわゆる「パンダ―ハガー」も中国の現状に不満を抱き、米中関係の先行きを悲観視するようになったからであった。

2018年に至って、米国と中国がついに本格的な貿易戦争に突入しただけでなく、イデオロギー・価値観から軍事、ひいては文化面での対立も先鋭化した。しかし、それにもかかわらず、ただいまの米中関係がポスト冷戦時代はもとより冷戦時代よりも緊張しているが、冷戦時代の米ソ関係ほどにはなお至っておらず、なお「冷和」の段階から離脱していない(図表1)。

米中関係の「和」を支えるに当たってもっとも大きな役割を果たしているのは経済的リンケージである。過去一年来のワシントンにおいて、中国経済とのディカップリングを進めるべきとの声が強まってきているものの、製造業から金融サービス業までの経済の各方面において、米国と中国の複雑に絡まったリンケージを少なくとも短期的に切断することは難しいとみてよかろう。

■貿易戦争「停戦」も一時的なものに終わる

ただ、貿易を中心とする経済的リンケージが引き続き米中関係の「和」を支える最大の柱としての役割を果たすものの、米中経済関係は2019年においてアップアンドダウンしながらも一層悪化していくと予想される。

周知の通り、米中貿易関係は2018年12月1日のトランプ大統領と習近平国家主席による首脳会談によって、悪化の一途を辿ってきた流れにひとまず歯止めがかかった。12月12日、中国が米国産大豆の輸入を再開したとのニュースが流れ(※1)、同14日、中国財政部が2018年7月6日から中国製品の関税を引き上げたトランプ政権への報復措置として、米国産自動車と関連部品に上乗せした25%の関税を、2019年1月1日から3月31日にかけて撤廃すると発表した(※2)。一方、米通商代表部も同じ日に、2019年1月1日に予定された2000億ドルの中国製品に対する制裁関税の引き上げを2019年3月2日まで猶予したことを公式に表明した(※3)。

しかし、ただいまの米中貿易関係の緩和が、あくまでも目の前に迫っている経済問題の圧力を、とりあえずかわしていこうとする双方の短期的思惑が一致し、過去一年来ダウンし続けてきた米中貿易関係が、たまたまアップの局面に入ったに過ぎない。米中双方の国内政治と実体経済の動き次第で、先般の首脳会談で合意された90日の「一時休戦」期限としている2月末以降、ひいてはその期限を待たずにして通商問題をめぐっての戦火が再び激しく燃え上がる可能性が高い。

(※1)Exclusive:China Makes First Big U.S. Soybean Purchase Since Trump‐Xi Truce,Reuters,Dec.13,2018
(※2)中国暂停对美汽车加税 财政部:落实两国元首共识具体措施、環地網、2018年12月15日
(※3)U.S. sets new March 2 date for China tariff increases amid talks,Reuters,Dec.15,2018

■ピンポイント・アタックで中国を揺さぶる

さらに、2019年に入ってから、前述の通り、米国が「対等」を基準に米中関係の幅広い再編を求めていくとともに、貿易戦争の代わりに人権や知的財産権等を侵害し不公平な貿易慣行を行なった中国の関係機関、企業、または個人をターゲットにするようなピンポイント・アタックがトランプ政権にとって、中国との関係を動かすレバレッジになると予想される。

無論、これは貿易戦争が終息することを意味するわけではない。あくまでも対中関係を動かすレバレッジとしての貿易戦争が2018年のような効用を果たさなくなるだけのことである。その背景に、貿易戦争に勝者がないといわれる通り、程度の差はあるものの、貿易戦争によるネガティブな影響が米国でも次第に顕在化してくるのが不可避である一方、制裁関税の引き上げも制裁規模もいずれ限界を迎える。

こうした状況変化が予想されるもとで、トランプ政権にとって、相手(中国)への打撃が大きい割に自分自身への影響が相対的に小さい、より効率的なレバレッジが必要となってくる。そこで、ピンポイント、つまり個別企業または組織、個人をアタックすることが対中関係を動かす主たるレバレッジとして使われる可能性が高い。

もっとも、こうしたピンポイント的なアプローチが2018年においてすでにみられた。たとえば、中興通信(ZTE)との取引停止(後に巨額な罰金と条件付きで制裁解除)が個別企業をアタックのターゲットにしたよい例であり、孟晩舟逮捕事件、「チベット旅行対等法」の施行と中国人ハッカー提訴は個別企業/組織と個人を同時にピンポイント・アタックされた事例として取り上げることができる。

中興通信を除き、他の三件がいずれも2018年末間際に実行されたのはあながち偶然なこととは考えにくい。換言すれば、ピンポイント・アタックが2018年の時点においてすでに対中関係を動かす有効なレバレッジとして確立されていた。

こうした判断が正しいならば、2019年に入ってから、米国は中国の経済、ひいては政治に重大なインパクトを与える企業や組織、個人を選んで制裁を加え、こうしたピンポイント的なアタックを本格的に展開することによって中国の変化を強硬に促していくことになろう。

■日本は二者択一を迫られる年に

米中関係がこのようになるなかで、日本がどのように立ち位置を示していくかも大きな課題になろう。中国サイドからみれば、米国からの攻勢を有効にかわすに当たって、同盟国を機軸に対中包囲網を形成しようとする米国の戦略をくじくことが不可欠である。

一方、日本サイドからみた場合、世界最大市場の一つとしての中国の魅力が依然として大きい。現に、米中関係の悪化を日本にとって「漁夫の利」を得るチャンスにすべきだとの論調が聞かれる。

ところが、米中競争が通商分野から経済開発理念、価値観レベルに広がるなかで、日本がいつまでも第三者的に対立を傍観する立場で貫くことはできまい。自由民主主義と市場経済といった価値観を守るために、米国との同盟関係を守り抜くか、目の前の経済的利益の追求を目的に中国の援軍になるか、2019年は日本にとって大きな決断に迫られる年になるかもしれない。

※筆者は本稿を昨年12月25日に書き上げたが、編集部の都合などから掲載まで時間がかかってしまった。その後、米中閣僚級の通商協議の開催などを含め米中間で激しい駆け引きが続いているが、本稿の見立てには大きな変更はない。

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呉 軍華(ご・ぐんか)
日本総合研究所研究理事
1983年中国復旦大学卒。1990年東京大学大学院博士課程修了後、日本総合研究所入社。香港駐在員事務所所長、日綜上海諮詢有限公司社長・会長を経て2006年より現職。その間、ハーバード大学客員研究員やジョージワシントン大学客員研究員、ウットロウィルソン国際学術センター公共政策スカラー等を兼務。専門は中国の政治・経済と米中関係。主な著書に『中国 静かなる革命』(日本経済新聞出版社)がある。

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(日本総合研究所研究理事 呉 軍華 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト)

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