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娘を虐待する父親はどんな人生だったのか

プレジデントオンライン / 2019年2月8日 9時15分

栗原心愛さんの遺体が見つかったマンション(中央奥)=1月25日午後、千葉県野田市(撮影=時事通信フォト)

■なぜ「SOS」は受け止められなかったのか

「お父さんに暴力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときに蹴られたり、たたかれたりされています。先生、どうにかできませんか」

千葉県野田市の10歳になる小学4年の栗原心愛(みあ)ちゃんは、いじめを調査する学校のアンケートにこう書いていた。この文面が報じられる度に、事件の悲惨さが心に重くのしかかる。「チャンスは何度もあったはずなのに、なぜ学校や児童相談所は救えなかったのか」と悔やまれるばかりである。

■アンケートのSOSから一時保護するまではよかった

事件の経緯を少し振り返ってみよう。

千葉県野田市に移り住む前、心愛ちゃん一家は沖縄県糸満市で暮らしていた。2017年7月、母方の親族から糸満市に「父親から恫喝を受けている」と相談があった。しかし翌月の8月には一家は野田市に引っ越した。このため糸満市は恫喝の事実関係を確認することはできず、心愛ちゃんに対する恫喝の有無を野田市には伝えなかった。ただ「夫が支配的」とだけ連絡していた。

このとき糸満市と野田市が積極的に情報交換していれば心愛ちゃんを救えたかもしれない。行政機関や学校に虐待がばれそうになると、親が転居を繰り返すケースはこれまでにもあった。糸満市は住民票の異動などで転居の情報をつかめたはずだ。つかんだその時点で最悪の事態を想定して対応すべきだった。

心愛ちゃんは野田市の小学校に通学し始めて2カ月後の2017年11月6日、前述したアンケートの自由記述欄にSOSの言葉を書き込んだ。小学校と野田市が顔にアザを確認し、千葉県の柏児童相談所が心愛ちゃんを翌7日に一時保護した。

この対応は迅速だった。子供の安全を最優先し、虐待防止の原則に従っている。評価できる対応である。

■アンケートを渡して暴力がエスカレート

しかしその後の対応がまずかった。柏児相の一時保護に、父親が腹を立て「誘拐だ」などとまくし立てると、12月27日に親族宅で暮らすことを条件にして一時保護を解除する。さらに父親は小学校や野田市教育委員会に対し、「名誉毀損で訴訟を起こす」と脅して保護のきっかけとなったアンケートを渡すように何度も迫った。市教育委員会は昨年1月15日にアンケートのコピーを渡してしまった。

市教委側はマスコミの取材に「子供が虐待と感じていることを知ってほしかった」と答えているが、父親の虐待をエスカレートさせる可能性のある危険な行為だ。子供は一番知ってほしくない父親に知られたことで、もはや誰も信じられなくなり、本当のことを言わなくなってしまう。

■なぜ長期欠席を問題視しなかったのか

野田市教委がアンケートのコピーを渡した3日後の昨年1月18日、心愛ちゃんは野田市内の別の小学校に転校し、3月には柏児相の判断で自宅に戻っている。その後は転校先の小学校が心愛ちゃんの様子を見た。心愛ちゃんは学級委員長に自ら立候補するなど活発に学校生活を続けていた。心愛ちゃん自身からも父親の暴力についての訴えはなかった。柏児相や野田市は「もう問題はない」と判断していた。

ところが昨年9月の夏休み明けに10日ほど学校を休み、今年1月7日の始業式以降に再び長期間の欠席。心愛ちゃんは1月24日に自宅の浴室で死亡しているのが見つかり、翌25日、父親の栗原勇一郎容疑者(40)が千葉県警に傷害容疑で逮捕された。

児相や市は、心愛ちゃんの長期欠席を問題視せず、自宅訪問も行わなかった。柏児相は、2月5日に行った記者会見で、心愛ちゃんが書いた父親の虐待を否定する手紙について、児相は父親によって書かされた疑いがあると考えながら、心愛ちゃんを自宅に戻すことを決めていたと説明した。野田市教委がアンケートのコピーを渡していたのと同様に行政の大きなミスである。

■父親はこれまでどんな人生を送ってきたのか

父親の暴言や脅しに及び腰になって対応が遅れたことは問題だ。行政機関というのは危機管理に欠けるところがある。目の前の事象に対し、自らの都合のいいように「大丈夫だろう」と解釈し、傷口を広げてしまう。心愛ちゃんの手紙の信憑性を疑いながら、心愛ちゃんを自宅に戻した児童相談所の判断がそれに当たる。

対応が「まずい」と言えばその通りなのだが、学校や行政の対応ばかりを批判しても再発は防げない。娘を死に至らしめる虐待を続けるような父親が、なぜ存在するのか。父親はこれまでどんな人生を送ってきたのか。父親の育った環境から心の奥底まで調べ上げる必要がある。

いまの教育委員会、児童相談所、文部科学省などの行政機関にはそんな調査は不可能だ。原則、民事不介入の警察にもそこまで期待できない。

心理学者や社会学者、哲学者、法律家、報道関係者など、専門家や有識者で新しい第三者機関を立ち上げる必要がある。そこで心愛ちゃんの事件だけはなく、これまでの虐待事件の原因や背景を詳細に分析して共通点を洗い出し、その結果をもとに解決策を探るべきである。家族や社会の在り方まで議論を深める必要がある。

いまの国会で安倍晋三首相が虐待問題に前向きに対処する答弁をしているが、国会でも論議を尽くしてほしい。

■「お父さん、お母さんに早く会いたい」

千葉県警は2月4日、母親の栗原なぎさ容疑者(31)も傷害容疑で逮捕した。父親の勇一郎容疑者と共犯関係にあると断定した結果の逮捕だった。

報道によると、駆けつけた救急隊員に心愛ちゃんの遺体が発見された1月24日、なぎさ容疑者は、勇一郎容疑者が心愛ちゃんの髪を引っ張ってシャワーの冷水を浴びせかけ、首をわしづかみにするのを見ながら止めなかった。県警の取り調べになぎさ容疑者は「娘が叱られていれば、自分が夫に何か言われたりせずに済むと思った。止めたくとも止められなかった」と供述している。なぎさ容疑者は勇一郎容疑者からDV(家庭内暴力)を受けていたという。

子供は親を選ぶことはできない。勇一郎容疑者もなぎさ容疑者も子供をつくらなければ、こんな悲劇は生まれなかっただろう。なぜ、子供をつくったのか。心愛ちゃんのことを思うと、やるせない。

「お父さん、お母さんに早く会いたい。一緒に暮らしたいと思っていたのは本当のことです」

昨年3月19日、柏児童相談所の職員が自宅に戻った心愛ちゃんに小学校で改めて面会し、父親の暴力を否定する手紙について確認したときの言葉である。この言葉にも目頭が熱くなる。子供にとってはどんな親であってもかけがえのない存在なのだ。

■「救う機会は一度ならずあった」と産経

新聞各紙の社説はどう書いているか。

2月5日付の産経新聞の社説(主張)は中盤で「翌年1月、父親が心愛さんの同意書を持参してアンケートの開示を迫り、市教委は『威圧的な態度に恐怖を感じた』としてコピーを渡した。アンケートには『ひみつをまもります』と明記していた。学校や市教委は心愛さんの信頼を裏切り、魂の叫びを加害者側に流したのだ。批判は当然である」と書く。

産経社説は続けてこう指摘する。

「さらに悪いのは、その後の放置である。心愛さんは直後に市内の別の小学校に転校し、ここでの同様のアンケートには虐待を訴えなかった。父親に恐怖を覚えた市教委はこの変化に、その影響と大人への失望を想像すべきだった」
「心愛さんを一時保護しながら、むざむざと両親の元に帰した柏児童相談所の不作為も同様に罪は重い。彼女を救う機会は、一度ならずあったのだ」

教育委員会や児童相談所に対する批判である。確かに行政側に非はある。しかし問題の根本は、何があの父親を娘の虐待へと向かわせたのかにある。そこを解明していかない限り、同様の悲劇は繰り返される。

■悲痛な事件で明らかになったのは行政の無力

産経社説も「ただし学校や市教委、児相をいくら責めても根本的に何も変わらない。この悲痛な事件で明らかになったのは彼らの無力である」と皮肉を込めて指摘したうえで主張する。

「東京都目黒区で昨年3月、5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親の虐待を受けて死亡した事件を機に、厚生労働省のワーキンググループは児相に常勤弁護士の配置を促した。警察との情報共有、連携強化も求めている」
「児相には『支援』と『介入』という相反する機能があるが、児童福祉司の多くは介入の経験も知見も乏しい。それは学校や教委も同様である」
「日本弁護士連合会はかねて『弁護士は供給過剰で就職難』などと訴えている。そうであるなら虐待の問題に、もっと主体的に取り組んではどうか。介入には、法的な専門知識が必要である。威圧的な要求に対峙するため、退職警察官の採用も有効だろう」

虐待の問題で弁護士や警察OBの果たす役割は大きいはずだ。とにかく考え得る対策を進めていくことが重要である。

■「その後のアンケートで虐待を訴えることはなかった」

2月2日付の朝日新聞の社説は「子どもを守るべき大人たちの判断ミスと連携不足が、またあらわになった」と書き出す。見出しは「大人がつぶしたSOS」だ。

朝日社説も多くの報道と同様に「だが信じられないことに、学校は昨年1月、アンケートの内容を父親に伝え、市教育委員会はコピーまで渡した。取り返しのつかない誤りで、関係者の責任はきわめて重い」と学校や教育委員会を批判する。

続けて「『告発』を知った親がさらにつらく当たり、虐待が悪化するのは容易に想像がつく。一方、必死の思いのSOSが裏切られたと知った子どもは、大人を信じられなくなるだろう。心愛さんは、その後のアンケートで虐待を訴えることはなかった」と書くが、これもその通りではある。

そのうえで「保護者が感情的になり、学校側だけでは対処できない例は少なからずある。弁護士らに相談したり、立ち会いを求めたりする仕組みを急ぎ整えるべきだ」と指摘するが、弁護士の介入を主張しているところを見ると、新聞社の論説委員はみな考えることが同じになるようだ。産経社説の方が後発になるので、産経の論説委員が朝日社説を読んで自社の社説に取り入れたのかもしれない。いずれにせよ、社説ファンとしてはその新聞社独自の見解が読みたい。

■行政が「事なかれ主義」に陥ってしまう根本原因

次に毎日新聞の社説(2月2日付)。

毎日社説も行政や学校の連携不足を指摘し、「先月22日、市や児相などでつくる要保護児童対策地域協議会が開かれたが、心愛さんのケースは議題にならなかった。遺体が発見されたのはその2日後だった。関係機関が連携して虐待に対応するための組織なのに、機能していなかった」と書く。

「東京都目黒区で昨年3月、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が両親に虐待され、死亡した事件でも、香川県の児相が結愛ちゃんを一時保護したものの、家庭へ戻した後に一家が東京に転居し、事件が起きた」
「連携が足りないのは各機関に当事者意識が薄く、親との摩擦を避けたい『事なかれ主義』がいまだに残っているからではないか」

行政は何事もなく、無事にいくことを望む。前例を踏襲する。それが「事なかれ主義」だ。仕事が減点主義で評価されるからで、その結果、消極的になってしまう。それが行政側の不適切な対応の原因である。

最後に毎日社説は「子供の命を預かる学校など最前線の意識が乏しければ、痛ましい事件はまた繰り返される」と訴える。かつて聖職といわれた教育者にも、その原点に返ってほしい。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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