トルコリラ暴落を招く"大統領暴政"の恐怖
プレジデントオンライン / 2019年2月14日 9時15分
■トルコリラが再び暴落する展開があり得る
3月31日の日曜日に、トルコは統一地方選を控えている。この選挙では三大都市(アンカラ、イスタンブール、イズミル)の市長、各県知事が一斉に選ばれる。18年6月の大統領選挙と国政選挙に続いて勝利を狙いたいエルドアン大統領率いる与党、公正発展党(AKP)であるが、景気の悪化という逆風にさらされており、厳しい戦いが予想される。
ここで気を付けたいことが、この統一地方選の結果を受けてトルコで再び通貨危機が生じる可能性があるということだ。トルコの通貨リラは昨年8月に暴落し、一時1ドル7リラ台をつけた。その後、対ドルレートは5リラ台前半まで持ち直したが、統一地方選の結果次第では、リラが再び暴落する展開になると予想される。
今回の統一地方選では、景気悪化に加えて事実上の連立パートナーであった民族主義者行動党(MHP)の提携解消があるため、AKPは獲得数を減らさざるを得ない。一方で、最大野党である共和人民党(CHP)率いる野党連合の勢力も限定的だ。そのためAKPは獲得数を減らすものの、大敗はしないという展開がメインシナリオになる。
ここでカギを握るのが、三大都市の市長選の結果だ。従来通りアンカラとイスタンブールをAKPが、イズミルをCHPが獲得する展開が予想される。ただアンカラとイスタンブールのいずれかの市長の座をAKPが失った場合は、AKPの敗北ムードが強まるため、エルドアン大統領の求心力低下に拍車がかかることになるだろう。
メインシナリオ通りAKPの敗北が限定的なら、金融引き締めも当面は継続されるため、短期的にはリラ高が進むだろう。ただ近年のリラ安は、エルドアン大統領による強権的な政権運営に対する市場の不信感が反映されたものだ。それが払しょくされない限り、リラ相場の本格的な上昇は見込めない。
■支持率は昨年10月を底に上昇が続いている
他方で、仮にアンカラやイスタンブールの市長選でAKPが敗北した場合、有権者の支持回復の観点から、エルドアン大統領はバラマキ政策を強化すると予想される。ただトルコ財政は余力に乏しいため、大統領は中央銀行に対して金融緩和を求めることになるだろう。こうした展開が意識されれば、リラは暴落を免れない。
なお世論調査(メトロポール社)によると、エルドアン大統領の支持率は昨年12月時点で45%と、10月(40%)を底に上昇が続いている。通貨の下落に歯止めがかかったことや、エルドアン大統領が「カショギ事件」で米国やサウジアラビアを相手に巧妙に立ち回ったことがプラスに働いたのだろう。だが、この結果は疑わしい。
トルコでは強いメディア統制が行われており、世論調査でもエルドアン大統領に有利となるようなバイアスがかかっていると考えられるからだ。事実、筆者が昨年10月にイスタンブールで20名近くの有識者に聞き取り調査を実施したところ、ほとんどの人が大統領への不満を口にしていた。
■不景気と物価高は深刻で、不満をおさえつけている
投資誘致デスクのマネージャーは「物価は本来アウトプットなのに、大統領はインプットと誤解している。本来はトルコ投資を促すべくトルコの魅力をアピールしなければならない立場にもかかわらず、むしろトルコ投資を遠ざけてしまっている。そのような政策音痴では通貨危機を招くのも当然だ」と、なかば諦めたように大統領への批判を展開していた。
銀行のエコノミストは「通貨危機によって企業の資金繰りが悪化し、銀行の不良債権が増加する。本格的な金融危機が生じるかもしれないのに、エルドアン大統領は金融安定化よりもバラマキを優先している。彼が大統領でいる限りトルコ経済は正常化しようがない」と憤りながら大統領への不満を口にしていた。
トルコの商社マンは「EUの景気が減速するのに輸出主導で持ち直すという無責任な見通しを立てたところで、誰も納得しない。通貨危機への対抗策として企業が持つ外貨をリラへ強制的に交換させようしているが、それでは企業は海外向けの支払いに窮してしまう。その場しのぎばかりの政策が目立つ」と戸惑いと嘆きを口にした。
大統領に不満を抱いているのは、特定の人々だけではない。リラ安にストップがかかったとはいえ、不景気と物価高は深刻なままだ。メディア統制のため見えづらくなっているが、大統領に不満を持つ有権者は、かなり存在すると考えられる。それが統一地方選で爆発しないとも限らないのである。
■地政学的にも不利になったトルコ
さらにトルコリラの行方を占う上で気がかりな要因として、国際情勢がある。米欧による経済制裁に端を発したリラ暴落が「カショギ事件」で和らいだように、リラ相場は経済的な要因だけではなく外交的な要因にも大きく左右されるためである。特にカギを握るのが、シリア情勢を中心とする中東秩序の行方だ。
米国のトランプ大統領は昨年12月、米軍をシリアから撤退させると表明し、中東におけるトルコの存在感が高まるかに見られた。ただ今年に入ってボルトン米大統領補佐官が、米軍撤退の条件としてトルコ政府に本来敵対関係にあるクルド人勢力の保護を要求したことによって、米軍撤退の意向は事実上、撤回された。
またクルド人勢力が、同じくトルコと敵対関係にあるシリアのアサド政権に歩み寄ったことを受けて、この動きを歓迎するロシアとトルコの外交関係にも影が差した。ロシアはトルコと敵対するイランやサウジアラビアとも友好的であるため、ロシアのとの関係悪化はトルコの孤立につながることになる。
■ロシアに近づくほど、欧米との関係は悪化
1月下旬にエルドアン大統領はロシアのプーチン大統領を訪問するなど、関係改善を図っている。ただロシアに近づけば近づくほど、トルコと欧米の関係は悪化する。先の「カショギ事件」で見せた巧妙な立ち回りの賞味期限は切れており、トルコを取り巻く国際政治環境は足元では厳しさをむしろ増している。
外交的に劣勢が明らかとなる中で、エルドアン大統領は敵対関係にある諸外国からの選挙介入に対する警戒感を高めているようだ。例えば、腹心のソイル内相は1月下旬、統一地方選に際して諸外国からサイバー攻撃が起こり得る可能性に言及し、選挙介入への牽制を行っている。
■リスクオフの円高株安につながる可能性に留意
米中貿易摩擦の影響もあり、世界景気の減速懸念が強まっている。米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)は1月の会合で、今後は追加利上げを見送る可能性があることを示唆した。それでも投資家の不信感は拭えず、グローバルなマーケットの流れはリスクオフの方向を向いている。
こうした中で注意したいのが、新興国が通貨安の連鎖に陥るトリガーを、トルコが弾く展開だ。昨年8月のトルコ通貨危機の際は、アルゼンチンなど一部の新興国の通貨に飛び火するにとどまった。ただ当時と比べると投資家の心理は悪化しており、ショックが世界的に広がりやすい状況にある。
新興国が連鎖的な通貨安に陥った場合、その受け皿通貨になるのは日本円だ。ドル円レートは年明け早々104円台まで急騰した後、足元では109円台で推移している。ただトルコ発の新興国通貨不安が生じれば、ドル円レートは急騰し、株価も急落するなど、日本経済にも無視できない悪影響が及ぶと警戒される。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介 写真=AA/時事通信フォト)
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